【 信心 】
◆0CH8r0HG.A




92 :No.24 信心 1/5 ◇0CH8r0HG.A:08/02/10 23:22:18 ID:RqqC7kMw
 昔、とても絵が得意な王様がいました。
 王様が描いたリンゴは本物よりも甘そうに見えたし、王様が描いたライオンは本物のライオンが恐
怖するほどの迫力を持っていました。
 王様は絵を描くのが何よりも好きで、さまざまな物を描いて暮らしていました。
 
 そんなある日、王様が何者かにおそわれるという事件が起きました。
 王様の命を狙ったのは、大臣でした。
 絵ばかり描いている邪魔な王様を殺して、自分が王様になろうとしたのです。
 王様は、大臣のことを心から信じていましたから、犯人が分かった時はとても悲しくなりました。
 そしてそれ以来、王様は他人を信じなくなってしまったのです。
 ちょっとしたことで、王様は家来が自分の命をねらっているのでは? と誤解し、その度にその家
来を殺したり追放したりしました。
 そうして、王様の国からは一人、また一人と少しずつ人がいなくなってしまったのです。
 何人かの家来が、王様に言いました。
「王様! このままでは人がどんどんいなくなって、この国がほろびてしまいます! もう、簡単に
人を追い出すのはおやめ下さい!」

93 :No.24 信心 2/5 ◇0CH8r0HG.A:08/02/10 23:22:47 ID:RqqC7kMw
 しかし、何を言われても王様の答えはいつも同じ。
「なんだ? お前達もワシに逆らうのか。ワシを殺して王様になりたいのか? お前らのような家来
は信用できん! さっさとこの国から出て行かんと、ひっ捕らえるぞ!」
 最後まで王様に従っていた家来達も、いい加減諦めて国を出て行く始末。
 それでも王様は変わりませんでした。
「もう、ワシの信用出来るのは絵だけじゃ……」
 王様は、自分以外の人間がいなくなったお城の中で、絵を描き続けます。
 王様の絵は、王様が人を信じなくなればなるほどどんどん上手くなっていきました。
 もしかしたら、王様は国から人がいなくなることで、自分の絵が上手くなっていくのを喜んでいた
のかもしれません。
 そしていつしか、不思議なことに、王様の絵はただの絵ではなく実際に動き出し始めたのです。
 王様はたいそう喜びました。
 もう他の人間に頼らなくても、絵の家来がなんでもやってくれるのですから。
「はっはっはっはっはっは! 私はもう怖れるものが無くなった!」
 それからというもの、王様は自分の部屋から出てくることはなくなりました。
 自分の部屋にこもり、今までよりもさらに多くの絵を描いたのです。

94 :No.24 信心 3/5 ◇0CH8r0HG.A:08/02/10 23:23:24 ID:RqqC7kMw
 絵の家来達は、疲れを知らず王様の為に働きました。
 敵国の軍隊が攻めてきたときは、王様が描いた死なない兵隊が国を守りました。
 盗賊がお城に忍び込んだ時は、王様が描いた猛獣達が吠え立てました。
 王様は、自分の描いた食べ物を食べ、自分の描いた水を飲みながらひたすら絵を描き続けました。
 そうしたことを続けるうち、この国を訪れようとする者もそして本物の動物たちさえ全くいなくなり、
王様にとって、最高の楽園となったのです。
「うむ。これで、この国にはワシとワシの描いた絵だけの国となった」
 王様は満足そうに笑います。
 しかし、そんな時王様に声を掛ける者があったのです。
「アハハハハ。これが楽園とは笑わせる!」
 王様が振り向くと、そこにいたのは一匹のオウムでした。
「何だと? どういう意味だ?」
 王様は問い返します。
 するとオウムはわざとらしく、人間のように咳払いを一つして言います。
「王様。あなたは絵しか信じないのでしょう? それならおかしいじゃないですか。絵しか信じない
者の楽園を支配しているのは人間の王様であるあなただ。これじゃあ楽園とは言えないんじゃないん
ですかねぇ?」

95 :No.24 信心 4/5 ◇0CH8r0HG.A:08/02/10 23:23:45 ID:RqqC7kMw
 王様は考え込んでしまいます。
(確かにそうかもしれん。どんなに絵を描いた所でワシが人間であることに変わりは無い。だからと
いって、ワシが絵になることなど出来ないし)
 そんな王様の考えを分かっているかのようにオウムは続けます。
「王様。僕に良い考えがあるんですよ。王様は今まで通り絵を描けばいい。そして、王様の代わりに、
国を治める王様の絵を描いたらいいじゃないですか。そうすれば、絵の王様が支配する最高の楽園の
できあがりだ」
 なるほど、と納得する王様。
 結局、オウムの考えを受け入れ、立派な王様の絵を描くことにしたのです。
 王様は三日三晩掛けて、自分にそっくりな王様の絵を完成させました。
「絵の王よ。これからはお前がこの国を治めるのだ。真の絵の楽園を作るのだ」
 王様は、絵の王様に声を掛けます。
 すると、絵の王様は憎しみのこもった目で王様をにらみ返してきました。
 そう。王様にそっくりな絵の王様は、人間を信じない心まで王様に似てしまっていたのです。
 当然、自分の目の前にいる王様のことも信じることができません。
「皆のもの! ワシの目の前にいる人間をこの国から追い出すのだ!」
 絵の王様は家来達に命じます。
「な、なんだと? ワシが描いた絵のくせに、ワシに逆らうというのか!」
 王様はびっくりして、絵の王様をにらみ返しました。
 しかし絵の王様は笑いながら言います。
「逆らうだと? 何を言っているのだ? お前がワシに命じたのではないか。『真の絵の楽園を作れ』
とな!」
 家来達も、今まで従っていた王様を無視して、絵の王様に従います。
 結局、王様は自分の書いた絵によって自分の国から追い出されることになったのです。

96 :No.24 信心 5/5 ◇0CH8r0HG.A:08/02/10 23:24:11 ID:RqqC7kMw
「なんということだ……。人間ではなく絵に裏切られるとは」
 自分の国を追い出されて途方に暮れる王様。
 そんな王様を、以前追い払ったはずの敵の兵隊が取り囲みます。
「な、なんじゃ、お前らは!」
 王様が問います
 しかし、それに答えることもなく兵隊達はいっせいに槍で王様を突きました。
 こうして、人間を信じなかった王様は、あまりにもあっさりとその人生を終えたのです。

「ふむ。殺したか?」
「はい、将軍。絵の国の王、ここに討ち取りました」
 兵隊たちを割って、馬に乗った男が一人進んでいきます。
 彼は、以前絵の軍隊に追い払われた敵国の将軍でした。
「やはり、人を討つのは人だな」
 将軍は肩に止まったオウムをなでながら、言います。
 人を信じない王を信じさせるために、自分のオウムを使ったのです。
 その鮮やかな羽は、王にこのオウムが自分が描いた絵であると錯覚させました。
 そして、こうすることを進言したのは、かつて絵の国の王に仕えていた家来たちでした。
「絵しか信じない哀れな王よ。あなたが、我々を信じてくれたならこんなことにはならなかったでし
ょうに」
 もはや、口をきくことのない元の主の前で、彼らは悲しそうに呟くのでした。
 
 王の描いた絵は、王が死んだことで二度と動き出すことはありませんでした。
 絵の国は、こうして敵国の手に落ちたのです。
 彼らが、城の中に入った時、その玉座には殺された王に瓜二つの絵が立てかけられていました。
 その顔は、やっと欲しい物を入れたかのように、満足そうだったということです。

    おわり



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