【 無慈悲 】
◆Sd8w25k53w




32 :No.09 無慈悲 1/5 ◇Sd8w25k53w:08/02/17 23:12:47 ID:5krz/sVH
 ぴゅーい、ぴぴぴぴ、ぴゅーい
 ジョーンズの耳に鳥の鳴き声を模した指笛の合図が届いた。
「来るぞ、ぬかるなよ」
 ジョーンズは部下達に声をかけると、自らも投擲用の斧を構えた。

 ジョーンズが率いる盗賊団にその情報が入ったのは一週間前のことだった。
彼らが縄張りとする森を兵器と金品を積んだ馬車団が横切る。
森の先のロマリア王国が隣国との戦争を企てており、城下町で取り引きするための商品に紛らせ強力な兵器を運んでくるというのだ。
ロマリアの周囲には広大な森がひろがっている。
昼間でも薄暗い森は、戦時下には訓練されたゲリラ兵が活躍する舞台となり、戦争がなければジョーンズたちのような盗賊達の住処となっていた。

「お頭、見えましたぜ!」
 ジョーンズのすぐそばにいた部下が押し殺した声で囁いた。
目を凝らすと、馬車を護衛する魔術師達が持つ松明の明かりが見えた。
「よし、もう少し引き付ける。おれの合図でいくぞ」
 ぴぴ、ぴぴ、ぴぴ、ぴぃーー!!

33 :No.09 無慈悲 2/5 ◇Sd8w25k53w:08/02/18 00:09:44 ID:BZcQtSMZ
森に降り注ぐ斧のにわか雨が馬達の脚をへし折った。
「いくぞぉおおおお」
「ひぃやっほぉおおお」
 盗賊達はいっせいに木の葉の迷彩を脱ぎ捨て馬車団に躍りかかった。
 殺戮の嵐が森の一画を支配する。
「魔術師達の武器とローブも忘れず奪え!」
 ジョーンズは部下達に指示を飛ばしながら馬車団の最後尾を目指した。
数々の修羅場をともに切り抜けてきた湾曲刀が次々に護衛の魔術師を薙ぎ倒す。
 魔術師の腕を、脚を、胴を、首を刎ね飛ばしジョーンズは森を駆けた。
 後方にいくにつれ護衛が厳重になり、一番後ろの馬車には数人の上級魔術師までもが護衛についていたが、拍子抜けするほど無抵抗に殺されていった。
 馬車の後方に周ると生き残りの魔術師が一人、地べたに蹲っていた。
「おい、おまえが最後の一人だ。何か言いたいことがあれば死ぬ前に言っておけ」
 とうに慈悲など捨てたジョーンズだったが、久しぶりの仕に成功したことが彼を寛大にしていた。
「お、おれたちがわる……悪かった……。たた、頼む……命だけは……」
 魔術師はジョーンズに背を向けたまま上擦った声をあげた。

34 :No.09 無慈悲 3/5 ◇Sd8w25k53w:08/02/18 00:10:02 ID:BZcQtSMZ
(おいおい、魔術師様が命乞いかよ。がたがた震えちまって)
 ジョーンズは思わず苦笑した。よく見れば中級魔術師を示す青のローブも真新しい。
(中級になりたての新米魔術師か?)
「もう……、もう魔力も尽きた……何もでき……できないんだ……だから頼む……」
 魔術師の懇願は続いていた。
「おい、見苦しいぞ! いい加減こっちを向け!」
 ジョーンズは見ていられなくなり魔術師の肩に手をかけた。
「うわぁああ」
 振り向いた魔術師が絶叫しながらジョーンの手を振り払った。その双眸は驚愕で見開かれている。
「おまえ……く、くるなぁ!」
 今まで魔術師の死角となって見えなかった馬車の荷台の奥に一人の少女が垣間見えた。
(まさかこいつ、このガキを庇って……)
 ジョーンズの胸に捨てたはずの感情が湧き上がった。


35 :No.09 無慈悲 4/5 ◇Sd8w25k53w:08/02/18 00:10:17 ID:BZcQtSMZ
(おおかた街で売られる奴隷の子供だろうに)
「うわ、くるな! くるなぁ!」
 魔術師が垂れ布をひっぱり少女を隠す。
「黙れ! おまえに免じて子供の命は助けてやる。だからおとなしくしろ!」
「ち……違うんだ! いいからこっちにくるなぁ!」
 そう叫びながら魔術師はジョーンズに掴みかかった。
「どけぇ!」
 ジョーンズは魔術師を蹴り飛ばした。
「ぐっうぅ」
 魔術師は近くの木の幹の体を打ちつけられやっと大人しくなった。
そのとき、辺りの喧騒の紛れて馬車から微かな声が聞えた。
「…………の……よ……に…らを……」
(奴隷も神に祈るのか……)
ジョーンズは訝って荷台を覆う垂れ布をめくった。

36 :No.09 無慈悲 5/5 ◇Sd8w25k53w:08/02/18 00:10:29 ID:BZcQtSMZ
 ぶわっ。
 途端、荷台が熱風を吹いた。
「地獄に逆巻く憤怒の火炎よ……その熱を滾らせここに集結し……」
 荷台には異様な光景が広がっていた。垂れ布の裏地には少女を囲むようにびっしりと魔方陣が描かれている。
その中央に座る少女は高熱を発しながら呪文らしきものを詠唱していた。
「おい、こいつは何だ!」
 魔術師に向かって叫んだジョーンズだったが、彼は既に理解していた。
(この馬車を取り囲んでいた上級魔術師は護衛ではなくこいつの魔力を封印して……)
 だが、遅すぎた。少女の口から最後の言葉がこぼれ、
「全てを飲み込め!」
 強烈な閃光を放つ。
『円 い 焔!!』
(グランドフラム)
 ドーム状に拡がった灼熱が夕闇を焼いた。
超高温の火炎はそこに暮らす生物ごと森の全てを灰にする。
戦争のために造られた魔導兵器に慈悲などなかった。
(了)



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