【 慈悲 】
◆lnkYxlAbaw




46 :No.13 慈悲1/2 ◇lnkYxlAbaw:08/02/18 00:18:42 ID:BZcQtSMZ
 放課後のこと、いつものようにツレのやつらと公園でたむろってたら、いかにもオタクって
感じの東高の二人組が通りかかって、そいつらが俺たちに気づいたとたん下を向いて早歩きで
通り過ぎようとしたのにユウジが腹を立てたらしく、「おまえら何こそこそしてんだよ」とか言
い出して、そんなん下手に目でもあってカツアゲでもされたら嫌だからそうしたんだってこと
はわかりきってるんだけど、もちろんそいつらはそんなこと言わない。
 さすが偏差値が底辺な東高のやつらだ。自分たちの選択の一つ一つが相手にとっては「馬鹿
されている」と感じることがわからないのだろう。ユウジが「ちょっとこっちこいよ」と林の
中へ連れて行こうとしたのを彼らが拒んだのもその過ちの一つだけど、やはり彼らはそういう
選択をしてしまう。愚かだ。それで面白そうだから俺たちも加わってやつらの周りを囲んだら、
太った方が「ぶひー」と言った。いやマジで言った。これには俺たちは笑うしかなくて、「おま
え豚なのか人間なのかはっきりしたほうがいいよ」とタケオが小突いたら、メガネくんが「う
ひー」とかよくわからない言葉を口走ったのにがっかりした俺が、「おまえ、そこはママーとか
言えよ、空気読めよ」と突っ込みのつもりで言ったのに「すいません」と謝られる。
 はあ? 意味わかんねーんだけど。俺がそう言うと、「おっダイスケがキレた」とマサヤが言
ったのにムカついてデブを軽く蹴ったら、マサヤが喜んで逆効果。マジうぜーよ、と今度はデ
ブのケツを蹴ったのが引き金になったのか、強引に林の中に連れ込んで仲間が何度かそいつら
を殴るのを、すっかり醒めてしまった俺が遠目で見ながら新たに生まれてきたいろんなもやも
やを発散するために、「どけー」とか叫んで「おりゃー」とか言いながら走って「とう」とかジ
ャンプしてメガネのメガネに側頭部から飛び蹴りを食らわすと、メガネがメガネを吹っ飛ばし
つつ倒れて、仲間は大喝采。俺は両手をあげて歓声に応える。
 そしたらデブがまた「ぶひー」と言ってひざまずき
「どうかお慈悲を」
 なんて言いやがるから
「悪いけど俺、そんな高尚なもんじゃないんだよね」
 と今度こそマジギレして、デブの顔面を正面から思い切り殴る。「おお、いってー」俺が殴っ
た右手を振ると、「やりすぎだよー」とかそもそも最初にこいつらに突っかかっていったユウジ
が言い出すから、俺はまた頭にきたけど、さすがにそこはこらえて「バーン」と親指と人差し
指を立てて拳銃でユウジを撃つ動作をする。弾丸はユウジの頭をしっかりと打ち抜いた。
「お金もらう?」といったタケオの手の中にはいつのまに取ったのか財布が二つあって、その
うちの一つ、メガネくんの財布がドラゴンボールなのに呆れるというか、おいおいおまえ高校

47 :No.13 慈悲2/2 ◇lnkYxlAbaw:08/02/18 00:20:39 ID:BZcQtSMZ
生だろ、何考えてんの? と思いながら開けてみると中身は五千円で、まあまあかなというと
ころ。色んな意味で期待を裏切ってくれない。うん、高価な財布を使うならその分中身を充実
させてくれた方が結果的に俺らには嬉しい。
 スーパーサイヤ人だからと言って財布の悟空は持ち主を助けてはくれない。そういうことが
できるのはアニメキャラでなく、神様とか仏様とかご先祖様とかなのだから、むしろ財布の中
にお守りやら形見やらを入れておいたら、不思議なパワーで俺たちをなだめることくらいでき
たかもしれないのに。まあそんな理由でこの財布を持っていたわけではないだろうが、ドラゴ
ンボールが好きなら財布を持つのでなく、オラ強くなりてえ、とか思って体でも鍛えるとかす
ればいいのに、学ぶ箇所がまちがっている。じゃあこいつらはいったいアニメから何を学んで
いるのだろう、と豚くんの財布を開いてみると、住所と名前の書かれた小さなプレートが折り
畳みのあいだから垂れ下がり、元ネタを知っていた俺はため息をつく。哀れにもほどがある。
「おっ、万札はいってんじゃん」ユウジの発見に俺たちはどよめきの声をあげる。「ラッキー」
とマサヤ。こいつの空気の読めなさは天下一品だが、この一言に万札を前にして少しだけ芽生
えていた罪悪感がふっとんでしまったのはみんな同じようで、さっそく何に使うかで盛り上が
る。とりあえずカラオケでも行って考えようぜってことになってその場を離れるときに、顔を
押さえながら座り込んでいるオタクくんたちに「ありがとう」を忘れないタケオの愛くるしさ。
みんないいやつらだ。
 公園の出口にゴミ箱があって、それを見つけたユウジが十メートルほど離れてから財布を投
げると、悟空が宙を大きく舞い、すとんとゴミ箱に収まる。拍手のあとで、「今度はもっと離れ
てやれよ」とマサヤが言うと、「じゃあ、あの木のところから投げて入ったら、万札俺のもんね」
とユウジが調子にのったのだが、それは普通に考えて届くことさえ難しい距離だったので、「い
いぜ、やってみろよ」と俺が叫ぶころにはもうユウジは木のところに行っている。「じゃあいく
ぜ」とユウジは野球のピッチャーのモーションをして「とりゃ」っと投げたのだが、中身のは
いっていない財布は軽すぎるのか、半分ほどの距離で落ちてしまう。「くそー自信あったのにな
ー。あーうぜえ」と冗談でなく本気だったらしいユウジが帰ってくる途中で落ちている財布を
蹴ると、財布は草むらに飛んでいった。
「あの財布誰か拾って、ちゃんとデブのところに届けてくれればおもしれーのに」
 俺が言うと「ばーか、そんなに世間は甘くねーよ」とよりによってマサヤに否定されたので
俺はマサヤを銃で撃つ。バーン。だってデブくんの言葉に倣うなら、これが俺たちの見せられ
る精一杯の慈悲なのだから、それくらい願ってもいいよね。



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