【 善良王 】
◆ptNT0a7knc




63 :No.18 善良王 1/4 ◇ptNT0a7knc:08/02/18 00:27:42 ID:BZcQtSMZ
 後世に善良王と呼ばれる王がいた。
民衆の味方となり職にあぶれた者に仕事を与え、税の払えぬ農民には減税をおこなった。
弱国や友好国が危機に陥った場合は即座に救援をした。
弱きを助け強気を挫く、権力者と思えないその姿に民衆は魅了された。
そのようなことをしながらも貴族達と対立することもなく、彼が統治している地は平和が続いた。
そして周辺や遠方の国々からも今時代において最も慈悲深き権力者と呼ばれている。
 だがその内実はまったく違っていた。
「陛下、お呼びでございますか」
 大臣であるグスマンが巻物を持って王の私室の扉を叩き遠慮気味に声をかける。
「かまわん、入れ」
 グスマンは扉を開けて王の姿を見ると深々と頭を下げる。
入ってきたのを王は確認するとテラスに出て、グスマンもそれに続く。
テラスからは城下街が見えその先には都を守る城壁、そしてはるか先には微かながら川が見られる。
「北方の河川工事は後どのくらいだ?」
 王はグスマンの方を向くことなくただ遠方の川を眺めながら聞く。
「2、3月ほどだと思われます。種蒔きの前には終えると聞いております」
「予定通り、というわけか」
 はっ、と答えてグスマンは頭を下げる。
「賃金はちゃんと払っているのか?」
「それについては抜かりなく」
 それを聞いて王はうんうんと頷く、その顔は微笑を浮かべている。
これを他の者が聞いたらなんと民思いな王か、と思うかもしれないがグスマンは違った。
 今の王が王子の頃からの長い付き合いであるグスマンはこの王の性質をよく知っている。
知っているからこそこの王が各国から慈悲深き王と呼ばれるのに苦笑する。
ある国の外交官が、
「あなたの国の王は素晴らしい、慈愛に満ち溢れたお方だ」
 そう言われた時には思わず吹き出してしまいそうになったこともある。
この王はそんな甘いものじゃない、全て計算づくの行動なのだ。
「陛下、近頃陛下の名声がまた上がっているようです。なんでも徳多き慈悲と慈愛に満ちた御方だとか」
 それを聞いた王は気心の知れたグスマンの前だけあって大笑いをする。

64 :No.18 善良王 2/4 ◇ptNT0a7knc:08/02/18 00:27:54 ID:BZcQtSMZ
「まったく面白いものだな。このわしが聖人君子とはな」
 ひとしきり笑った後、室内に戻りイスに腰を掛け、グスマンは無言のまま王の横に立つ。
そして机の上に巻物を広げる。
 それは隣国の地図である。
グスマンを呼んだのは隣国の内情を知りたいがためである。
「どうやらまた彼らは敵国に攻められるようです、遠からず使者がくるでしょう」
「そうか、では救いの手でもくれてやるか」
 くっくっと笑いながら王がしゃべる。
その顔には善意は一切なく悪意しかない。
「これで助けるのも3度目。奴らは何を提示してもこちらの条件を呑むしかあるまい」
 ただで救いの手は差し伸べない。
王は地図のある部分を見詰める。
それは時刻との国境の山々がある場所。
地質学の専門家からの話ではここには金脈が眠っているらしい。
実際この山から流れている川では砂金が採れる。
この王はその山を援軍の見返りに手に入れるつもりである。
「グスマン、エミールに伝えよ。山側ではなく沿岸の都市を抑えるべき。
さすれば交易をしやすくなり巨万の富をえられる、とな」
 その話を聞きながらグスマンは隣国を不憫に思った。
それは敵国が隣国に攻め込むのは全て王の策略のせいであるからだ。
 表向きエミールは自国から罪人として追い出され敵国に拾われた。
だが実際は敵国の中枢に入り込み国政を遠隔操作するための間者である。
そのような間者は他にもいて重要な役職についている者もいる。
特にエミールは有能な人間であったため客分からどんどん昇格していった。
それにつれ敵国の王の信用も手に入れ、いまや敵国の王の側近になっている。
その王を操ることなど造作もないこと、もはや敵国は手に入れたようなものである。
だが王は敵国を滅ぼすようなことをせずそれを自国のための駒として使った。
この王が他の国を助けた類の美談は全てこの駒のおかげである。
王はそれで各国の信用を手にした。


65 :No.18 善良王 3/4 ◇ptNT0a7knc:08/02/18 00:28:11 ID:BZcQtSMZ
「『国家間で真に警戒すべきは攻め込んでくる敵でなく手を差し伸べる者である。
なぜなら彼らには下心が必ずあるからだ』誰が言ったか知らないが的を射ている」
 王が机の上を手で払う。
もうその巻物に要はない、ということだ。
「これで隣国から得るものは他国への信用だけか、弱者を守る強者の姿は絵になるな。
しかしこんなわしがなぜ慈愛に満ちた王なのかわからん、もっともわしも演技はしているが」
「それは陛下が農民達に減税をして、職のない者に職を与え生活を保障しているからでしょう」
 王はそれを聞いて鼻でふっ、と笑う。
それらが善意でからくるものではないのに人々が善意と思うからだ。
そしてそれを見破れない者達への嘲笑の意味も入っている。
「取れぬとこから無理やり取ったところでたかが知れている。第一農民達に逃げられたら税は取れなくなる。
それに叛乱などされたらその始末にどれほどの時間と金がかかることやら。貴族達はそれを理解していない」
 王は風に当たりにテラスに向かう。
テラスに出れば兵の教練している声が聞こえる。
「職のない者は生活に困窮している。そのためどんな過酷な作業でも賃金と寝床を与えれば喜んでする。
はたしてこれが善行なのか聞いてみたいものだ」
 ヘリに両手をつき兵の教練を眺める。
それに気づいたのか先程よりも気合の入った声が聞こえ始める。
「民は麦と同じだ。ちゃんと手を入れて育てればその麦は良い麦となって高く売れる。
手を抜いて育てれば悪い麦となり安くなってしまう」
「ならば我が国はちゃんと育てているということになりましょう」
「そういうことになるだろう」
 笑いながら部屋に戻り、グスマンもそれに従う。
部屋に戻り王がイスに腰掛けようとした時、王を呼ぶ声が聞こえる。
「陛下、城門の者から隣国の使者が参られた、とのことです」
 そう文官が告げる。
王はグスマンの方を見やり笑みを浮かべる。
「さて、黄金と他国の信用を得に行くとするか」
 グスマンもつられて笑うしかなかった。

66 :No.18 善良王 4/4 ◇ptNT0a7knc:08/02/18 00:28:54 ID:BZcQtSMZ
 この王の政策は全て打算されたものである。
結果が民衆にとってよかっただけにしか過ぎない。
違った結果ならばきっと悪徳王とでも呼ばれていただろう。
だが人々は彼の事業の表面だけしか見ず、彼を慈悲深き善良王と呼んだ。
結局その人間の性質よりも物事の結果でしか人は判断ができないものである。



BACK−ちょこっとlate◆zsc5U.7zok  |  INDEXへ  |  NEXT−この心とは心にあらず◆VrZsdeGa.U