【 筆と彼と彼女 】
◆A9epGInhJg




9 :No.03 筆と彼と彼女 1/3 ◇A9epGInhJg:08/02/09 15:27:22 ID:JXA8PFxn
 今日も大変いい天気です。窓からの日光が気持ちいいです。
 なのに私はなぜ、このせまい空間にいるのでしょう。これでは真っ暗です。
 私の持ち主。私を使って絵を描いてくれる主。
 主の声が聞こえてきました。
「すみません、急ですけど絵のモデルになってもらえませんか?」
 私をここに押し込んどいて何をしてるのかとおもえば、ついに目当ての彼女に声をかけているようです。
 使われる身の私としても応援したほうがいいでしょう、と言っても声は出せませんが。
 心が大事です。気持ちです。
「んんん? モデル? 絵の? へぇ〜こんな頼みは初めてだよ、興味あるなぁ」
 私の気持ちが伝わりました。こうみえても超能力には自信があります。
「ぜ、ぜひ!」
 主も興奮ぎみです。抑えてください。鼻息は彼女の気持ちを吹き飛ばしかねません。
「話をきこうかな」
「は、はい! ええっと」
 主と彼女が色々話し込んでいます。
 
 あ、主あまり強く握らないでください。痛いです。そして線が濃くなってしまいます。
 といってもさっきから一本も描かれていませんけど。
 彼女ばかり見てないでカンバスのほうにも目を向けてくださいと、念じてみる。
 だめでした。主の熱い視線は彼女にしかむいてません。
 一方通行です。
 じゃなくて一本道です。
 しばらくして、
「どう? 進んでる?」
 沈黙にたえかねたのか彼女が喋りかけました。
「え? あ、大丈夫です。飛ぶ鳥も描きあげる勢いです」
 どうみても進んでない筆。
 主のおろおろした態度に彼女は笑いました。

10 :No.03 筆と彼と彼女 2/3 ◇A9epGInhJg:08/02/09 15:27:46 ID:JXA8PFxn
 あれからかれこれ二週間がたちました。
 二人の仲は少し険悪です。
 完成するまで見せれないといままで主は隠してきましたが、白紙がばれるのも時間の問題です。
「ちょっとなにこれ、何も描いてないじゃないの!」
 って今ばれるんですか。現実とは厳しいですね。
「え、あ、う」
 主かたまってます。
「絵のモデルなんて嘘だったの? 私嘘つく人は嫌いなの。もう二度と顔を見せないで」
 彼女怒ってます。
「あ……えっと」
 主、何を言おうともう彼女はもうここにいませんよ。
 落ち込んだ主。沈んだ顔で主はつぶやきました。
「描こう」
 私を持ちカンバスに向かう主。彼女を納得させる絵を描きあげる気なのでしょうか。
 もう目の前に彼女は居ませんけど。
 大丈夫です。きっと主なら見なくてもかけます。
 あれだけ彼女を見続けたんですから。

 この半年長かったです。私も何度折れるかと思いました。比喩ではなく。
 でも主はそれだけ一枚の絵に魂を込めたようです。
 この絵は私から見ても上出来です。強く握られて使われた甲斐がありました。
 主は本気の絵を見せて熱い思いを伝えるのでしょうね。
 彼女を呼び出して絵を見せました。
 主の思いは伝わるでしょうか。
 きっと伝わりますよね。
「え、これあなたが描いたの?」
 ほらほら驚いてます。
「半年会わなくて忘れたと思ったら隠れて、一人で、私の絵を描いてたの?」

11 :No.03 筆と彼と彼女 3/3 ◇A9epGInhJg:08/02/09 15:28:09 ID:JXA8PFxn
 あれ、何か表情が怖いですね。
「気持ち悪いよそれ。もう私の事は忘れてよね」
 あらー。彼女また怒ってますね。それとも人間の間ではやってるツンデレですかね。
「さようなら」
 いっちゃいました。デレはなかったです。主は、
 泣いてます。しとしとと梅雨のように泣いてます。
 震えてます。吹雪の中にでもいるのか震えてます。
 ……主を泣かせるなんて許せないですね。

「あら? これは筆? なんでこんなところに」
 私は答えません。
「え、手から離れない」
 離しません。
「勝手にッ、どこに連れて行くの――」
 帰しません。
「あの絵、彼の」
 一本一本なぞりなさい。
「筆が勝手に、絵を」
 彼の思いをなぞりなさい。
「私の絵――」
 彼の絵はあなたを綺麗に写していましたよ。
 でも現実のあなたがあれでは絵がかわいそうです。
「絵、絵が絵が」
 すこしは見習いなさい。
 絵とひとつになって。
「」
 さようなら。





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