【 死人のからだとしにんとえきたい 】
◆/sLDCv4rTY




44 :No.16 死人のからだとしにんとえきたい 1/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/24 21:08:48 ID:yZG5vRr/
 暗い地下の線路の上を、二つのライトを光らせながら電車が走っている。そして時にそれは緩やかにカーブしている。
 車内には赤色の座席が並んでいて、その一番端にすわる一人の男は、
絶望である現実と、虚無である夢のなかを、うとうととまどろみさまよっていた。
……。
 車内アナウンスは人身事故による一時間の遅れを車内に響かせ、電車が緩やかにカーブするのとほぼ同時に、
もうすぐ次の駅へ着くことを乗客に伝えた。
「次は、××。××」
 ××駅は彼の降りるべき駅だった。まどろむ彼はそのアナウンスを聞きはしたが、最初、その言葉の意味を理解できなかった。
『××』という音だけが耳に残って、残ったその音もじょじょに消えていった。
 消えかけたところで、彼ははっとまどろみからさめてその言葉の意味を理解して、
ちょうど開いていたドアからあわてて駅のホームに飛び出した。
 遠のき、くらやみの中にゴウワゴウワと小さくなっていく電車を見ながら、彼は心のなかでゲラゲラと笑った。
「××」という音の感覚のあとに「××」の意味がうきあがってくる感じが彼にはむしょうに面白くおもえて、
やはり死ぬことを考えながらも心のなかでゲラゲラと笑った。
顔は無表情のまま、……心のなかで彼はゲラゲラと笑っていた。(ゴウワゴウワ)
 彼は心のなかだけゲラゲラと笑いながら階段を昇り、ゲラゲラと心をふるわせながら改札を通り抜けた。
そして彼は死と笑いを同時に胸に抱えて、死と笑いを同じように抱える星空の下をあるいた。……
 彼はその帰り道、一度だけ、星のきらめく夜空をみあげた。

(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)

45 :No.16 死人のからだとしにんとえきたい 2/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/24 21:09:09 ID:yZG5vRr/
 鍵を開けてアパートの一室に入り、肩に掛けていたカバンを降ろすと、
四角いテーブルの上に見たことのない球体があることを彼は気づいた。
疲れていたので畳のうえに寝そべって、寝そべりながらその球体をいじくってみた。
 球体の表面は人間のヒフのようなもので覆われていて、ところどころに薄くうぶ毛がはえていた。(ゴウワゴウワ)
押すと、これは何かの肉なのだろうか、ブヨブヨと柔らかかった。
またこの球体の中心には、骨かなにかのような、やけに硬い「しこり」があった。
彼はねそべったまま、天井にその球体をほおり投げ、……重力によって空中から落ちてきた球体を、キャッチした。
――重力はたましいと肉体の、どちらを引っ張っているんだろう――
床にねそべり重力を感じながら、彼はそんなどうでもいいことを考えて、球体を何度も投げてはキャッチした。
答えなんてだすつもりもなかった。(ゴウワゴウワ)。適当な問いをだしての暇つぶし。
 同じように急に、この球体のなかはどんな風になっているのかが気になった。
そうして彼は急にがばりと起き上がり、銀色に鋭い包丁と、真っ白なまな板を取り出した。
そしてそのまな板の上に球体をのせた。

46 :No.16 死人のからだとしにんとえきたい 3/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/24 21:09:22 ID:yZG5vRr/
 白いまな板の上にある物体は美しい。存在が強調され、
輪郭が、色が、そのすべてがくっきりと浮き上がる。
それは彼の目をチカチカとさせ、彼の頭をクラクラとさせる。(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)
 彼は包丁で球体に切り目を入れた。赤い血が流れでてくる。
少しの間彼は赤い血が流れていくのを見ていた。
拡がっていく一枚の赤い水溜まりと、その中でずしりとたたずむ美しい球体。……。
 彼は両親指を切り目に入れて、少し拡げてなかを見てみた。
見ると骨だと思っていたしこりは、実は心臓らしく、微かだが確かに動いていた。
どく、どく、と。ほんとうに微かに。
 球体のなかを知ると彼はもう一度ごろんとねそべり、その球体をまた天井に向けて投げて、また同じようにキャッチした。
辺りに血が飛び散った。そうしてそのとき、彼は、もしかすると眠っていたのかもしれない。(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)
血を飛び散らせながら天井に球体を投げているうちに、彼は眠っていたのかもしれない。
飛び散る赤い血のように、意識が壁に飛び散って、消すことのできないシミになったのかもしれない。
(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワ
ゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワ
ゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワ
ゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワ
ゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴウワ)(ゴウワゴ
……ずっと聞こえていた"ゴウワゴウワ"という音が急にこわく感じられてきて彼は家を飛び出した。
 部屋の中には、一つの球体が残った。

47 :No.16 死人のからだとしにんとえきたい 4/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/24 21:09:48 ID:yZG5vRr/
 どこかへ行くために彼はエレベーターのなかに入った。
そして掛けてある鏡を見ると、彼は自分が、二つの丸い目ん玉と、赤い唇と二十個の爪だけになって宙に浮いていることに気がついた。扉がしまり、エレベーターは降りていった。
そういえば、ボールを投げたときも爪だけだった、いや鍵を開けた時も……
××駅の時のような感覚で、何時こんな体になったのかを思い出していった。
思い出していると彼にはまた「感覚のあとに意味がうきあがってくる」のが感じられて、今度は声を出してゲラゲラと笑った。
無限に降り続けるエレベーターのなかで、
笑い声が響き続けていた。
彼はゲラゲラゲラゲラと笑い、
今日自殺を――ゴウワゴウワ迫りくる電車に向かって飛び出したことを、思い出した。
そして「肉体」があった最後の感覚を――暗い死の感覚を思い出して、彼はいっそう激しくゲラゲラと笑った。


 あるアパートの一室のまな板の上には、まるい球体がっずしりと存在していた。
もう動かない心臓を忍ばせた球体には、腐った目玉と腐った唇がいつの間にか付いていた。
また、球体の回りには無数の爪が散らばっていた。
(ゴウワゴウワ)
(ゴウワゴウワ)
 彼の心臓は止まっていた。
 無限に落ち続けるエレベーターのなかでは奇妙な笑い声が響いていた。
壁に掛かる鏡には、何も映ってはいなかった。

 ゲラゲラという笑い声だけが、ただ、ぐらぐらとそこに響きつづけていた。



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