【 虚ろな花と笑顔の絵 】
◆xy36TVm.sw




24 :No.07 虚ろな花と笑顔の絵 1/5 ◇xy36TVm.sw:08/02/09 23:58:38 ID:9vfIfcC3
 夕暮れに染まる美術室の片隅で、双葉は立ち尽くしていた。
 身じろぎもせず、視線はただ一枚の絵だけを見つめている。
 長い髪をまとめている、花のビーズがついたヘアピンと黒縁の眼鏡。
 それら以外にはほとんど外見的特徴が無い彼女には、とある秘密があった。
 彼女こと花村双葉は、悪の組織の怪人なのである。名乗ってみると恥ずかしい事この上
ないが、事実であるからにはしかたがない。
 双葉は一つの任務を負ってこの高校に通っていた。
 その任務とは、組織内でも指折りの強さを誇る、とある怪人の連絡役兼監視役だ。
 彼は親友の命と引き換えに、不本意ながら組織に従わされていた。
 その怪人の名前は、ライトニングダーク。
 人間としての名前は、木村光という。
 彼は美術部に所属していたので、双葉もまた監視のために美術部に入部した。
 双葉より一才年下の彼は、常日頃からちゃらんぽらんな態度をとっていた。
 けれど、誰よりも優しい正義感の塊みたいな子だったのを双葉は知っている。
 彼が誠実な人間だというのは、彼が描いた数々の絵が語っていた。
 そんな少年だったから、悪の組織に荷担することには様々な葛藤があっただろう。
 事実、彼は普段の軽薄な笑みの中に、時おり苦しそうな表情を覗かせていた。
 彼がそうやって悩んでいる時も、双葉は組織からの命令を伝え、彼の様子を組織に逐一
報告した。それが双葉の任務だったから。
 光はそんな彼女を一度も責めなかった。それどころか、鬱陶しい監視役である双葉のこ
とを先輩と呼んでくれた。会うたびに、笑いかけてくれた。
 この事に関してはむしろ双葉が彼に尋ねた。なぜ私のことを疎ましがらないのか、と。
 すると彼はこう答えた。
「別に、先輩が居なかったら他の奴が俺の監視につくだけでしょう? 悪いのは俺をこき
使いやがるクソジジイとつまんねー力持っちゃった俺なんだし、むしろ先輩は俺に気ぃ使
ってくれるから助かってるよ。それでもなんか俺に負い目とか感じちゃってんなら、その
でっかいおっぱい揉ませてくれたらそれでチャラでいいんじゃない?」
 彼はいつだってこんな風だった。ちなみにこの直後双葉は彼をぶん殴った。グーで。
 クソジジイとは、組織の頂点である悪の帝王ドレッドカオスのことである。
 何事に対しても毅然として物怖じしない彼に、双葉は憧れた。

25 :No.07 虚ろな花と笑顔の絵 2/5 ◇xy36TVm.sw:08/02/09 23:58:57 ID:9vfIfcC3
 人間としての双葉は何の取柄も無く、得意なことなど一つも無い。
 怪人としても双葉は欠陥だらけで、戦闘では役立たずだった。
 彼女に優しく接してくれたのは、光だけだった。
 花村双葉が木村光のことを好きになるのに、そう時間はかからなかったのだ。
 だが、彼は死んでしまった。殺されたのだ。
 双葉が見つめている絵は、彼が最後までスケッチブックに描いていた鉛筆画。
 生前の彼が、恥ずかしいからと一度も見せてくれなかった絵には、双葉が描かれていた。
 いや、正確にはこの絵の少女は双葉とは別人だ。
 双葉はこの絵の少女のように向日葵みたいな爽やかな笑みは作れない。
 隅っこには小さく、光の筆跡で『俺の目標。この絵を本当にすること』と書いてあった。
「何が目標よ、バカみたい」
 そう呟いた自分の声は、ひどく震えて、水気を含んでいた。
 視界が歪んでくる。嗚咽が漏れる。
 悲しみと共に、心の奥底から何もかも焼き尽くしてしまいそうな怒りが込み上げてきた。
 その怒りが向くのはもちろん、光を殺した憎い敵。
「ヒーローオブ、ジャスティス……!」
 正義の味方が怪人を倒すのは当たり前だ。そこに文句を言うつもりは無い。
 しかし、木村光を、双葉が愛した少年を殺した事は絶対に許さない。
「殺してやる。絶対に、殺してやる……っ!」
 今ごろは光の葬式が行われているだろう。
 彼の死因は、表向きには交通事故という事になっていた。
 怨嗟の声を吐き出しつづける彼女の胸には、とある決意がある。
 光の仇を討つ。ヒーローオブジャスティスを、殺すのだ。
 最後まで双葉の方からは優しい言葉をかけてあげる事も、好きだと告げる事も無かった
少年への、せめてもの手向け。
 双葉がその最期を見届ける事ができなかった怪人への、せめてもの罪滅ぼし。
「……メタモルフォーゼ」
 双葉の長い髪がざわめいた。彼女の外見がみるみるうちに変化していく。
 光が綺麗だと言った血色の良い肌は朽ちたような灰色になり、その双眸は血よりも更に
赤い色に染まる。髪も錆びた鉄のような色に変わり、両足からは朽ちた植物の根のような

26 :No.07 虚ろな花と笑顔の絵 3/5 ◇xy36TVm.sw:08/02/09 23:59:19 ID:9vfIfcC3
物が這い出す。光が似合うと言った黒縁の眼鏡が床に落ちて、固い音を立てた。
 朽ちた根は美術室の中を埋め尽くし、廊下に侵食し、校舎を飲み込んだ。
「皆虚無に落っこちちゃえばいいのに。……ホロウ・フラワー」
 誰にも聞こえない口上を述べ、彼女はその場に力無くへたりこむ。
 ホロウ・フラワーには怪人として致命的な弱点があった。
 彼女には、体力が無いのだ。力を行使すればするほどに弱っていってしまう。
 いざとなればライトニングダークをも超える力を出せる怪人。
 ただしその力を行使することは、そのまま死に直結している。
 それゆえにホロウ・フラワーは、有事の時以外は人間体のままで活動していればいい、
ライトニングダークの監視役という任務に就かされたのだった。
「これだけ派手にやれば、来るしかないでしょう……?」
 か細い声で囁きながら、スケッチブックを掴み、抱きしめる。
 廊下から破壊音が聞こえた。
 粉塵に包まれた廊下を一歩一歩噛み締めるように歩いてくる人影。
 身体にフィットする黒いスーツも、棘のついた拳も、鈍く夕日を反射する黒いヒーロー
メットも、何もかもが威圧感を撒き散らしている。
 まるで鬼のようだと、ホロウ・フラワーは思った。
「ヒーローオブジャスティス。ライトニングダークを殺したのは、あんたね」
 負けじと瞳に殺意を乗せて黒鬼を睨みつける。
 黒鬼はライトニングダークの名前を聞いてわずかに動揺した様子を見せた後、頷いた。
「ああ、あいつは、……俺が殺したんだろうな」
 その言葉を待っていた。怪人は朽ちた根を操り、正義の味方へと襲いかからせる。
 正義の味方はそれを難なく捌き、怪人めがけて飛び込んでくる。だが、させない。
「ァァアアアアアア!」
 気合の咆哮を上げ、根を幾重にも張り巡らせて盾とする。敵は朽ちた壁を砕く事ができ
ずに後退した。休ませない。壁を自ら弾けさせて、散弾を撒き散らす。さらにそれを目隠
しにして朽ちた根の矛を衝きこんだ。
 怪人に一撃も当てることができないまま吹き飛んだ正義の味方を見て、ホロウ・フラ
ワーは失望のため息をもらす。この正義の味方からは、覇気が感じられない。
「こんな程度の奴に、彼が負けたはずがないでしょう。どうしたのよ、本気出しなさいよ。

27 :No.07 虚ろな花と笑顔の絵 4/5 ◇xy36TVm.sw:08/02/09 23:59:36 ID:9vfIfcC3
彼を、光君を殺した時みたいな力を見せてみなさいよ……」
 彼女は荒い息をつきながら力無く呟いて、座り込んだ姿勢のままぐらりと傾いた。
「もうこんなに消耗してるの……? なんて、使えない身体!」
 叫び、無理やりに立ち上がる。正義の味方もまた、立ち上がっていた。
「ヒーロードリル! アンド! ジャスティスツイスター!」
 ヒーローオブジャスティスの両手に装着されたナックルが変形し、凶悪なドリルとなる。
 今まで何人もの怪人達があの攻撃を前に貫かれてきた。
 ホロウ・フラワーも、あの攻撃を防ぎきることはできないだろう。
 だが、彼女にも負けられない理由があった。
 二つのドリルが彼女に迫ってくる。ホロウ・フラワーは、周囲の全ての根に命令を下す。
 ただ一つ。目の前の敵を叩き潰せ、と。
 自分など死んでも構わない。ただ光の仇を討てればそれでいい。
 それだけが彼女の思考を占めていた。
 ドリルが迫る。根を振り下ろす。強烈な爆砕音。走る衝撃。そして激痛。
 ホロウ・フラワーの両腕が、無惨にも砕け散っていた。
 しかし彼女は、まだ生きていた。そしてヒーローは、彼女の足元に倒れ伏していた。
「私の、勝ちよ……! 殺してやるわ、ヒーローオブジャスティス!」
 光の仇を討つべく、力を振り絞り最後の根を振り上げた時。
 彼女の思考が止まった。
「……え、待ってよ。どういうこと? ……あなたは、え?」
 ヒーローオブジャスティスの砕けたメットから覗く素顔は。その正体は。
「坂本……正助君?」
 光が命を賭して守ったはずの、彼の親友だった。
 頭の中を疑問ばかりが駆け巡り、根は床に音を立てて崩れ落ちた。
「じゃあ光君は、坂本君を守るために、坂本君と戦っていたの……?」
 なんという矛盾だろう。彼は気づかないままに親友を殺せと命じられていたのだ。
 組織はこのことを知っていただろう。知っていて、光を利用したのだ。
 そして、双葉のことも。
「気づいてやれなかった。あいつのことを、何もかも。俺が殺したようなもんだ。俺が苦
しめて、俺が、俺が……っ!」

28 :No.07 虚ろな花と笑顔の絵 5/5 ◇xy36TVm.sw:08/02/09 23:59:57 ID:9vfIfcC3
 ただの少年のように顔を歪めて呟く彼を殺す気には、双葉はもはやなれない。
 それに、光が守ろうとした少年を、光のために殺すなんて、そんな馬鹿なことがあるか。
 光なら、双葉が愛した少年ならばこんな時になんて言うのだろうか。
 また、彼女の身体が傾いた。全身から急激に力が抜けていくのがわかる。
「ねえ、坂本君。ライトニングダーク……光君はあなたにとってどういう存在だった?」
「……大事な友達だったよ。あんたにとっては、どういう奴だった?」
「とっても優しくて、かっこよくて、大好きな男の子だったよ」
 双葉がそう言うと、少年は悲しそうに笑った。
「ほんと、優しくて、かっこよくて、馬鹿な奴だったよな」
「……そうだね」
 ふと、双葉はスケッチブックを落としてしまっていたことに気づく。
 当然といえば当然だ。今の双葉には何かを抱きしめるための腕が無い。
 辺りを見回すと、すぐに目的の物は見つかった。戦闘に巻き込まれて滅茶苦茶になって
しまっているかと思ったが、幸運にもそのスケッチブックは無事だった。
「ねえ、坂本君。あなたのそばにあるスケッチブックの、最後のページを開いて」
 少年は素直に従ってくれた。彼は這うようにして、スケッチブックを開く。
「……この絵は」
「彼の目標だったらしいよ。どうかな、私、彼の目標を叶えてあげられているかな?」
 そう言いながら、双葉は笑みを作る。
「……ああ、叶えてやれてるよ」
 嘘だろう。双葉の頬には涙の流れる感触が今もある。
 この少年もまた、光と同じ優しい子なのだろう。けれど光と違い、嘘つきだ。
 彼なら、笑顔の見本を見せてくれながら、まだ叶ってないと言っただろう。
 結局、双葉は一つとして彼の願いを叶えてやることはできなかった。
 無理な力の行使、そしてヒーローの必殺技。彼女の命はもう、限界を超えている。
「そういや、あんたはなんで俺の名前を知ってたんだ?」
「……女の子には、秘密があるのよ」
 そう言って、彼女は事切れた。
 双葉が浮かべた最期の表情は、とても儚い、花のような笑みだった。
              螺旋戦士 ヒーローオブジャスティス第十二回転 完 



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