【 ある阿呆たち 】
◆CCvQ1GyqLM




12 :No.04 ある阿呆たち 1/4 ◇CCvQ1GyqLM:08/02/09 19:33:25 ID:JXA8PFxn
 私の絵が社会的に評価されたことは、まだない。道端で自信作を披露しようと、それに注目してくれる人は少なかった。
 その日も、一枚も売れなかった絵を背負いながら、私はアパートへの帰り道を歩いていた。
 古ぼけた骨董品屋に差し掛かると、店先のガラスケースに展示されていたソレが目に止まった。
 昨日まで展示されていなかったソレは、油絵の、見事な風景画であった。
 私は大急ぎで店に入ると、うたた寝をしていた店主に財布を投げ付けた。
 驚き、目を覚ました店主に向かって、私は叫んだ。
「あの絵を売ってくれ!」
 交渉には、意外にも早く決着がついた。
 元より私は出す金を惜しまないつもりだったので、店主にとってはカモであったのだろう。表示されていた価格の三倍ほどの値段で買うこととなった。
 その日私は、朝にアパートを出たときよりも、一枚絵を多く持って帰宅した。

13 :No.04 ある阿呆たち 2/4 ◇CCvQ1GyqLM:08/02/09 19:33:53 ID:JXA8PFxn
 アパートの部屋の一角に飾られたソレは、私が描いた絵とは比べものにならないほどの存在感を放っていた。
 川と工場を描いた簡素な絵だが、暖色で鮮やかに描かれたその様は、似た素材で描かれていた絵以上の魅力を持っていた。
 署名も無いため、どこの誰が描いたかは分からないが、私もこんな絵を描きたいものだと思った。
 数日後、私は学生時代の恩師の計らいで、絵描き仲間とともに、さる有名な絵画評論家に出会うことになった。
 特に自信のある作品を引っ提げて、私たちは彼を尋ねた。
 例外なく酷評をいただいた私たちは、暗い面持ちのまま、それぞれの家へ帰ることとなった。
 帰宅した私は、一枚の絵を忘れてきていることに気が付いた。すぐに連絡したところ、ご親切にも届けてくれるとのことだった。
 ほんの数十分後、評論家の先生が私の部屋にやってきた。私は頭を何度も下げ、その感謝を告げようとしたが、彼の眼中に私は入っていなかった。
 彼は部屋の一角に飾られたソレを見て、目を輝かせていたのだ。
「アレは君が描いたのかね!」
 震える声で叫ぶ彼の表情は、信じられないと言いたげなものだった。
 感動に身も震わせて迫る彼の勢いに、私は思わず答えてしまった。
「は、はい」
 私は後に引けない最悪の選択肢を、選んでしまった。

14 :No.04 ある阿呆たち 3/4 ◇CCvQ1GyqLM:08/02/09 19:34:19 ID:JXA8PFxn
 電撃的に絵画界にデビューを果たした私は、テレビや雑誌などにも大きく取り上げられ、一躍時の人となった。
 たった一枚のソレのおかげで、私の世界は一変した。
 それまで借りる側だった私に、友人たちは群がり、金を要求した。私は今まで借りていた金に、謝礼とばかりに高い利子を付けて返済した。
 アパートから高級マンションに移り住み、外車も購入した。
 順風満帆な生活を送る中で、私は恐怖していた。私にここまでの利益を与えてくれたソレが、私の絵ではないということがバレてしまう事を。
 その恐怖をよそに、その絵の評価はどんどん上がっていった。
 しかし、やがて私には、評価以外の言葉が掛けられるようになった。
「次はどんな絵を描いてくれるのか」
 期待という名のその言葉に、私が答えられるはずもなかった。評価されていたのは私ではなく、骨董品屋で買ったその絵だったからだ。
 結果的に、嘘を吐き、一発屋で終わってしまった私に、これ以上のスポットライトが当たるはずもなかった。

15 :No.04 ある阿呆たち 4/4 ◇CCvQ1GyqLM:08/02/09 19:34:42 ID:JXA8PFxn
 高級マンションを追われ、外車を手放し、売れていなかったあの頃に戻ってしまった。
 私には、酷評をいただいた絵と、骨董品屋で買った絵しか残らなかった。
 私は買った絵を持って、再び骨董品屋を訪れた。
 世間にアレだけ騒がれていながら、ここで買ったソレに何の疑いも掛けられなかったことが、私には不思議でならなかった。
 店主は私の顔を見て、ひどくばつが悪そうな表情になる。
 机のうえにソレを置き、私は、今の今まで不思議に思っていた胸の内を曝け出した。
 すると店主は、用心深く辺りを確認しながら、私に耳打ちした。
「その絵、私の落書きなんですよ……」
 私と店主は顔を見合わせると、腹を抱えて笑いあった。
            了



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