【 恋人は 】
◆LBPyCcG946




48 :No.17 恋人は 1/2 ◇LBPyCcG946:08/02/24 22:02:07 ID:OFwK7DZT
 彼は不思議な体をしている。それはとても便利だけれど、他人には気味悪がられるくらい寂しい
体。でも私はそんな彼と、彼の体が好きだ。
 私にとって、彼の部屋で過ごすこの日曜日は、最高の時間。このまま時が止まればいいのに、
と思いながらふいに窓から外を見る。夕日がその橙色の体を、ビルとビルの間へと沈めようとし
ていた。私は壁にかけられた時計にを見る、長針は2時を指している。ほんのちょっとだけ願い
が叶ったようだ。
「あら、電池切れかしら」
 私が時計を指差しそう呟くと、彼は少し面倒臭そうに起き上がり、ベッドの上に立つと、時計
を下ろした。裏についている電池ボックスは、ネジで止められている。こういう時こそ、彼の不
思議な体の出番だ。彼は手馴れた様子で左手中指をクルクルと右に回す。指をキャップのように
外すと、そこにマイナスドライバーが現れる。彼はそれを器用に使いこなし、すぐに電池を新し
いのに交換してくれた。
 中指と同じ要領で、小指にはコルク抜き、薬指には缶きり、人差し指にはボールペン、親指に
は栓抜きが入っている。おそらく、世界で一番便利な左手だろう。その左手で彼は鼻をつまみ、
左右にコキコキと鳴らす。すると、テレビのチャンネルが次々に変わる。鼻がリモコンとして使
える事に驚くべきか、それとも左手が普通に使える事に驚くべきか。ちなみに、彼の乳首は画鋲
になっていて、取り外し可能だけど、左の乳首をどこに刺したか覚えていないらしい。
 チャンネルは一周したけれど、興味を引くような面白そうな番組はやっていなかった。日曜日
の夕方なんて、こんな物だろう。彼はつまらなそうに欠伸を1つ。
「ねぇ」
 と、彼に話しかける。
「ん?」
 彼は答える。私はしっかりと心を込めながら言う。
「愛してる」
 彼は黙ったまま、私を見てにっこりと微笑んだ。そんな甘ったるいやりとりをした後、彼と私
は寄り添いながら台所に向かった。いつだって彼は、私の好きな料理を作ってくれる。私だって
もちろん手伝う。野菜を切ったり、調味料を取り出したり。でも、あくまでも料理するのは彼だ。
 今日は酢豚を作ってくれた。炊飯器の音が鳴り、ご飯をよそり、食器と一緒に小さなテーブル
にそれを乗せ、私と彼の食事の時間が始まる。彼の口に私がご飯を運び、彼が私の口に酢豚を運
んでくれる。私は酢豚の味を、幸せと共に噛み締める。

49 :No.18 恋人は 2/2 ◇LBPyCcG946:08/02/24 22:02:32 ID:OFwK7DZT
 喉が渇いたら、彼の少しだけ出っ張ったへそを押す。カチリと音がし、彼のお腹がドアのよう
に開く。中はひんやりとしていて、いつもお茶と炭酸飲料が入っている。お腹が冷蔵庫になって
いるなんて、なんと素敵な体だろう。
 彼から聞いた話によれば、昔から彼は、自分の肉体を改造するのが趣味だったらしい。最初は
ピアスから始まり、タトゥーを彫り、皮膚の下にシリコンを入れ、改造はどんどんエスカレート
していった。その内に技術も伴って、彼の体は今の形となった。彼の体のあらゆる部分は、普通
有していない機能を持っている。それは究極的な機能美を秘め、他人からの奇異の目の対象とな
っている。
 食事が終わって少し休憩した後、私達は一緒にお風呂に入る。私は彫られたタトゥーを指でな
ぞった後、泡立てたボディタオルで、優しく彼の体を洗ってあげる。彼も同じように、私の体を
愛しそうに洗ってくれる。ふいに彼と目が合って、なんとなく恥ずかしくなった。
 お風呂から出るとすぐに、私は自分の中から込み上げて来る淫らな感情に気づいた。彼がバス
タオルで体を拭いている時、隙をついて部屋の電気を消す。真っ暗になった部屋の中、静寂を破
るように、私は彼の右耳たぶを甘噛みする。カチッと音がして、彼の両目が光る。耳たぶが目に
仕込まれた懐中電灯のスイッチになっているのをうっかり忘れていた。急いで左耳の耳たぶを咥
え、彼の目から光は消えた。
 それからの事は、言うまでもない。恋人同士、愛し合いながら果てて行く。それは暖かくて、
たまらなく甘美な時間。私はどこまでも彼を求め続け、彼も私も求める。
 やがて外は白みがかり、夜の帳が上がっていく。ベッドの中、私は彼の大きな胸に体を預けな
がら、彼の息遣いに耳を澄ましていた。
 彼がそっと左手の指を私の顔に持ってきて、私の両目を閉じる。その後、口も。そして彼はギ
ュっと右手を握り締め、私の視界は真っ暗になった。やがて私はゆっくりと、螺旋の階段を下る
ように眠りに落ちて行く。
 まどろみの中、彼の声がぼんやりと聞こえる。
「愛してるよ、右手」






BACK−死人のからだとしにんとえきたい◆/sLDCv4rTY  |  INDEXへ  |  NEXT−他意識過剰◆jhPQKqb8fo