【 なみだ 】
◆0CH8r0HG.A




104 :No.25 なみだ 1/4 ◇0CH8r0HG.A:08/02/03 23:24:16 ID:sYxQu+th
 昔々、ある山の中に鬼だけが暮らす村がありました。
 その村では、赤鬼、青鬼、角の沢山ある鬼、角が一本しかない鬼など、色々な鬼たちが仲良く暮ら
していました。
 しかし、そのなかにたったの一人、いつも仲間はずれにされている鬼がいたのです。
「やーい、えみぞう! お前、鬼のくせに人間に笑われてばっかりじゃないか。悔しかったら泣かせ
てみせろ」
 えみぞうは、一本角の青鬼でした。
 体が小さく、名前の通りいつでも笑っているような顔をしていたので、人間の前に出ていっても……
「なんだ、こいつ。鬼の癖に、にこにこ笑ってるから全然怖くないぞ。」
 こんな感じで、全く怖がってもらえません。
 それどころか、石をぶつけられていつも泣かされて帰ってくるのでした。
「えみぞうは泣いても笑った顔をしていやがる。こんなんじゃ、鬼失格だ」
 鬼たちは、みんな自分の姿を人間に見せ、どれだけたくさんの人を泣かせるか競争していたのです。
 ですが、もちろんえみぞうは人間を泣かせたことがありません。
 ある時、赤鬼の村長が言いました。
「えみぞうは人間に全く怖がられておらん。今まで人間を泣かせたことが無いのが何よりの証拠じ
ゃ。このままだと、人間が鬼を怖がらなくなるかもしれん。かわいそうだが、村の掟に従ってここを
出て行ってもらうしかないな」
 この村には、人間を泣かせることが出来る鬼しか住んではいけない、という掟がありました。
 村中の鬼は村長に賛成します。
「そんなぁ。俺はここを追い出されたら住むとこがねぇ。追い出すなんていわねぇでくれ。」
 えみぞうは泣きながら村長に頼みます。
 それを見て、さすがに少しだけかわいそうに思った村の鬼たちは、えみぞうにこう言いました。
「えみぞう、最後に一度だけチャンスをやろう。今から人間の村まで行って、どんな人間でもいいか
ら泣かしてこい。もし出来なかったなら、掟にしたがってお前はこの村を出て行くのだ。」

105 :No.25 なみだ 2/4 ◇0CH8r0HG.A:08/02/03 23:24:35 ID:sYxQu+th
 村を出て行きたくないえみぞうは、あわてて山のふもとにある人間の村まで下りて行きました。
 しかし、生まれてから今まで、誰にも怖がられたことのないえみぞうでしたから、どうすれば人を
泣かすことが出来るのか分かりません。
「どうすりゃいいんだぁ。俺の顔じゃぁだぁれも怖がってくれねぇよぉ」
 途方にくれたえみぞうは、また泣き出してしまいました。
「うわあああああああん。うわあああああああああん」
 えみぞうがひざを抱えて泣いていると、その泣き声を聞きつけて人間の子供たちが集まってきまし
た。
「おい、何だあれ。」
「お、角があるぞ? 鬼じゃないか?」
「でも鬼があんなにビービー泣くのか?」
 えみぞうを囲むと、その中の一人が言います
「おい、鬼! お前、鬼のくせに何で泣いてるんだ?」
「俺、このままだと鬼の村を追い出されちまうんだぁ。俺の顔は怖くないから、村にいちゃだめなん
だよぅ」
 えみぞうの泣き声は大きくなるばかり。
 困ってしまった子供たちは、えみぞうにこう言ったのです。
「よし、分かった。鬼の村に住めないなら、おらたち人間の村に住めばええ。しっかりと働くなら、
村長のじいちゃんに頼んでお前を村においてやる」
 えみぞうは、顔をあげます。
「え、ほ、ほんとか……? だって俺は鬼だぞ? 小さいし怖くないけど、鬼なんだぞ?」
 そう言うえみぞうの顔は、涙と鼻水だらけなのに笑っているように見えるので、とても変でした。
 子供達はそれを見て大笑い。
「あはははははははは! 変な顔! お前、面白いぞ。気にすることはねぇ。鬼が住んでる村なんて、
かっこいいじゃねぇか」
 子供たちに手を引かれ、えみぞうは人間の村に連れて行かれました。

106 :No.25 なみだ 3/4 ◇0CH8r0HG.A:08/02/03 23:24:56 ID:sYxQu+th
 子供たちの話を聞いた人間の村長は、えみぞうに言います。
「お前さんは、鬼のくせに全く怖くないのう。いいじゃろ。村においてやろう。ただし、しっかりと
働くんじゃぞ?」
 こうしてえみぞうは、人間の村で暮し始めました。
 毎朝、田んぼの草かりや洗濯、畑仕事などいろいろな仕事をいっしょうけんめいやりました。
 そして、お昼は子供たちと遊んですごしたのです。
「鬼の村にいてもいじめられるばっかりだったけど、ここでは楽しいことばっかりだぁ」
 えみぞうは、いつからか顔だけでなく心から笑うようになりました。
 村の人間たちも働きものの青鬼をだんだん好きになっていきました。
 
 そんなある日のことです。
 人間の村で鬼がくらしていると聞いて、鬼の村から怖い顔をした三匹の鬼が様子を見に来ました。
「ん、おい。あれはえみぞうじゃねぇか。いつまでも帰ってこないから、てっきり逃げ出したのかと
思えば、人間たちと仲良く暮してやがる」
「あのままにしておいたら、人間が鬼を怖がらなくなっちまうぞ」
「えみぞうを、ここから追い出さねぇと」
 そう決めると、三匹は村に入って怒鳴り声をあげます。
「鬼だ! 怖い、怖い鬼が来てやったぞ! もたもたしてると食っちまうぞ!」
「ここにちっこい青鬼がいるだろう! 食われたくなかったらここに連れてこい!」
 さけんで、暴れまわる三匹の鬼たち。
 村人たちは、怖がって逃げ回ります。
 見かねたえみぞうは、この三匹の鬼の前に出てきました。
「や、やめてくれ。なんでこんなことするんだぁ?」
 えみぞうは鬼たちに聞きました。
「何でだと? 鬼が人間に怖がられるのは当然だろうがぁ!」
「鬼の村を追い出されたからって人間と仲良くするとは、鬼の風上にもおけんやつだ」
「さっさとこの辺りから出て行けぇ! さもないと、この人間の村をぶっつぶすぞぉ!」
 怒鳴りかえしてくる鬼たちに、えみぞうは何も言えません。
「わかったよぅ。俺が出ていけば、お前たちもここから出て行くんだなぁ……?」
 えみぞうはまた大粒の涙をポロポロこぼしながら、村をでていこうとしました。

107 :No.25 なみだ 4/4 ◇0CH8r0HG.A:08/02/03 23:25:41 ID:sYxQu+th
 すると、それまで隠れていた子供たちが、次々にえみぞうの周りに集まってくるではありませんか!
「だめだよ、えみぞう! いっちゃやだぁ!」
「えみぞう、行かないで!」
 子供たちはみんな、えみぞうにすがりついて泣き出します。
 それを見て、村中の人間も涙を流しはじめたのです。
「えみぞうをどっかにやらねぇでくれ。こいつはもうおらたちの村の仲間なんだ!」
 ついには、鬼たちに頼むものまであらわれはじめたのです。
 これを見て、鬼たちはびっくりぎょうてん。
「お、おい。村中の人間が泣いちまったぞ? これって俺達が泣かせたわけじゃないよな?」
「あ、ああ。俺達がいくらおどかしてもほとんど泣かなかったのに、えみぞうを追い出そうとした
だけで、村中が泣き出しちまった」
「な、なぁ。もしかしてこれはえみぞうがやったんじゃねぇか?」
 鬼たちは、村人の中心にいる小さな青鬼を見つめました。
 鬼たちは困ってしまいます。
「村の掟では、人間を泣かせられない鬼は鬼の村にすんじゃいけない……んだよな?」
「ああ。だが、えみぞうは人間を怖がらせたわけでもない」
 迷ったあげく、鬼たちはえみぞうに言いました。
「おい、えみぞう。人間を泣かすって約束は果たしたみたいだから、もう追い出そうとはせん。ただ、
人間に怖がられていない鬼は鬼の村にはいらん。そのまま人間の村でくらすがいい」
 これを聞いて、うれしさのあまりさらに大きな声で泣き出すえみぞう。
 村中の泣き声も、つられてどんどん大きくなっていきました。
「こ、これはたまらん。なんてうるさいんだ」
「ああ、うるさい! もう帰ろう!」
「えみぞう! もう二度と鬼の村には入れんからな!」
 口々に言い残すと、鬼たちは山へと帰っていきました。
 
 その後、えみぞうは一層村人たちと仲良く、末永く幸せにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。

 おわり



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