【 いらないもの 】
◆gNIivMScKg




12 :No.04 いらないもの 1/1 ◇gNIivMScKg:08/02/23 17:56:15 ID:D6mzPUyE
 はじめは暗闇。ここがどこなのか、自分が何なのかさえわからない、深くて暖かい籠の中。そばだてれば聴こえる扉を叩く音。
大きくて、強くて、優しくて。それが世界の全てだった。
 いつの頃からか、そこは狭くなっていた。でも、やっぱり暖かくて、優しくて。いつまでもそこに居たいと思っていたけど、籠
の外を、光を目指さなきゃと思っていた。
 旅立ちの日。扉を叩く音はいつもよりも大きくて、不安な心を勇気付けてくれた。さよなら、暗闇。もう帰ってはこれないけれ
ど、きっと、ずっと、忘れない。
「こんにちは」
 外は光に満ちていた。感じられる、煌く世界。端から端まで、どこまでも。透き通った光が、覆っている。思っていたよりも、
ずっと素敵な世界なんだ。僕は、僕になったんだね。
 遠くに聴こえるノックの音。どこかで聴いたはずなのに、なんだかぼやけてしまうのは、光に霞んでしまったから。でももう大
丈夫。僕は優しい温度に抱かれていて、すやすや眠るだけだから。
「ごめんね」
 突然、光は強くなった。痛い、痛い、痛い。透明だった光が濁って、何度も、何度も突き刺した。僕は何かしたのかな。悪いこ
とをしたのかな。なんでだろう。急に暗闇が恋しくなった。
 幾つの砂が落ちたのだろう。扉を叩く音、聴こえない。ここには冷たい光があるだけだ。何をしたいとも、思わない。何かした
くても、できやしない。今はただ、眠っていよう。
 水が流れる音がする。時々、聴こえるこの音が、心になんだか刺さったみたいだ。世界は僕に優しくない。傷から零れる小さな
声は、水と同じ音がした。
 もう、何も聴こえない。扉を叩く優しい音も、水が流れる悲しい音も。僕はここには居られない。もう一度、あの場所へ帰るん
だ。暗くて、暖かい、あの場所へ。
 何かが聴こえた気がしたけれど、僕にはもう気にならない。僕は光の一部になった。世界を僕が覆っている。最後にちょっとだ
け感じた赤いもの。あれは一体なんだったのか。でも、僕にはもう気にならない。光は何も気にしない。
 光はどこまでも、上がっていく。どこまでもどこまでも、広がっていく。やがて、終わりにたどり着いた光は、満足そうに消え
ていく。そこにはもう、何もない。優しい何かが憩うだけ。
 そして暗闇。ここがどこなのか、自分が何なのかさえわからない、深くて暖かい籠の中。聴こえてくるノックの音はどこか懐か
しい感じがした。
 そう、知っているんだ。これから僕は、僕になる。失敗なんかしないように。きっと、光に負けないように。そして、ようやく
確かめる。赤いものの正体を。僕を蝕むいらないもの。
 さあ、旅立ちはもうすぐだ。今度はどんな世界だろう。ちょっぴり不安で怖いけれど、扉を叩く音はいつでも励ましてくれる。
勇気付けてくれるんだ。さよなら、暗闇。もう帰ってはこれないけれど、きっと、ずっと、忘れない。 <了>



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