【 愛しているといってごらん 】
◆ZRkX.i5zow




5 :No.02 愛しているといってごらん 1/4 ◇ZRkX.i5zow:08/02/09 15:22:15 ID:JXA8PFxn
 夏休みの宿題で困っていた僕が飯島瞳の絵を見よう見まねで描いて提出したら、なんとどっかの賞に学校から出される事になった。
つまり彼女の部屋にあった絵をパクったらホメられてしまった訳だ。そしてその瞳を差し置いて。瞳は「自分で描いたんだからいい
じゃーん、すごいよナオキー」と言ってくれたが僕としては心地悪いに決まっている。瞳の方は部屋に普段から絵を描き溜めているのに、
それを流用しないでちゃんと一から描いて出した。その絵の方が、僕がパクって描いた絵より、僕がパクった元の絵よりずっと上手い。
18×25の画用紙いっぱいに広がる海に砂浜。波打ち際に転がる鮮やかな貝がらとオレンジ色のネックレス。色鮮やかに紙から開放感
あふれるその絵でなくて、何故僕の絵なんだろう。僕の(パクった)絵は赤い空が下になって、その空に向かって女が逆立ちした絵だ。
その女は長い髪が垂れて顔が隠れていて、なのに服ははだけていない、とても奇妙な絵だ。奇妙だからこそ僕はパクり、色も線もバランスも
元の絵に比べるとてんでダメながらも描きあげたら、このザマだ。その時数学の宿題に追われていた僕は絵なんてどうでも良くて、
面倒臭くて、そんな事を瞳に漏らしたら「じゃあ私の絵サンコーにしなよ」と言われたのでついつい調子にのって丸パクリ……いや今は
そんな事はどうでもいい。予期せぬ評価が僕の良心を揺るがせた。学校推薦で出されるその賞は毎年二年生の作品から選ばれて、別に
一生に一回のチャンスだからと言って皆それを血相変えて狙ってるって事でも無いけど、結構真面目に描いてる人もいるだろうに
僕なんかが獲ってしまった。僕は瞳にそんな人達を代表して「もっと怒れよー」と頼むように言った。「凄いじゃんって、ヒトミの
絵まんまだぜ、まんま」

6 :No.02 愛しているといってごらん 2/4 ◇ZRkX.i5zow:08/02/09 15:22:43 ID:JXA8PFxn
「でも私の絵をトレース、コピーしたんじゃないでしょ? ナオキの線で、ナオキの塗り方で、ナオキのバランスで描いたんでしょ?
私は色と構成貸しただけじゃん」
「いやだからそれってまんまじゃん」
「まんまじゃないって。だいたい私の絵自体パクった絵だったらどうするの? 私は怒れなくなるじゃん」
「どういう意味だよ」
「だからずぅっと昔の人が、私とまぁったく同じ絵を描いてるかもしんないじゃん? そういう可能性あるんだったら、ナオキの絵
だってアリだって全然アリ」
「俺はお前の絵を見て描いたんだよ? それは偶然だけど、俺は意図しちゃったからやっぱダメだろ」
「そんなの他人から見ればおんなじだって。バレたら非難、バレなかったら称賛。なら称賛されてた方が良いじゃん? だーいじょうぶ
私バラさないって」
「ヒトミは良いのかよ」
「え?」
「俺じゃなくてヒトミがあの絵だしてたら、ヒトミが賞貰ってたのに」
「良いよー別に」
「俺が良くねーよ」
「なんで?」
「なんでって……人の絵パクって凄いと言われても」
「なんだよーじゃあパクらなけりゃ良かったんじゃーん。ぶー」
「そこまで良い絵だとは思わなかったの!」
「あらウレシ、良い絵だなんて」
 と言って瞳は取り合っちゃくれない。

7 :No.02 愛しているといってごらん 3/4 ◇ZRkX.i5zow:08/02/09 15:23:13 ID:JXA8PFxn
 そうなのだ。瞳の言う通り、僕は瞳のその絵が好きと思うのならパクらなけれぱ良くて、パクった以上もうこれはあきらめるしかない。
けれど好きだからこそパクってしまう。瞳はずっと昔から絵を描いて、僕はそれをずっと昔から見てきた。瞳は絵を描き続ける。一目見て
見とれるようなリアルな女性の絵。その手の雑誌に載ってそうな目がキリッとした男のアニメ絵。どこの世界かもわからないような風景の絵。
僕には到底理解出来そうに無い、訳の分からない絵。そんな絵を僕は見てきて、「何々のような」と思い続けてきた。
 一度僕は、中学進学した時に「美術部とか、入らないの?」と訊いた。
「シュミはシュミにしといた方が楽しーの」
「でも、なんか先生とかに教えられるんじゃないの? 上手くなりたいって前言ってたじゃん、ヒトミ」
「上手くなりたいけど、でも、教えられたら勉強しなきゃならんじゃん? なんで学校で勉強して、また絵も勉強しなきゃならんのよ。
それがシュミはシュミにしとくって意味ね」
「昔から上手いヤツは一人で解決出来るってか?」
「えー何その意地悪。ナオキそんな事言っちゃうヤツだっけ? 怒っちゃうよ? まあ良いや。そんな、一人で解決っていうか、
教えられてもさ、絵なんてその教えを理解しにくいじゃん。ナオキ今私に『一本の線を引け』って言われて、一本の線描ける?」
「こう?」と言って僕はしゃがんで、砂に線を引いた。
「うんそれで良いよ。でも私は縦線引いて欲しいって意味だったの。ナオキ横線引いたじゃん。そういう、何をするべきかって感覚?
 教えられても私は分かんない。だったら自分の好きなよーに描いた方が良いじゃん?」
「……それ、後付けじゃねーの? 縦線引いてってヤツ」
「バレた?」
 そう言って、瞳は一人で絵を描き続ける。僕は後になって、部活ってもんは技術云々の前に、仲間と何かするから良いんじゃないか
と気づいたが、瞳はそれにも「私の絵を見てるのが私だけだったら寂しいけど、でもそうじゃないもん」と言って僕に絵を見せてくれた。
僕はそれをやっぱり上手いと思う。でもその絵が下手くそだと僕が言ったら? 瞳は辞めるのだろうか。絵を描くことを辞めてどっか別の、
評価されなくても良い趣味を見つけるのだろうか。カラオケとか、ファッションとか。
 でも詰まる所評価されない趣味なんて無い。そもそも自分で自分を評価出来ない人なんていない。瞳は絵が好きだから描いて、自分で
良いと思ったから僕に見せる。その絵を僕は良いと言う。時には気持ち悪いと言う。そしたら瞳は「気持ち悪いと思われて良かった」と言う。

8 :No.02 愛しているといってごらん 4/4 ◇ZRkX.i5zow:08/02/09 15:26:18 ID:JXA8PFxn
 それから僕は夢を見る。その気持ち悪い絵が世界を救う夢だ。「現代のルネッサンス」という訳の分からないキャッチコピーが梅田
上空に現れる。人々はどかーんと衝撃を受け、そこに愛の使者がやってくる。その愛の使者は神も同然で、人々の悲しみ怒り嘆き涙から
地球俺様仏様を全部救う。その気持ちの悪い絵は、作者不詳でそもそも誰も現代に描かれた絵かどうかは知らない。なのに「現代の
ルネッサンス」と言うキャッチコピーが流行り、そして誰もそんなキャッチコピーを見ていない。絵を見る。絵を見て救われる。世界が
救われる。救われた結果愛の使者がやってくるのだ。あれ? じゃあ愛の使者は世界救ってねーじゃん。救ってんの絵じゃん。何便乗
してんの。確かにその愛の使者はイマドキ月光仮面みたいなマスクつけてて全身タイツだ。月光仮面て。敵だ。あいつらは敵だ。誰も
襲わない敵っていうのは大抵何か良からぬ事を企てる。絵は世界を救い、その結果敵が現れるとはなんとも皮肉な話じゃないか。正義の
ミカタに休んでる暇は無い。僕がやらなきゃ誰がやる。さあ立つんだ立ち上がるんだ、という時に目が覚める。僕は目を覚ました事が
凄く悔しい。あの絵に貢献出来なくて凄く悔しい。
 その絵は誰にも縛られないのだ。苦しめないのだ。幸せなのだ。理屈も思想も無くて、あるのは自分の幸せだけで、そして僕は
その幸せな絵を見られる数少ない人の一人だ。それも多分、良いのだと思う。思わずパクっちゃう絵を見られて、良いのだと思う。
素敵だと思う。
 けどそれは口には出さない。何故って、恥ずかしいから。多分僕が思っている以上にチンケに聞こえちゃうだろうから。夢は夢のまま
にしておいた方が良い。月光仮面なんて見ない方が良い。
 しかし瞳が「見て見てー」と珍しく自分から絵を見せに来た。
「なに?」
「あれえ、この模様知らないの? 無知だねーナオキ世間知らず」
「いや、そうじゃなくて、名前は知ってるけど」
「じゃあ言えよー。……あ、この絵もパクりっちゃあパクりじゃん。あーあ私もパクっちゃった。良心が痛むーぐおー」
「でもこれ……」
 記号じゃん。そう言いかけて、やっぱりそうは言えない。絶対に言っちゃならない。
「ねえ、私にも賞をちょうだいよー。応募者一人の選考会。ハズレ無しクジ全部一等ショー」
 それは画用紙いっぱいにでっかく描かれた、綺麗じゃないけど正直なピンク色のハート。
 夢は崩壊する。
 そして僕は絵を描き始める。口に出さない代わりに絵を描く。僕が僕として僕の為に。世界は救えないだろうが、誰かのパクり
だろうが、まごころ込めて彼女にえがく。
 僕も彼女みたいに描けるだろうか。



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