【 唐揚げ 】
◆wWwx.1Fjt6




54 :No.19 唐揚げ 1/2 ◇wWwx.1Fjt6:08/02/24 22:13:57 ID:OFwK7DZT
 例えば僕の右手は僕の右手であって、他の何物でもないってことは、確かに認める。僕
の右手が君の目であるわけがないし、君の目が僕の口であるわけもない。それを今僕は認
めた。けれども、僕の右手が必ずしも僕の意思の支配下にあるとは限らない、と僕は主張
したいんだ。
 君が文章を読んでいるとする。目が活字を追って、頭で内容を理解する。そうだよね。
でも時折、頭で理解するより早く目が動いてしまうことはないかい。目が滑るってやつだ。
あるだろう。頭のやつは待ってくれって叫んでるのに、勝手に目のやつが先に先にと動く
んだ。その時、君の目は君の支配下にない。
 また別の場面では、口のやつも滑るだろう。一昨日のバスケの練習の時には、隆二がキ
ャプテンとしての心構えについて監督から説教されていたよね、あの後彼は「うぜぇ」と
呟いて、大目玉を食らっていた。あれは隆二が言おうとして言ったことじゃない。普段の
あいつはしっかりしている。説教されていたのだって、僕を練習に入れなかったっていう
だけで、他に何かしでかしたわけではない。あの呟きは口のやつが勝手に発したに違いな
いんだ。あいつも自分の体を支配しきれないことがあるんだ、と親近感を持ったよ。
 隆二はごく稀になのだろうけれど、僕は僕の体を支配しきれないことがままある。それ
は紛れもない事実だ。体は意思とは無関係に動く。昨日だって、コンビニの無愛想なお姉
さんに箸をつけてくれと言いたかったのに、僕の口は頑として開こうとはしなかったし。
僕が唐揚げを手掴みで食べていたのを君は気に入らないようだけれど、あれは僕の口のや
つのせいだ。この口ってやつは余計な時にベラベラと喋って、肝心なことはまるで話さな
い。今の僕も本当は──。

55 :No.19 唐揚げ 2/2 ◇wWwx.1Fjt6:08/02/24 22:14:15 ID:OFwK7DZT
 いや、とにかく、今度の大会が終わるまで、僕は練習を遠慮するべきだと思った。一昨
日の僕は、仲間に足を引っ掛けて転ばせたのが二回、目潰ししかけたのが一回、殴った回
数は……数えていない。勿論意図などしていない。全て体が勝手にやったことだ。隆二が
僕を外したのももっともだ。僕の存在が皆の練習の邪魔をするばかりか、誰かに怪我をさ
せてしまうかもしれないのだからね。そうしたら僕を大会に出さなくてはいけなくなって、
そのまま一回戦敗退だ。
 でも口のやつが僕の考えをうまく説明してくれないものだから、練習を休むことを伝え
られなくて、昨日も僕は弁当が終わるまで皆と一緒にいた。いよいよ体育館に戻る段にな
って漸く、隆二か監督を捕まえて話をしなきゃならないと心を決めたのだけれど、今度は
足が言うことを聞かない。無理に歩みを進めたらもつれて転ぶ始末だ。皆の自転車を将棋
倒しにしたのはその時だ。
 直すのを手伝ってくれてありがとう。でも僕は君の言うようなことなんて、やろうとし
た覚えはない。実際隆二はブレーキの効きが甘くなった自転車に乗って骨折したわけだけ
れど、それで今度の大会では勝ち目がなくなったわけだけれど、それは僕の意図したこと
じゃない。僕はそんなことは望んでいない。もし君が、それを見たしそのせいだと言い張
るのなら、この右手だけの仕業なんだ。僕の支配下にはなくて、意思とは無関係に動く、
この右手だけがいけないんだ。




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