【 無慈悲な聖母に抱かれ 】
◆/7C0zzoEsE




94 :No.25 無慈悲な聖母に抱かれ 1/4 ◇/7C0zzoEsE:08/02/18 00:38:59 ID:BZcQtSMZ
「あの、これ受け取って貰えませんか……」
 鼻息を荒くして、冷や汗が少年のふくよかな頬を伝う。
彼の手には強く握り締められ皺のできた手紙と、
綺麗に包装されたプレゼントがあり。
目をギラギラに輝かせて、目の前の美少女に思いの丈と共にぶつける。
 美少女の甘美な唇から、ふぅと吐息が漏れる。
彼女は俯いて、琥珀の輝きを持つクリッと大きな瞳を左手で覆う。
すぐに顔を戻し、きっぱりとした声で答える。
「ごめんなさい。私、貴方のことは好きではないので」


「どうして、マリアさんはそう冷たいかな」
 生徒の影も少なくなった、放課後の図書館。
相澤悠二は小説を読みながら彼女に尋ねる。
「だって、全く好みじゃ無かったのですもの」
 マリアと呼ばれた少女も本を読みながら答える。
きりっと姿勢も正しく、お淑やかな佇まいで見る人を和ませるが、
彼女の読む『野草、毒草について』の本が、妙な緊迫感を生み出す。
 悠二はパタン、と本を閉じて彼女に向かって言ってのける。
「マリアさんの悪いところだよ、それ。人の気持ちが分からないっていうか」
 彼女は本に視線を落としたまま。悠二は強い口調で続ける。
「無愛想だし、そう思いやりが足りないんだよね」
「変に期待を持たせるほうが無慈悲ではなくて?」
 さもありなん、とばかりに彼女は言い返す。
やっぱり視線は毒草の写真に向けたまま。
「そりゃあ別に、曖昧な返事をするのが良いってつもりじゃないけど。
もうちょっと傷つけない、他の言い方があったんじゃない?」
「ケチョウセンアサガオって素敵だわ」
「ほら、人の話聞いてない」

95 :No.25 無慈悲な聖母に抱かれ 2/4 ◇/7C0zzoEsE:08/02/18 00:39:13 ID:BZcQtSMZ
彼女はふぅ、と吐息をついて面倒臭そうに続ける。
「そもそも、二月十四日は健気な女の子を後押しするためのものではなくて?
どうして、殿方がここぞとばかりに告白してこられるのです?」
 悠二は「外国じゃ珍しくないよ」と言いそうになるが、堪えて飲み込む。
「聖母(マリア)様なんて、素敵な名前をしているのに。言うことは辛辣だね」
「どうも」
 彼女は椅子を引いてスッと立ち上がった、
今まで読んでいた本を棚に戻しに行って、荷物を整理して帰る準備を整える。
「ためしに付き合ってみれば? 性格……いや価値観変わるかもよ」
 別に嫌いってわけじゃないんだろう? と悠二は続けるが、
彼女は頭を振って、僕の目を睨み付けて言う。
「いいえ、好きじゃないわ。彼のことも、父がつけた真理亜だなんて西洋被れな名前も」
 彼女は、にこっと笑って「ごきげんよう」と優しく続ける。
悠二は、また機嫌を損ねたかな、なんて頭を抱え込んでいた。

 帰路につくマリアは、勿論不機嫌だった。
感情を上手く伝えられない彼女はやはり不器用であった。
 白い吐息をかけて手袋ごしに自分の手を暖める。
そんな時、ふいに彼女の視線に入ったもの。
 『安売り』のロゴが入った無骨な看板。それに吸い寄せられるように、
スーパーの中にマリアは入っていった。
 時計の針が午後六時を示している。彼女は急いで売り場に向かった。
 無事目当ての物を入手した後、小走りで自宅に向かう。
父も母もまだ帰ってこない。台所を自由に使える。
「……彼の驚いた顔が浮かぶわ」
 元々、お菓子作りが趣味の彼女は実に楽しそうに『気持ち』を彩る。
しかしその実、凝り性なところが災いし、時間は去る様に経っていった。
「――いけない、あまり遅くなっても迷惑よね」

96 :No.25 無慈悲な聖母に抱かれ 3/4 ◇/7C0zzoEsE:08/02/18 00:39:27 ID:BZcQtSMZ
 彼女は出来上がった品を適当に包装して、意気揚々と家を飛び出す。
と、同時に。
「おや、真理亜。今から何処へ行くんだい?」
「パパ……」
 実に間が悪いことに、玄関には父親が母と並んで立っていた。
「もう夜も遅いし、出たら危ないから駄目だよ」
「……貴方に迷惑はかけませんから」
「待ちなさい」
「うるさい! 急いでいるんです、離してください」
「真理亜!」
 母親が、語調を強めて彼女を叱る。
「貴女を思って言ってくださってるのよ。そのお父様に、何ですか
もっと相手の気持ちを思いやれる子になりなさい」
 彼女は母の言葉が悠二の言葉と重なった気がした。
そうしてうろたえる彼女を横目に父親が母を制した。
「いいんだよ、この年頃の女の子は皆そうさ。父親が嫌いになるんだよ。なぁ真理亜」
「いや、貴方が嫌いって訳じゃないけど……」
 クラスの女子に名前を馬鹿にされ苛められたなど、彼女は言えなかった。
それは、父親を最も傷つける台詞だと分かっていたからだ。
「真理亜、すぐに用事を済ませて帰るんだぞ。道が暗いから気をつけなさい」
 父親が彼女と母をなだめて、家に戻ろうとする。
真理亜の頭を撫でたその手は暖かくて、それで彼女も思わず、
「パパ! あの、これ!」
父親に声をかけていた。

97 :No.25 無慈悲な聖母に抱かれ 4/4 ◇/7C0zzoEsE:08/02/18 00:39:40 ID:BZcQtSMZ
――――悠二が呼び出されたのは午後十時。
「女の子がこんなに夜遅くまで出歩くってのはどうなの」
「道に気をつけて歩いたからこけなかったわ」
 悠二は首をかしげた。そして、彼女に尋ねる。
「それで、どうしたの? 何か用があったんじゃ」
「ええ、どうしても今日しか渡せないものを作ってきたのだけど……」
「え……それって、チョ――――」
  マリアは、顔を真っ赤にして高揚する悠二の言葉を遮った。
「だけど……来る途中に父に会ってしまい、彼に渡してしまいました」
 悠二の顔がみるみるうちに、暗くなっていく。
それを見ていたたまれなくなった彼女は慌てて、直ぐに言葉を紡ぐ。
「それで、作り直す時間はありませんでしたが。それでも日頃のお礼という意味を込めまして」
 シュルっと、首に巻いていたマフラーを肌いて手に取る。
「これを受け取って頂きませんか? 嫌ですか?」
 今度は彼女の方が顔を真っ赤にしている。悠二は豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
「――ウダイ。いや、ください! いただきます」
 悠二は普段の無愛想なマリアとの違いに胸が高鳴っているようだった。
彼女はひたすら恥ずかしそうに顔を俯いている。
「なんだか、普段と違って優しいから調子狂うな……。
マリアって名前が良く似合う、本当の女神様みたいだよ」
 言ってから、途端に自分の言葉に恥ずかしくなったのか、悠二も俯いてしまった。
マリアはそれを聞いて、嬉しそうに。本当に嬉しそうに。

                            <了>



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