【 わたしのからだ 】
◆7BJkZFw08A




38 :No.14 わたしのからだ 1/2 ◇7BJkZFw08A:08/02/24 19:46:35 ID:WHNdezT9
『――――最新ニュースです。当時妊娠中であり、現在保護下にある女性の一人、――さんが、昨日亡くなりました。
これにより、現在保護下にある――――は、あと一人――――』

 これは、私の手。
『あなたは生まれつき右手が無かったのよ。だからお母さんの右手をあげたの』
 すべすべときめ細かく、柔らかく、美しい、右手。
この手を胸に当てると、あたたかい。何とも言えない心地よさを感じる。安心できる。

 これは、私のもう一方の手。
『お前は生まれつき左手が無かったからなぁ。お父さんがお前に左手をやったんだ』
 どこか自分と違うみたい。がっしりとした、ちょっと毛の多い、左手。
この手があれば大丈夫。頼もしく、力強い。
頭に乗せると褒められているような感じがして、なんだか誇らしげになれる。

 これは私の足。
『ええ、こんな僕でもお役にたてるなら……僕の身体の首から下は、もう動きませんから……』
 私の知らない、誰かから貰った、私の足。
私の足はちょっと落着きが無い。いつでも走りたがって跳びたがる。
椅子に座ってるときもいつもブラブラ交互に揺れる。
地面を蹴って、石を踏みつけ、一瞬だけど空を飛ぶ。その瞬間、私の足は本当に嬉しそう。

 これは、私の目。
『構いませんよ、私の目の片一方くらい。それでその子が世界を見れるなら、お安いご用……』
『私はもう瞼が開かなくなってしまって……だから、良いんですよ』
 私の知らない誰かと誰かから貰った、私の目。
どんなものだって、どんなことだって、この目があればよく見える。
茶色い地面、もっと茶色い葉の無い木。白い石、オレンジ色の風。
この目があるから私は真っ直ぐ走れるし、道に落ちてる大きな石にもつまづかなくてすむ。

 これは、私の肺。これは、私の心臓、これは、私の……

39 :No.14 わたしのからだ 2/2 ◇7BJkZFw08A:08/02/24 19:47:34 ID:WHNdezT9
『この患者さんは、登録が済ませてありますから、移植は可能です』
『なに? 子供が生まれた? そんな馬鹿な。だって我々はもう……本当、なのか?』
『その子の身体は生まれたときからボロボロです。これ以上生きるには、もう体の中から外から全部取り換えるしかありませんな』
『ああ、あの子が。なら、僕の一部くらい、持っていって下さい。なあに、どうせ僕は……』
『もし、あんな事が起きなければ、その子もそんな風には……いや、命があっただけでも儲けもの、ですか。
でも、あるいは生まれない方が、その子にとっては……おっと、すいません。こんなことを言うつもりじゃあ、なかったんですがね』
『その子が最後の……それなら……』
『どうせ遅かれ早かれ、終わるんですよ。私も、あなた達も、そしてその子も。それでもその子を助けたいと?
なら、好きにしてください。よろしいですよ。こんな体、いまさら何の役にも立たないんです』
『例え一瞬でも、長く生きて欲しいと望むのは親なら当たり前なのかもしれませんね。ましてその子がこの世界で最後の命となれば……』

 お父さんとお母さんが作った命にいろんな人のいろんな身体を貰ってできたのが私。
じゃあ、私は誰にこの身体をあげればいいんだろう。
 お父さんも、お母さんも、私に身体をくれた人たちも、そうでない人も、もういなくなっちゃったのに。
 私は一人。今は一人。
 みんな倒れて、砂になっちゃった。風に吹かれて、さらさらさら……
どうしよう。どうしたらいいだろう。私の身体を、誰にあげれば――――
 あっ! 足が崩れた。
突然バランスを失った私の体は、前のめりに砂と石ばかりの地面に倒れ込む。
途端に、もう一方の足もさらさらと崩れ始めた。もう立ち上がることも、走ることもできない。
 そうか、私はこの星に、私の身体をあげればいいんだ!
みんなも、私にくれた身体の他は全部この星にあげたんだ。だから砂になったんだ。
そう、私もみんなと一緒にこの星に身体をあげて……そうすれば、今は元気のないこの星も、
いつかお父さんの見せてくれた写真みたいに、綺麗で、綺麗な、綺麗に……
 ああ、私の身体が崩れていく。砂になっていく。
このまま寝そべっていればいれば、その内、お母さんや、お父さんに……

 うつ伏せになった少女の身体が、さらさらと砂に変わっていく。
その少女の最後の一かけらまで小さな砂粒に変わったら、その星の最後の生が途絶えたということになるだろう。



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