【 しおりのノクターン 】
◆QIrxf/4SJM




13 :No.05 しおりのノクターン 1/4 ◇QIrxf/4SJM:08/02/23 22:17:17 ID:gnUp+QAB
 ぱきぱき、ぽりぽり。シマリスがナッツを食べている。
 小さな手の中、まんまるナッツをくるくる回して、上手に殻をはがしてる。
 窓はちょっと小さくて、わたしの顔が二つ入るかどうかってくらい。
 枠に囲まれたスクリーンの中で、シマリスが食事をしているのでした。
「あらあら、青と黒のお目々がお綺麗ね」
 シマリスは、ひくひく、ぽりぽり、ポラリスがくらくら。
「わたしはクララでもクラリスでもアリスでもないよ、きみはリコリスがお好き?」
 でも本当は知っていた。シマリスは真ん丸いものが好きなのだ。
 わたしは窓にふうと息を吹きかけて、くもったところに指で文字を描いた。『ユメ』
「明日はわたしの誕生日なのだ!」
 シマリスはふたつの目ん玉を詩織に向けて、九回しっぽを振った。ナッツを放り投げて首をかしげたのだ。
「ひとつ、ふたつ、よっつ、やっつ」
 困ったことに、指は十本しか付いていない。そのあとはほとんどカンなのだ。
「今日は16の日、ついに私はここまで来たのでした!」
 明日は32、その次は64。そのつぎは、ひゃくにじゅうはち?
 布団を手でガバッと跳ね除けて、そうっと床に足をつける。ひんやりつるつるな感触は、『ユメ』に似てた。
 後ろを向くと、シマリスがナッツを食べている。
 両足が床にくっつくと、大事に膝を伸ばして立ち上がってみた。
「はじめの第一歩、行ってもよろしいか?」
 シマリスがひくひく頷いた。
 わたしは右足を前に出して、左足を引っ張った。交互に繰り返して、八歩進んだところで部屋のドアノブを掴んだのだ。
 ドアを開けて、ママを呼ぶ。
「紅茶が欲しいなあ!」
 ママの返事が聞こえると、わたしは踵を返して八歩でベッドに入ったのでした。ちょうど16、明日は32。
 がちゃり、とドアが開く。
 シマリスは驚いて枠の外に出てしまった。
「あらあら、今日はおしまい?」
 ママはわたしのそばに小さなケーキと紅茶を置いた。
「うん。明日はもっと歩くんだ」
「そうそう、少しずつでいいのよ」

14 :No.05 しおりのノクターン 2/4 ◇QIrxf/4SJM:08/02/23 22:17:49 ID:gnUp+QAB
 ケーキはすごくおいしい。紅茶の温度はちょうどよくて、カップの下に沈んだ葉っぱがとてもロマンチックだ。
「明日はわたしの誕生日だね」
 窓をじっと見つめると、シマリスが顔を出す。
「そうね。ケーキを作らなくちゃ」
「楽しみなんだ」

 じつはわたし、今は夢の中なのでした。
 昨日までのわたしはどこかへ消えて、新しいわたしに入れ替わる。
 わたしは九才になって、16は32に増えるのだ。
「ナゼ入れ替わるの?」
 そんなことは誰もしらない。
 ナゼ? は辺りにいっぱいあるけれど、コタエなんてすぐには見つからないのです。
 騒がしいギモンから逃げて隠れて、コタエはどこかにひそんでる。
 わたしは名探偵、どこまでも追いかけ追い詰めるのでした。

 とりあえず目が覚めて、昼までじっとしてた。
 そうっとベッドを抜け出して、部屋をくるくるまわってみる。29、30,31、32!
 ベッドに転がり込んで、布団を被る。
 窓に息を吹きかけると、『ユメ』が浮き上がってきた。
 日が沈みかけて、窓の外にはシマリスがやってくる。
『ユメ』の奥にはシマリスがいて、おいしそうにナッツを食べている。
 ちっともうらやましくなんて無かった。だって、これからわたしはもっとおいしいものを食べるのだ。
 ママもパパもわたしの部屋に集まって、大きなテーブルを運んできた。
 その上に置かれるのは、素敵な誕生日ケーキなのだ。九本のロウソクと、たくさんのイチゴ、そして『しいちゃんおめでとう』
 綺麗なグラスにはシャーリーテンプルが入ってて、おしゃれなガラス玉が三個沈んでる。
「お誕生日おめでとう」ママが言った。
 わたしはふうと息を吐いて、ロウソクの火を消した。もちろん、一吹きでね。
「ありがとう!」
 さてさて、ケーキのお味はどうかしら? 生クリームは上々、ふわふわスポンジ、イチゴは甘酸っぱい。
 シマリスは上手にナッツを食べている。わたしも真似をして、くるくる回しながらイチゴを食べた。

15 :No.05 しおりのノクターン 3/4 ◇QIrxf/4SJM:08/02/23 22:18:17 ID:gnUp+QAB
 窓を少しだけ開けて、外の空気を吸ってみた。
 シャーリーテンプルは甘くておいしい。少し大人になった気分。
 すっかり飲み干してしまうと、グラスの中からガラス玉を取り出した。
「まあまあ」とママは言って、ハンカチで綺麗にガラス玉を拭いてくれた。
「窓には『ユメ』が浮かんでいるの」
「本当ね。綺麗な字」
「これがわたしの『ユメ』なのだ!」
 その先にはシマリスが居て、青と黒の瞳をこっちに向けてる。
 窓にガラス玉を当てて、小さな音を立ててみる。ぴくんとシマリスが振り向いて、興味深そうにわたしを見てる。
 もう一度、こちん。いいでしょう?
「どうしたの?」ママが言った。
「シマリスに見せびらかしてるの。この素敵なガラス玉をね」
 窓の外からでも見えるように、三つガラス玉を置いてみた。
 一つ一つに名前を付けよう。「コタエ、ケッカ、ゲンジツ」
 窓は少しだけ開いているけど、シマリスは奪いにこない。ママがいるからに決まってる。
「そろそろ眠るわ」と言って、わたしは目をつむる。
 明日は64なのだから、たっぷりと充電しなくてはならないのだ。
「おやすみ」とママの声が聞こえた。

16 :No.05 しおりのノクターン 4/4 ◇QIrxf/4SJM:08/02/23 22:18:44 ID:gnUp+QAB
☆ ☆ ☆

★ ぼくはシマリス。
★ 耳を澄ましてごらん。
★ しおりのノクターンがきこえてくるから。
 
☆ ☆ ☆

 はっと目が覚めて、時計を見た。夜の十時半。
 わたしはまだ入れ替わってないのでした。
 窓のそばを見る。「あれ?」
 そばに置いたガラス玉がない。
 犯人はすぐにわかった。シマリスだ!
 ナッツが床を転がってきた。ベッドの前で止まる。
 手を伸ばしても届かない。「拾わなくちゃ」
 でも、今日はもう三十二歩使い切ってしまったのだ。
 ナゼ三十二歩なの?
 窓の息を吹きかける。『ユメ』が浮かび上がる。
 コタエはいつもどこかに隠れてる。きっと、ちょっと手を伸ばせばいいだけなのだ。
 わたしはベッドから足を出して、立ち上がった。
『ユメ』の向こうにガラス玉。
 足を踏み出しても大丈夫だろうか? きまりを破ったわたしの体は、爆発したりしないだろうか?
 わたしは首を振った。「ゲンカイを超えるのだ!」
 右足を前に出して、ナッツを拾った。
 ベッドに腰掛けて、窓を見る。
 ひょこひょことシマリスが現れて、にししと笑った。
「明日はもっと歩くんだから!」わたしもにししと笑う。
 ナッツをかじってみる。ちょっと頬が熱くなる。
 そう、わたしはいつか旅に出るのだ。
 シマリスが隠した、三つのガラス玉を探しに。



BACK−いらないもの◆gNIivMScKg  |  INDEXへ  |  NEXT−それはみにくかった◆ynAdbGZ23c