【 つんつん 】
◆VQKJgiezS6




92 :No.30 つんつん 1/4 ◇VQKJgiezS6:08/02/24 23:55:05 ID:jZBIcH1D
「つんつん」
 と愛ちゃんが俺の頬をつつく。だから
「つんつん」
 と俺も愛ちゃんの頬をつついてやる。今年で三歳になった愛ちゃんは姉の子
どもで、今この謎のつんつん遊びにハマってるという。
「つんつん」
 子どもの肌というのは、なんて柔らかいんだろう。それでいて張りがあって。
そう言うと姉はため息を漏らした。
「私この前ね、愛に言われたの。ママのほっぺはつんつんしてもぷにーってな
らないって。最初は意味がわからなかったんだけど、よく聞いたら弾力がない
ってことみたいなのよ」
 そう言って、姉は緑茶を飲み干した。
「つんつん」
 姉の落胆も知らずに愛ちゃんは俺をつんつんする。
「にーにーのほっぺはざらざら」
 ……これは確かに落ち込むわ。
「いや、ざらざらじゃねーだろ。そりゃ確かにニキビ跡とか人よりは多いかも
しれないけど、ざらざらじゃねーだろ」
「あんた、子ども相手に何むきになってるのよ。ちょっとポット取って」
 俺がポットを渡すと姉は急須にお湯を注ぎ始める。
「なんなの、騒々しい」
 おふくろがせんべいを持ってやってきた。
「亮介が愛にからかわれて怒ってるのよ。精神年齢一緒だからむかついちゃう
みたいなの」
「つんつん」

93 :No.30 つんつん 2/4 ◇VQKJgiezS6:08/02/24 23:55:15 ID:jZBIcH1D
 俺は何も言い返さず、自分の頬と愛ちゃんの頬を両手で同時につんつんして
みる。
「あーこれはざらざらって言われてもしょうがないわ。でもあくまで相対的な
もんだがな」
「それで話ってなんなの?」
 こたつに入りながらおふくろが姉に聞いた。姉は「ちょっと話がある」と今
朝電話で言ってやってきたのだった。
「孝志と離婚することにしたの」
「つんつん」
 愛ちゃんが俺をつんつんする。
「なんで!?」
 おふくろが声を張る。
「そんな驚かないでよ、って言っても無理かもしれないけど。別に何か大きな
理由があったってわけじゃないのよ。孝志は仕事が忙しくて、私は育児におわ
れてて、ちょっと距離が空いちゃっただけ」
「ちょっと空いちゃっただけってそんな簡単に離婚なんて馬鹿げてるわ。落ち
ついて考えなさい」
「愛ちゃん向こう行こうか」
 そう言って愛ちゃんを抱きかかえて連れ出そうとしたけれど、姉が制止する。
「待って。あんたにもちょっと関係あるから。それに愛にはまだわからないわ
よ。」
「つんつん」
 愛ちゃんが俺の腕の中で俺をつんつんする。
「ちゃんと話し合って決めた決定事項なのよ。それに別に離婚するからって孝
志と別れるわけじゃないの。言ってもわからないかもしれないけど、紙の上だ

94 :No.30 つんつん 3/4 ◇VQKJgiezS6:08/02/24 23:55:29 ID:jZBIcH1D
けの問題なの。確かに別居はするだろうけど、孝志も私もお互い良いパートナ
ーでありたいって気持ちは変わらないの。だから離婚するのよ」
「言われてもわからないわ」
「最初からわかってもらおうとは思ってないもの。だからただの報告よ」
「ママにつんつんするー」
 そう言って愛ちゃんが俺の腕から乗り出そうとするので、下ろしてやると、
姉のところへ向かってつんつんする。
「ママのほっぺ、くにゅくにゅ」
 姉は愛ちゃんを膝にのせ、話を続けた。
「それでね、話ってのは少しのあいだ愛の昼間の面倒見てほしいの。三月から
私働くことが決まってるんだけど、愛の保育園は四月からで、だからそれまで
の一ヶ月預かってほしいのよ」
「そんなこといきなり言われたって、ねえ?」
 おふくろが俺に言う。
「亮介だって春休みうちにいるんでしょ? この子だってあんたのこと気に入
ってるし、お願いよ。なんならベビーシッターのバイトってことでいくらか出
すから」
 俺は愛ちゃんと遊んでいるだけで金が入るなら、全然かまわないと思ったが、
おふくろの「ねえ?」には否定的なニュアンスが含まれていることも明らかだ
ったので、なんとも返答しにくい。
「別に、駄目だって言ってるわけじゃないのよ。ただねえ、あまりに急なこと
だし。ねえ。どうして相談してくれなかったのよ」
「相談なんてすること一つもなかったもの。愛のことは駄目なら駄目で託児施
設に預けるから無理しなくてもいいわ」
 話題の的になっている当の本人は、姉の体から覗くように俺を見ている。俺

95 :No.30 つんつん 4/4 ◇VQKJgiezS6:08/02/24 23:55:40 ID:jZBIcH1D
が目を合わすとさっと隠れてしまう。けれど目を離すとまたそっと顔を出す。
どうやら新しい遊びを見つけたようだった。
「俺は別にいいよ。おふくろが渋るなら俺が責任持って面倒見るから。その分
バイト代はずんでほしいけど」
「いいの? あんただって春休みなんだし予定とかあるでしょ?」
「……いや、ないし」
 さっきとは別の種類の気まずい空気が流れた。愛ちゃんはそんなことにかま
いもせず、
「あい、ばーばにつんつんしてなかった!」
 と、つんつんがさも大事なことであるかのように、姉の膝から慌てて降り、
こたつの向かいに座るおふくろのもとへと、こたつの一辺分の距離を走った。
「つんつん……すごーい。ばーばのほっぺやわらかーい」
 おふくろは褒められたのに上機嫌そうだったが、何度目かのつんつんのあと、
突然真顔になった。
「もしかして、頬が垂れてるって言いたいのかしらこの子。私まだ五十よ!」
「遺伝なのかしら。私もまだ二十代なのに張りがないって言われたのよ」
 二人は苦笑しつつ見つめ合っている。せっかくなので俺も姉につんつんして
みた。これはないわと言うと、つんつんでなく拳が腹に返された。



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