23 :No.08 鉄の時雨の中で眠る 1/1 ◇ID:kLJlcknK0:08/02/24 08:37:29 ID:b8uUwf3T
私の右脚は粉雪降る一月。それは許多の希望が躍る一年の濫觴。
私は平生右脚から歩を進める。縁起を担いで居た訳では無いのだが、
何故やら物心付いた頃から斯様な奇特な癖があった。
私の左脚は大地盛る十月だ。鎌持つ私の眼の先に、黄金(こがね)に輝く稲穂と私の足先。
人々は腰を屈め大地に礼を捧げながら稲を収穫する。
それは大和民族が米を手にしてより幾千年も続く、我らの万謝の念の顕形である。
――だがそうして得られた、銀に輝く白米は、神国日本の御為と、粗方供出せねばならぬ。
時、今に至りて私は思う。我らのあの謝意は誰が為のものだったのかと。
額に汗して働いて、白い飯すら喰む事が出来ぬのは、残忍酷薄無情の極みではないかと。
私の右腕は叢雲哭く六月。「生きて祖国の地を踏め」と縋る母に、ただ箝口結舌、敬礼した私の罪深き腕。
だが母は既に承知して居ただろう。もう私が生きて帰ることは無いと。
そして私の左腕は日輪輝く八月だ。抱いた息子の重みを、私の左腕は今でも覚えている。
私に似ず捷い顔をした子だ。
そうだ。こうして――、腕を上げれば今も、掌の中に太陽が在る。
――これではまるで、私の方が赤子のようだな。
銃声の鼓隊と砲撃の大鐃。死に逝く私を弔う不躾な楽団。
ああ、私の頭は虚言の跋扈する四月だ。私は「死など畏れず」と妻に云った。
今、私は死が恐い。お前と、まだ乳離れすらせぬ子を遺して死ぬことが。
だが私の腹は紅葉深まる十一月だった。私の臓腑もまた緋に染まり散り落ちて行った。
私の意に反して、この上なく美しく。
――そして、私の一年も、直に終わるだろう。直に――。