【 所詮友情は三日間 】
◆cwf2GoCJdk




79 :No.22 所詮友情は三日間 1/5 ◇cwf2GoCJdk:08/02/18 00:34:10 ID:BZcQtSMZ
 そこに顔があることをたしかめるように何度も手のひらでほおにふれ、ポールはよろこびをかみしめた。前方では椰子の木がまだらに森林を形成していて、すぐそばの波の音を聞いていると、それだけで潮のにおいを感じられるように思えた。
 彼はふと思い出したようにかがみ、砂を両手に集めると、いっそう気分がよくなった。
「まったく、こんなところでマスクに呼吸させられるとなると、それこそ気ちがい沙汰だ!」
 カモメが鳴いた。ポールは空を見上げ、子どもの無邪気さで走りはじめた。海の水がパシャパシャと音を立てるのがおもしろくてしょうがないといったふうに。
 すこし呼吸が苦しくなってきたところでふりかえると、やわらかなカーブの先で海に足をひたしているフィネガン号が、まだその大きさを把握できる距離にあった。曲線はその先、蜃気楼のようにぼやけるほど遠くでも、たしかにつづいていた。
 膝に手をつき、海と森林を交互に見渡したのち、砂の上に腰をおろした。息を弾ませながら自分の足跡を確認する。その幅に自らの年齢を示唆されているようで、ポールはひとり照れくさくなった。
 カニが手の横を通りすぎる。木の葉のそよぎを耳にすると、彼は探検家の好奇心で疲れを忘れさせた。砂浜を歩きながら樹木の一本一本を確認するようにし、ころあいを見はからうと完全に海に背を向け、森へはいりはじめた。
 ポールは海を目印にまっすぐ進むつもりでいたが、樹木におおわれて、海はすぐに見えなくなってしまった。彼は迷うことに不安を感じずに、そうなることをたのしんでいた。
「目印になるようなものはなにもない。この森林がどこまでつづいているのかもわからないし、へたをするとあの海へもどれなくなるぞ……」
 その言葉とは裏腹に口調はたのしげで、表情は宇宙船から降り立ったときとおなじように期待に満ちみちていた。だが、十数分ほど歩くと、頭上の葉のあいだから青空がひろがりはじめ、前方の緑におわりが見えた。
 そこにある物がなにか、すぐには理解できなかったが、視線を上げていくと見慣れた形がいやでも目についた。
「建造物? ビルか。なんでこんなとこに」
 この星に着陸した地球人はポールがはじめてではない。人びとが惑星に手を加えることは珍しくないし、実際、彼がいま酸素装置をはずしていられるのもそのおかげだった。もちろん、ポールもそのことは承知している。
 ポールをおどろかせたのは人工物の不自然さではなかった。
「これじゃまるで廃墟だ。だいたい、石づくりの建設なんて大むかしだけだろう。何十年も前には人が住んでいたのかな」
 入り口に落ちていた枯れ木を森林へ投げつけたのち、町の残骸へはいっていった。

 いくつめかの曲がり角――というよりはビルとビルのあいだで立ちすくんだ。
「子ども……?」ポールはなにかに一生懸命になっている子どもを見たはいいが、どうすればいいのかわからないようすで所作を見守っていた。
 冷静に観察していると、たしかに人間の子どもであることははっきりした。ボロ布のようでも服を着ていたし、体つきは地球のどこにでもいる少年とちがいない。また、宇宙のどこでも、そのような異生物は見たことがなかった。
 近寄って声をかけるべきか迷っていると、少年は急に首だけでふりむき、ポールを見るとおそろしそうにして、走って逃げていった。ポールはハッと我にかえり、あとを追った。
 建物のあいだを抜けて広場のようなところに出ると、少年はすぐに見つかった。少年は目が合った瞬間に走り出したが、疲れ切っていたポールは早めに歩いてあとを追った。少年は何度か立ち止まり、そのたびにポールを確認して、また走り出した。
「べつにいまじゃなくてもだいじょうぶだろう。ここはそれほどひろくないだろうし……」
 自分にいい聞かせるようにそういうと、ポールはいまきた道をもどっていった。帰り道こそは迷うかもしれない、とこんどはほんとうに不安になったが、意外にもすんなりと浜辺にもどれた。そして、浜辺にはあの少年もいた。
 少年は砂を膝にかけたり、海へ投げいれたりしていた。ポールがすぐそばまで近寄ると、少年は彼に気づき、こんどは逃げなかった。
「なにをしているんだい?」
 少年はポールの口の動きを不思議そうな面持ちで見ていた。この子は言葉を話せないのだろうかといぶかった。少年はくりくりした眼をきょろつかせて、持っている砂にはもう興味がないというふうに手から落とすと、立ち上がり、ズボンの砂を振り払った。
 少年が小さな唇をふるわせていった。
「どこからきたの? あっちの人?」指し示したのは、さっきの廃墟だった。
「いや、地球からだよ。きみはちがう?」

80 :No.22 所詮友情は三日間 2/5 ◇cwf2GoCJdk:08/02/18 00:34:22 ID:BZcQtSMZ
「あなたは、だれ? どうしてここにいるの?」
 ポールは自分の名前をいった。
「ここには……そうだな、旅行や観光といったところかな。きみの名前は?」
「チャーリー。ねえ、あの宇宙船はあなたのなの?」
「いいや、友だちのだよ。宇宙船フィネガン号。きみはどうしてこんなところに?」
「ママとパパにつれてこられた」
「きみのママやパパはどこにいるのかな」
 チャーリーはポールを見上げ、すこし迷ったそぶりを見せると、「ついてきて」といって歩きだした。どこかに照明があるのか、あるいは数多くの星がそうしているのか、夜は妙に明るかった。
 ポールは前を歩く少年のことを考えた。ところどころに穴があいているシャツは、丈があっていない。髪はすこし伸びすぎているが、肩にかかるほどではなかった。
「きみはいつからここにいるのかな? その、つれてこられたのはどれくらい前?」
「わからない。でも一週間よりはすぎてるよ」
「食べ物は?」
「あちこちにあるよ。ほら、こっち」
 チャーリーは茂みをかき分けながら手招きした。ポールはあとにつづいた。そこは小道になっていた。曲がりくねってはいるが木の枝や下生えに人為的な形跡があり、通りやすくなっている。
 だが、チャーリーがやったのではない。ポールの頭上できれいに切り取られている大木の枝がそれを物語っていた。
「ここだよ」急に足をとめたので、ポールは少年を蹴飛ばしそうになった。前方は石の壁。チャーリーの視線を追い、目線をおろす。
 人骨の山があった。ポールはチャーリーが死人の服を着ているのだと、奇妙な冷静さで理解した。
「この先は? また廃墟があるのかい?」
「行っちゃだめだよ。行っちゃいけないっていわれてるんだ」

 砂の上で目覚めると、ポールはきのうの夜、少年につれられた道を行った。チャーリーにはあのあとも強く警告されたが、それを聞き入れる気はなかった。日の光に照らされた状況で見る人骨は、またちがった不気味さがあった。
「ここにはくるなといわれたはずだが」
 ポールはぎょっとした。あわてて声のしたほうを向く。
 大柄の老人がいた。髪や髭は不揃いだが、伸びすぎでない。老人は怒っているようにも、またそれが平静であるかのようにも見え、その顔はポールに大むかしのロシアの文豪を思い出させた。
「きのう、ここでした話を?」
「聞いていた」
 かすれてはいるが、重みのある声だった。老人の服は古びてはいるが、さほどきたなくないことにふと気づいた。
「あなたは?」
「わたしはここにいる人間の、そう、代表≠セな。そとの人間と関わりたくない者が大勢いるのでね。そして、ここにいる人びとを救うのがわたしの役目だ。この星にいる人びとをな。ここがどんなところかわかっているか? なぜこの星にきた?」
「旅行さ。ここがどんなところだというんだ?」

81 :No.22 所詮友情は三日間 3/5 ◇cwf2GoCJdk:08/02/18 00:34:35 ID:BZcQtSMZ
「死にたがりが集まる惑星だ。その骨たちは自ら死を選んだのだ。もっとも、殺したのはわたしや、ほかの人間だがね。大むかしに死にたがりが集まり、殺人衝動をもった人間とともにこの地に降り立った。
 だが、殺人者たちはすぐに飽き、あるいは死にたがりを気味わるく思うようになった。わたしは死にそこなったのだ。そしてその後、なぜかここにそういった人びとが集まるようになった」
「うわさがひろがったんだ」
「そうかもしれん。われわれがここに住まうようになってからは、死にぞこないはいなくなった。そう、殺しているんだよ。われわれは死ぬ気がなくなったが、移住者をうけ入れる気もなかった」
「なぜ殺す必要がある? 地球に送り返せばいいじゃないか」
「人びとを救うのがわたしの役目だといったろう。死を望む人間には死をあたえる。そうやって彼らの苦しみをとりのぞいたのだよ。生きていてもいいことなどない、というのがきまってやつらの口癖だった」
「チャーリーは?」
「あの少年は死を望んでいないからな。かといって、彼を救う方法もない」
「受け入れてやればいいじゃないか。たったひとりで、かわいそうだとは思わないのか?」
「だめだな。それが掟≠セ。いちどでも例外を認めては、その存在意義がうすくなってしまう。かわいそうだとは思うが、どうしようもできん」表情や声の調子から老人の感情を読み取ろうとしたが、むだだった。
「地球につれて帰れ。そのじゃまはしない。あの少年をあわれに思っているんだろう?」
「むりだ。彼は両親とここにきたといった。おそらくチャーリーは死んだことになっている。いまでは地球に住むのはたいへんなんだ。きっとすぐにどこかの惑星に飛ばされてしまう。そこの環境がここよりいいという保証はない」
 ポールはそういったが、それはかなり楽観的といってもいいくらいだった。身元不明の少年をつれ帰ったら彼自身もあやうくなるし、過去チャーリーのようなだれにとってもどうでもいい¥ュ年は、確実に劣悪な環境に置かれていた。老人がいった。
「死ぬまで強制労働か、変態どもかといったところか」
 ポールは老人をにらみつけたが、老人はまったく動じなかった。

 砂浜にもどると、すぐにチャーリーがポールに走り寄ってきた。
「もしかして、あそこにいったの?」
「そうだよ」
「だれかにあった?」
「老人にね」
「なんかいってた?」
「いや、なにも」
 チャーリーはほっとしたような、期待がはずれたような表情になった。それからおちつきなくポールの目の前をうろうろすると、決心したようにいった。
「ねえ、フィネガン号にのらせてよ。動かさなくてもいいからさ。のって、見るだけ」
「いいとも」やさしい声でいった。
 チャーリーは機体のなかにはいると、「うわあ」と感嘆の声を上げた。
「ここにきたときは、箱みたいなのに何人も入れられてて。なんにもおもしろくないの。これは、いいね」
 フィネガン号には十人ものれないだろうし、チャーリーがのってきたものより安物だろう。だが、少年の目にはこちらのほうが魅力的に映るらしい。「これはなんの装置なの?」とひっきりなしに聞いてくる。
「宇宙船が好きかい?」ポールがいった。

82 :No.22 所詮友情は三日間 4/5 ◇cwf2GoCJdk:08/02/18 00:34:49 ID:BZcQtSMZ
「うん。のりものはぜんぶ好き。船にのってみたいんだ。のったことないから。あの海を船で行けたら、いいだろうなあ。ねえ、地球の海もあんな感じ? いつかつれてってもらったと思うんだけど、おぼえてなくてさ」
「これほど美しい海は地球にはないね。地球の海はよごれてるから」
「ぼくは大人になったら、自分の船を作りたいなあ。その船でこの海を探検してみたい」
 チャーリーは地球のことや、ポールが旅したほかの惑星の話を聞きたがった。彼の話をうれしそうに聞いている少年を見て、たぶんそのときにはじめて、なんとかしてやりたいと思った。

 とっくに陽が出たころに目覚め、完全に覚醒するまでしばらく待ってから、老人のもとへむかった。
「彼を受け入れてやってくれ。あと数年もすれば、彼はきっと絶望してしまう。仲間がいれば、そうならないかもしれない」
「わたしにはなんともできん。それに、そうなっとしてもだ。あの少年はおまえに裏切られたと思い、心に傷を負うだろう。そんな状態で受け入れてやっても、無意味だろう? 食料は十分すぎるほどあたえている。すくなくとも、餓死することはない」
「なぜなにもできない? あんたは人を救うっていったじゃないか!」
「掟は破れん。わたしにいってることをなぜ地球のやつらにいわない? 地球での掟とおなじように、われわれの掟もゆらぐことはない。どんな同情や共感でもだ。おまえにできることはなにもない」
「なにがいいたい?」
「地球に帰れ。ひとりでだ。それが最善だ」
「なにが最善だ! なんにも解決してないじゃないか!」
「もとにもどるだけだ。おまえがここにくる前の状態にな。わたしがあの少年を救うことはできない。ならば、せめておまえの苦しみをやわらげねばならん。おまえはなにがしかのリスクを背負おうとしている。それはなんのためにもならん。ただそれだけ≠セ」
「ふざけるな」
「妙なことは考えるな。おまえはただ、ここにきたことを後悔すればいい。それがむりなら、すこしの罪悪感をもって地球に帰れ。そうなれば、多少の希望すら抱えていられるだろう。人間が大好きなな」
 突然、老人がおそろしい表情になった。同時に枯れ木が折れる音と、足で落ち葉を踏む音がした。ポールは背後に体をむけた。
「チャーリー!」
 少年はあきらかに老人を怖がっていた。
「ねえ、もどろうよ。ここにいたって、いいことないよ」
 ポールはチャーリーに近寄った。
「すぐに行く。だから、もどってるんだ」
「いっしょに行こうよ」
「うん、すこししたら行くから、な。だいじょうぶだから」
 向きなおると、老人は非人間的な形相をしていた。ポールははじめて老人が怖ろしく思えた。老人はなにもいわない。彼は老人にひきとめられないか考え、なんどかふりかえりながら海にもどった。
 ゆるい砂の傾斜のすぐ下でチャーリーは眠っていた。ポールもその横で眠った。

 朝、チャーリーがいなかった。だが、探すとすぐに見つかった。森林にできた空間、骨の山にチャーリーは横たわっていた。
「出てこい」
「わたしか?」老人がいった。

83 :No.22 所詮友情は三日間 5/5 ◇cwf2GoCJdk:08/02/18 00:35:03 ID:BZcQtSMZ
「あんたがやったのか?」
「そうだ。おまえがここを去れば、この少年は精神に傷を負うことになる。この少年の未来に希望はなく、やがて苦しみを理解にあえぐだろう。それはおまえもいっていたな。おまえがなにをやってもそれは不可避だ。ならば、すこしでもそれをやわらげるのが、わたしの役目だ」
「チャーリーを拒絶したくせに」
「そう。だが、ここにいる限り、わたしは救わねばならん。これは前にもいった。それがここの掟≠ネのだ。これが最善だとわたしが判断したのだ。おまえは旅行者だといっていたが、ほんとうは死ぬつもりでここにきたのではないのか?」
「そんなことはどうでもいい」
「よくはない。すくなくともいまはそのつもりがないようだが、その気があったことは否定できまい。ここにくるのはそんなやからしかいないからな。この少年のことでおまえは苦しんでいた。だからわたしが殺した。おまえとこの少年、両方を救ったのだ。
 おまえがこの少年のためになにかをすれば、確実によくないことになる。おまえはもっと長く苦しみつづける。そしてその確信は、わたしに°齡Yをあたえることになる。人を救えなかった≠ニな。そうなれば、今後の仕事に支障をきたす」
「あんたはだれ一人救っちゃいない」
「そうかね? だが、おまえはいま、ようやくあきらめることができたのではないか?どうしようもなかった≠ニな。そのとおりだ。おまえにはどうしようもなかったのだ。少年を殺した罪はわたしが背負おう。それはわたしのためでもある。
 いま、おまえは興奮しているが、わたしを殺すか? それでもかまわん。ここにいる者はだれも文句をいわないからな。わたしもだ」
「ここにあんた以外の人間はいない……みんな死人だ」
「そう、わたしと、おまえ以外はそうだ。彼らはみな、病んでいた。苦しみしかない人生に疲れていたのだ。だから、わたしが救った」
「あんただって死にたがってる。だから他人を受け入れないんだ」
「だからなんだというのだ? 仲間のもとへ帰れ。おまえには帰る家があるんだろう? そこの少年とちがってな。時間は最高の名医だそうだ。いつかは少年の死の悲しみも消えていくだろう。
 わたしはここでできる最善をつくした。あとはおまえが地球でなにかに苦しもうが、知ったことではない。いらぬ感傷で死にたくなったのなら、すぐにでも楽にしてやるが、どうだ?」
 ポールはもう聞いていなかった。チャーリーの顔に手を触れ、腕を背に回した。それから死体を背負い、海へむかった。
「死体はおいていけ。地球にもどったとき、いらぬ疑いをかけられぬようにな」
 ポールは答えなかった。
「いらぬ感傷で――」
「だまれ!」
 ポールは立ち止まり、静かにいった。
「もうあんたの役目はおわりだろう。わたしたちは、帰るんだ。じゃまをするな」
 椰子の葉がざわめく。鳥の鳴き声と波の音は、彼になにも感じさせなかった。窮屈なフィネガン号の中、ポールは大事そうにチャーリーを寝かせた。
 フィネガン号が振動する。周囲の砂や海の水が横すべりし、椰子の幹がゆれる。大きな葉ずれの音がする。フラミンゴの群れが空の色を染め、カモメの鳴き声がそこいらじゅうにひろがる。
 数秒もすると、そこにいるどんな生物にも宇宙船は見えなくなった。

 大気圏のそとに出たことを確認する。ポールはチャーリーのようすを見た。ポールとちがい、マスクはしていない。少年の存在をたしかめるように手でほおにふれ、かすかに残る体温を感じた。ポールは安心した。
 やがて、彼は地球にもどったときのことを考える。チャーリーをどこに埋葬しよう? 説明は? 勝手に宇宙船をもちだしたことにフリッツは激怒するだろう。友情がこわれなければいいのだが。うそをついたことをまずあやまろう……。
 そのうち、ポールは眠りに落ちた。
 暗闇にただよう船の中、孤独な少年は眠りつづける。



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