56 :No.20 パワーの大切さ 1/4 ◇wXNIieV/7o:08/02/24 22:25:05 ID:OFwK7DZT
心地よい日差しが辺りを照らし、とても爽やかな三月三日の早朝。
外ではスズメが大空を自由に飛びまわり、無邪気に遊ぶ子供の様に楽しそうに鳴いている。
そんな朱色に輝く素晴らしい快晴の中、とある一軒家の中で、とある一人の男は苦しんでいた。
「ハァッ……ハァッ……畜生、俺の力が足りなかったばっかりに……助けられなかった……」
男は悔やんでいた、自分のモヤシのように弱い肉体、そして、怖がりの犬を彷彿とさせる弱い精神を。
もう二十歳だというのに、女子中学生のような華奢な体を持ち、腕立て伏せも三回以上できないという己の貧弱さを。
男は憤怒の炎を込めた歯ぎしりをし、子供のように泣きじゃくりながら、何度も、何度も、床を拳で叩きつけた。
「……何故だ、何でこんな事になっちまったんだ! 一体何が起きたんだ! 一週間ぐらい前までは何とも無かったのに、ピクリとも動かなくなっちまうなんて……! どうしちまったんだ、ブルー!」
ブルーは何も返事を言わない……いや、言えないのだ。
氷のように冷たく、心臓の鼓動音も聞こえない、そう……ブルーは既に人間として機能していない。
それは、男自身もわかっていた。
ただ男は、この不幸な事実から目を背けたかっただけなのだ。
少し平静を取り戻した男は腕で涙を拭き、冷たくなっているブルーにそっと手をかけた。
「ブルー、お前と初めて出会ったのは、もう1年も前になるな……友人に紹介してもらってさ……。」
自分の体温で温もりが戻ってくるブルーに、少しだけ昔の懐かしさを感じたが、すぐにそれは絶望へと変わった。
もう昔には戻れない、ブルーは何も語らない。その事を再認識したからだ。
「すまないブルー、俺はお前を助ける事が出来なかった……! だが……もう、誰にもブルーのような思いはさせん! 俺は強くなる! 今度は守るべき物を守れるぐらいに!」
57 :No.20 パワーの大切さ 2/4 ◇wXNIieV/7o:08/02/24 22:25:25 ID:OFwK7DZT
ブルーの死から、男の人生は一片した。
そう、今までダラダラと過ごしてきた日々を、スポーティな日々を過ごす事に書き換えたのだ。
男は自分の体を鍛えるために、早朝ランニングを始めた。
さらに、走り終わった後は近所の汚れた川原でゴミ拾いをする。
それもただ拾うだけでは無い、瞬発力と足腰を鍛えるために足の屈伸をしながら、スピーディに尚且つ正確に拾った。
その後は、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、ストレッチ、イメージトレーニング……徹底的に体と心を鍛え上げた。
(まだ、俺には力が足りていない! もうあんな思いはしたくない! もっと鍛えなくては駄目だ!)
それが男の心の中での口癖だった。
もうあの絶望感を感じるのが嫌だという気持ちが、見ている側にもヒシヒシと伝わってくるほどに。
男は日々努力を繰り返し、筋肉もその執念に答えるかのように、日々増していった。
一週間経つ頃には、腕立て伏せが十回以上出来るように。
二週間経つ頃には、両腕から力こぶが出来るように。
一ヶ月経つ頃には腹筋が割れて見えるように。
三ヶ月経った頃には、もう華奢だった頃の面影は無く、まるで男の理想美のような筋肉質の男へと変貌していた。
男は自分が理想とする肉体を、地獄の特訓を終え手に入れたのだ。
まさしく自分の理想系、男は自分の姿を鏡で見て確信した。
「これだけ体を鍛えれば、もうあんな忌々しい事件が起こっても大丈夫だよな……なあ、ブルー……。」
58 :No.20 パワーの大切さ 3/4 ◇wXNIieV/7o:08/02/24 22:25:45 ID:OFwK7DZT
あの悲惨な事件から三ヶ月経った早朝。
男は冷たくなっているブルーを掲げ、まるで菩薩様を眺めるかのように語りかけた。
次の瞬間、男は目玉が飛び出すほどに驚いた。ある重大な事実に気づいたのだ。
人生で一番だと思うほどの痙攣を男は始め、ブルーを強く握り締めた。
「し、信じられん……こ、これは奇跡だ! ブルー……お前はまだ生きていたのか!? よし、今助けてやるからな! 待ってろ!」
この三ヶ月の血と汗と涙が染み込んだ血液が、男の両腕へここぞとばかりに流れ込む。
両腕の血管が膨れ上がり、その両腕の血液は両手へと伝わり、両手の血液は両指へと伝わり、そしてブルーの体へと伝わる。
男はブルーの体を全力で握り締め、さらに今度はブルーの首を捻じりはじめた。
「ウォォォオオォォッ! ダアァァァーーーーーーー!!」
男は気合を腹に込め全力で叫ぶ。心臓もその声に反響し通常の倍は速く鼓動を重ねる。
今までの努力を走馬灯のように思い出し、男はカッと目を見開き、刹那の一瞬に全力を込めた!
「オオオオリャァァアアアアアアアーーーーー!!!」
その瞬間――
『カパッ!』
という軽快な音が聞こえた。
59 :No.20 パワーの大切さ 4/4 ◇wXNIieV/7o:08/02/24 22:26:03 ID:OFwK7DZT
音が聞こえると同時に周りに、まるでお花畑にいるかのような香りが充満し始める。
そして瓶の大穴からは、鮮やかな紫色の液体が顔を出している。
男はこの瞬間、両腕を上に高く上げ歓喜した。努力が身を結んだ事も嬉しかったが、ブルーが助かったのが何よりも嬉しいのだ。
男は素早く、瓶の中身をチェックした。
「……やった! 中身は腐ってない! まだブルーは無事だ! 賞味期限を何度確かめても今年じゃない! 来年の三月二日だ! ブルーはまだ生きていたんだー!!」
ブルーの無事を確かめた男は、さっそく軽快なステップで台所へ向かい、食パンをオーブントースターでこんがりと焼いて、愛用の皿の上に乗せた。
そしてその上に、銀色に光輝くスプーンで、ブルーを取り出して食パンに塗りたくる。
こんがり食パンとブルーの夢のコラボレーション、これこそ男が捜し求めていた姿だった。
食パンが食卓の神様……いや、女神様と呼んだ方が相応しい、そんな輝き方をしている。
男は一礼をして、さっそく朝食を頂く事にした。
「では……いっただっきま〜〜〜す!」
ガブッ
モグモグ
ヌッチャリヌッチャリ
ゴックン!
「くぅぅぅ! この口の中に広がる史上最高の感触と香り! そして究極の味ィ! まさにパーフェクト! 美味い! 美味すぎる! やっぱり朝食は、このブルーベリージャムを塗った食パンが最高だー!」
こうして男は、無事にブルーベリージャムが入った瓶の蓋を開け、めでたく感動の朝食を迎える事が出来ましたとさ。
めでたし、めでたし。