【 クロスウォーク 】
◆p/4uMzQz/M




42 :No.11 クロスウォーク 1/5 ◇p/4uMzQz/M:08/02/03 20:09:07 ID:sYxQu+th
 今日は、学校は四時間目まででした。
 いつもより早く帰れるのは嬉しいなぁ。私はお友達のゆうちゃんと、通学路を歩いて帰っていました。
「一昨日新しいゲーム買ってもらったのにさ、兄ちゃんがずっとやってて変わってくれねーんだよ……」
「ゆうちゃんのお兄さんって、中学生だっけ?」
 しょげた様に俯きながら歩くゆうちゃんの後ろを、私は付いて歩きます。前向かないと危ないんじゃないかなぁ。
「うん、そう。ていうか奈摘ー、俺のことゆうちゃんって呼ぶの止めろよ。何度も言ってんじゃん」
 でも呼びなれてるんだもん。ずっと昔からそう呼んでるから、もう直せないよ。
 私がそう言うと、ゆうちゃん更に落ち込んだみたいです。可愛いなー。
「何だよ……兄ちゃんも奈摘も全然言う事聞いてくれない……」
 可愛いなんて言ったら、ゆうちゃんは更に落ち込むだろうから口には出しません。
 そうして歩いていると、目の前に大きな道路が見えてきました。
学校から私たちの家のある団地までの間に一本だけある、結構大きな道路です。
信号が赤なのにゆうちゃんは止まりませんでした。私はその手をがっしりと掴みます。
「何すんだよ、今車来てないから渡ればいいじゃんか」
「だめだよ! 信号はちゃんと守らないと危ないんだから」
 これだからゆうちゃんは放って置けません。一人にしておくととても心配です。
「ふん……奈摘って、ウチの母ちゃんみたいにうるせーなホント!」
 そう言って、ゆうちゃんはちゃんと止まってくれました。良かったです。
「先生にもちゃんと言われてるじゃない、社会のルールは守りましょう、って」
「知らねぇよ、ルールルールって。何でそんなの守らなくちゃいけないんだよ」
 その時です。
「それはな、少年」
 急に私たちの後ろから声がしました。驚いて振り向くと、
そこにはびしっ、っとしたスーツを着た若いお姉さんが居ました。
「ルールはそもそも守るものなのだ。どうしてと言っても、そういうものなのだよ」
 眼鏡ごしにお姉さんが私たちをのぞき込んできます。とっても綺麗な人ですが、何だかニヤニヤ笑っています。
「敢えて言うなら守った方が自分にも周りにも結果的に都合が良いから、とでも言ったところか。
 まぁ、こうして色々言ったところで、今の君たちには分かるまい」
「な、なな、何だよお前! いきなり出てきて変なこと言って!」

43 :No.11 クロスウォーク 2/5 ◇p/4uMzQz/M:08/02/03 20:11:29 ID:sYxQu+th
 ゆうちゃんがお姉さんに叫びます。私も、お姉さんの言うことはほとんど分かりませんでした。
 お姉さんはゆうちゃんの事は気にしてないみたいに、笑って私の頭を撫でてきました。黄帽の上からですが。
「君は良い子だなぁ。お友達がルールを破ろうとしたら、ちゃんと止めてあげた。
 中々出来ることじゃないんだよ、それは」
 よく分かりませんが、どうやら褒められているようです。
取り合えず私は、ありがとうございます、と頭を下げました。
「なに奈摘こんな変な奴と喋ってんだよ! そうだ、コイツ不審者だぞ! 奈摘!」
 ゆうちゃんの声で私は驚いて、戸惑いました。このお姉さんが、学校で言われたような不審者にはどうしても思えなかったからです。
 向こう側で信号待ちをしている犬を連れた人も、ゆうちゃんの声でこちらを向きました。
「あー、ストップストップ。そこの男の子ブザーから手ぇ離して。私もう消えるから」
 慌ててお姉さんは私の頭から手を離しました。やっぱり、危ない人じゃないみたいです。
「ゆうちゃん、止めてあげて」
「奈摘騙されんなよ! こいつ絶対危ないやつだ!」
「もう! ゆうちゃん!」
 だからごめんってー、と言いながら、お姉さんは私たちから離れます。
「私危ない人じゃないからね、ね。私も横断歩道渡りたいからここに居るけど、君たちに何もしないからね」
 お姉さんと私の間にゆうちゃんが立って、腕を広げて私を守るようにしてくれています。
止めてと私は言っていましたが、少し嬉しくもありました。
「もういいからね、ゆうちゃん。信号変わるよ」
「…………おう」
 変わらずゆうちゃんはお姉さんの方を睨みつけていますが、それでも私たちは信号を渡り始めました。
少し離れて、お姉さんも信号を渡っています。ちょっと落ち込んでいるみたいで、悪いことをした気分になりました。
「ねぇ、ゆうちゃん。やっぱりあのお姉さんに謝ったほうがいいよ」
 相変わらず後ろを睨みつけているゆうちゃん。前向かなきゃ危ないよ、って……。
『バウワウワウワウ!!』
「う、うわあぁっ!」

44 :No.11 クロスウォーク 3/5 ◇p/4uMzQz/M:08/02/03 20:12:04 ID:sYxQu+th
 前から歩いてきていた人が連れている犬が、急にゆうちゃんに吼えかけました。
凄い勢いでゆうちゃんの方に飛びかかろうとしています!
「おいっ、タマっ、どうしたんだ急にっ!」
 その犬は私たちの体くらいあるかというくらい大きく、飼い主さんが必死に押さえますが
リードは手を離れ、ゆうちゃんに目掛けて飛び掛ります。
 必死に私も一緒に逃げますが、逆側に走り出そうとしたところで、車が一台こちらに曲がって来るのが見えました。
「「わ、わああぁ!!」」
 急ブレーキのけたたましい音が耳に飛び込んできます。私は目をキツく閉じてその場に倒れました。
何かが砕けるような音や、犬の鳴き声がした後、辺りは静かになりました。
 ……でも、いつまで待っても衝撃はきません。ゆっくり、目を開きました。
「──奈摘、大丈夫か」
 目の前にはゆうちゃんがいました。道路に倒れた私を庇うように、上に覆いかぶさっていました。
「ゆうちゃん! え、だ、大丈夫、ってぐえっ!?」
 私が驚いたのと同時に、ゆうちゃんが私に圧し掛かってきました。お、重い。
『バウワウワウワウ!』
 ふと上を見ると、私たち上にあの犬が見えました。どうりで重い訳です。
犬は楽しそうにゆうちゃんのランドセルにじゃれついています。襲おうとしたのではなかったみたいですね。
「君たち、だいじょーぶぅ?」
 犬が私たちから剥がされました。さっきのお姉さんです。
 私は服とランドセルの汚れを払いながら立ち上がりました。 
「えと、あ、あの……」
 辺りを見渡すと、車はすぐ手前で止まっていました。よく分かりませんが前の窓ガラスの一部に、クモの巣みたいなヒビが入っています。
映画で見た、銃で撃たれたような感じです。運転手さんは運転席に突っ伏していて、顔が見えません。
 車の横に犬の飼い主さんもいました。地面にへたれこんでいます。
「一体、どうなって……?」
 お姉さんは飼い主さんのところへ犬を連れて行って、何やらお話していました。
なんだか飼い主さんが、お母さんに怒られる時のゆうちゃんみたいな顔をしています。

45 :No.11 クロスウォーク 4/5 ◇p/4uMzQz/M:08/02/03 20:12:26 ID:sYxQu+th
「おい、奈摘、どうしたんだこれ?」
 同じく立ち上がったゆうちゃんが尋ねます。でも、私もよく分かりません。
「まさか。あの姉ちゃんがやったのか」
 そう、なのでしょうか。
 そのお姉さんは今度は車の方へ歩いていきます。あれ?
なんだか歩き辛そうです。ヒールの片方が折れているみたいですね。
「──お前な! 横断者が居るかどうかくらい確認してから曲がれ! 最低限のルールだぞボケが!」
 今度は大きな声なので、お姉さんが言っていることが聞こえてきました。
運転手の人は青い顔をしています。でも、ちょっと言葉が汚いですね。
「次やったらお前自身をこの窓ガラスみたいにしてやるからな! 覚えとけ!!」
 最後に車を、ガン、と蹴ってから、お姉さんはこちらに歩いて来ました。
「お、おい奈摘、逃げようぜ」
 ゆうちゃんが私の手を引っ張ります。でも、私は動きませんでした。
「たいした怪我は──無さそうだね。良かった。君たちも気をつけるようにね」
 そう言ってお姉さんはまたニヤニヤと笑います。私は躊躇いながらも口を開きました。
「お姉さん、スカートずれてますよ……」「ってうわぁ!」
 気付いてなかったみたい。慌てて直しています。私はゆうちゃんの目を手で塞ぎながら笑いました。
 離せよ何だよ言ってるゆうちゃんは無視して、お姉さんに尋ねてみます。
「あの、お姉さん」「なぁに?」「あの」
 お礼よりまず、疑問が湧いてしまいました。
「お姉さんって、一体何なんですか?」
 その、ひょっとしたら失礼かもしれない質問に、お姉さんは笑ったまま答えました。
「正義の味方よ。あ、美人の、ね」
 ……格好良い。お姉さんが輝いて見えます。
 自分で言うなよ、とゆうちゃんが後ろで呟きました。ちょっと黙れ。

46 :No.11 クロスウォーク 5/5 ◇p/4uMzQz/M:08/02/03 20:13:00 ID:sYxQu+th
 
 
 あの後お礼を言う私たちに「じゃあね、バイバイ」と言って、お姉さんは去って行きました。
名前は聞き忘れてしまいました。残念です。正直。
 あれから少し歩いたので、私たちもう団地の近くまで帰ってきていました。。
「ゆうちゃん、何でランドセルの中にこんなにコッペパン詰まってるの?!」
「給食の残り貰っただけだよ! 鳥の餌にしようと思って……」
 ゆうちゃんのランドセルの中を見て驚きました。犬は、これが目当てだったんでしょうか。
「それにしてもあの姉ちゃん。インチキだよ、正義の味方がスーツ着てる訳ねぇもん。パンツ見えてたし」
「そんな事無いよ、格好良かったじゃない」
 でも変だったじゃん、と言われたら否定出来ませんでしたが。
「兄ちゃんが言ってたぞ、ああいう変な危ない女の人を『ちじょ』って言うんだってよ」
「『ちじょ』かぁ。そうなんだ、ふぅーん……」
 喋っているうちに団地に帰り着きました。外のところに、お母さんたちが居ました。ゆうちゃんのお母さんも居ます。
「あら、祐二お帰りー。それになっちゃんもお帰りなさい」
「二人とも仲良しねー」
「ちっ、んなことねぇーよ! ふん!」
 そう言ってゆうちゃんは家に走っていってしまいました。私が、ありがとね、と言ったのは聞こえたでしょうか。
 溜め息をついて私は立ち尽くします。明日またお礼言わなきゃ。その時、お母さんが私の足を見て言いました。
「あら奈摘、足擦りむいてるじゃない。手当てしなきゃ」
「あ、それはいいのお母さん」
 忘れないうちに、言っておきたいことがありました。
「それよりね、私ね将来なりたいものが出来たの! えっとね──」
 良かったわねぇ、と言うお母さんに、私は大事なそれを、ちゃんと聞こえる様に大声で教えました。

                                    了。



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