【 人生絵画 】
◆CoNgr1T30M




74 :No.20 人生絵画 1/4 ◇CoNgr1T30M:08/02/10 20:12:15 ID:fA3WfsI5
 今回の盗みの依頼主は、ある“特殊な絵画”を集める大富豪だった。
 今までは自力で金と時間と人脈を使い、絵を集めて来たのだが最後の一枚がとある閉鎖した王国の国宝であることがわかりこの依頼が来た。
「この絵はな。ある名も無き画家が描いた幻の逸品。この作品を知って以来、多大な財を注ぎ込んだ」
 案内された部屋には絵が十点程飾ってあり、どれも黒い布が見えないように絵を覆っていた。
「で、どんな絵なの? 仕事に行く前にさ、見せてくれよ。特殊、なんだろ?」
 思わずにやりとする。美術品の中でも特に際物の一品、それを盗める喜びと興奮。これで雑魚ならこの話は破談だ。
「ふむ、この絵はな。人生、を表現した絵画なんだ。希代の天才画家が描いた俯瞰からの記録、とくとご覧あれ」
 パッと黒い布を取り外す依頼主。油絵の具で描かれた抽象画が網膜を支配し、視神経へどっと大量の情報が流れ出す。
 始めは有明の白鳥、次に夜の噴水、夕焼けの海に、正午のランチ、深夜の秘め事、締めには戦死する男の姿が。
 思わず立ち暗みが起こる。余りの情報量、それは間違い無く一人の男の人生だった。
「素晴らしかろう。この絵は実はつがいでな。この男の恋人である人生絵画も存在する」
「つまりそれがターゲット、ってわけか」
 こくりと頷く依頼主。条件は成功報酬百万ドル、そして絵画を極力見ない、見たとしてもネタバレ禁止。そんな条件で契約が成立した。

75 :No.20 人生絵画 2/4 ◇CoNgr1T30M:08/02/10 20:12:31 ID:fA3WfsI5
 その秘匿された王国は欧州に小さく存在した。誇り高い騎士や権威を振るう国王、いまでは珍しい。
 こっそりと草むらに身を潜め、見張りの騎士の様子を見ていた。
「こっそり奪うは泥棒で小賢しい。荒立てて奪うは強盗で品が無い。俺の盗みは常にその真ん中を行く。それは信念でもあり理想なのだ」
 小声で何時もの台詞を吐く。相変わらずの詩人振りに少し自己陶酔する。見張り二人には自分の存在を知覚させる時間を与えず射殺。
 そう、盗みは何時も威風堂々に。憶することなく、素早く、静かに。
 魔法の呪文を念頭に、王宮の中にいる者も射殺射殺射殺。結果として彼はただゆったり歩いて目標を探すだけになる。
 本来、彼を止めるべき者たちは彼の手によって血の噴水という装置に変えられているからどうしようもない。
「おっとビンゴか?」
 それらしき部屋を探し出す。長年のカンでこういう物の在処が何となく分かる様になっていた。きな臭いって奴だ。
 かちゃりと扉を開く。ひゅんという風を切るような音、それが何かを知覚出来ず今度は怪盗の首が床に落ちる。
 部屋の中からは甲高い高笑いが聞こえる。
「あはっあははははっ、希代の怪盗が呆気ない。呆気なさすぎるぞ。やはりこそ泥は殺し屋には勝てんのだ」
 彼の富豪がそうしたように王宮も専門家を雇ったのだった。

76 :No.20 人生絵画 3/4 ◇CoNgr1T30M:08/02/10 20:12:48 ID:fA3WfsI5
 狂気の殺し屋は怪盗の首に近付く。その瞬間、ぬるり、そんな音がする。殺し屋の背中に悪寒が走ると同時に痛みも走る。ド頭に二発、心臓に二発、と黒い弾丸が放られていた。
「ッッ!!」
 立場逆転。弾丸を射出した首なし人間は当たり前のように首を拾い、当たり前のように首をくっつけ、当たり前のように笑っていた。
「斧か。俺を“殺したのは”」
 こんな修羅場をくぐる内に彼は命が一つじゃ足りないことに気付いた。そこで命を増やす手術を行ったのだった。
「現代科学は凄い。命だって増やせる。君はアメリカ式手術? 日本式手術? でもやっぱりドイツが世界一だと僕は思うんだが意見はッ?」
 振り下ろされる斧。皮肉にも相手も同じことをしていたらしい。
「聞く耳ないなら取っちゃいなよ」
 斧に肩から腰に至るまでを斬り裂かれながら両耳、ついでにこめかみを撃ち抜く怪盗。
 再び二人に死の時間が訪れる。この時、両者命のストックは残り一個。つまり先に蘇生した方が、勝ちだ。
「あはっくっくっ、やっぱりドイツの勝ちだよ。死に曝せぇ!!」
 先に蘇生した殺し屋が怪盗の首目掛けて斧を振り下ろす。
 が、外れ。斧の衝撃は見当違いの方で炸裂する。

77 :No.20 人生絵画 4/4 ◇CoNgr1T30M:08/02/10 20:13:05 ID:fA3WfsI5
 倒れたまま怪盗は語る。
「威風堂々。俺はただ絵画を盗りに来ただけ。その間の障害であって障害でない。つまりお前は眼中にないんだよ」
 ゆっくりゆったり立ち上がる怪盗を余所に無様に崩れる殺し屋。
「ここからは独り言だけど跳弾だよ。耳の奥にぶち込んで平衡感覚を奪った。モルヒネか何か打っていたらそりゃ痛みもないだろ」
「まだ平衡感覚の修復が終わってなかったの言うのかッ」
 怪盗はあくまで無視。無視したまま、何の感慨もなさげに引き金を引いた。

「おう、終わったぜ〜。絵? あぁあるあるばっちりだ。いやまさか恋人が戦死した後、他の男を作って遊んでたとはな〜。え? マジマジ。あ、金はなし? まぁ契約違反だしな。うんじゃあまた」
 ネタバレは確かに壮快だが、先の戦いで命を二個消費していたのを思いだし、少しネタバレを後悔する。
「手術高いんだよな〜、弾代も馬鹿にならないし。はぁ、また赤字か」
 目当ての絵画を脇に抱え彼は血みどろの王宮を後にした。

 以上、“とある怪盗”
の人生絵画一部より抜粋。



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