【 いわない/友情/忘れたくはないんだ 】
◆/sLDCv4rTY




38 :No.10 いわない/友情/忘れたくはないんだ 1/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/03 20:04:50 ID:sYxQu+th
 ぼくはシンユーと二人で、二人だけのルールをきめた。
『ぜったいに、人の悪口はいわない』
 中一の夏、ぼくらはかっこいい大人になりたかった。


 ……それは、ある日の放課後、七八人で帰ってて、みんなが吉長の悪口を言ってもりあがってたあとだった。
シンユー以外はみんな言って、みんなわらってたあとだった。

「あんなの、かっこわるい」別れ道のあと、二人っきりになってからシンユーがいった。
「なあ、オレたち二人だけでも、悪口はいわないでおこう」
 ぼくはうなずいた。ぼくも(悪口に参加してたけど)、たしかに、かっこわるい、そうおもった。
そうおもって、二人で約束した。もう、ぜったいに人の悪口はいわないようにしよう、って。
 二人だけのルールをきめて、ぼくは、なんだかうれしかった。
 放課後になっててもあそんでたから、そのときにはもう夕方になっていて、
夕日にてらされた柿いろの帰り道で、僕らは、友情……っていう、
ことばにすると少し照れわらいしたくなるようなものを、かんじていた。

39 :No.10 いわない/友情/忘れたくはないんだ 2/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/03 20:05:23 ID:sYxQu+th
 ルールをきめてからはぼくは、誰かに嫌なことをされても陰口じゃなく直接いうようにした。
あと、みんなとしゃべってて、悪口のわだいになったときは、何もしゃべらないようにした
(ノリが悪いって、空気読めよって、言われたけど)。
 五ヶ月ぐらいいわないでいけて、ぼくは、うまくいくとおもってた。
ぼくさえ破らなければ、このルールは、ずっと破られることはない、っておもってた。

 ――けど、シンユーは悪口を言ったらしかった。しかもぼくの。
 ぼくは、悲しかった。
 悲しかったけれど、しかたがない、しかたがない、とおもった。
ぼくも、何度も言ってしまいそうになったし、空気が読めないっていわれるのはつらかった。
そのまえに、まず、あの『ルール』を、シンユーは思いつきでいっただけで、覚えていないのかもしれない。
 しかたがない。そう思った。同時に、シンユーのことを、かっこわるい、とおもった。
ぼくは、シンユーのことを、悪口を言わないかっこいいヤツだとおもってたから、
悪口を言ってるのは、かっこわるい、とおもった。
 ぼくは、シンユーに何かをいいたかった。
 それは、『ルール』を破ったからじゃない。
ぼくのことを、悪く言ったからじゃない。
何かをいわないと、いけないから。
いわないと、シンユーのことを、嫌いになってしまいそうだから。

40 :No.10 いわない/友情/忘れたくはないんだ 3/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/03 20:06:02 ID:sYxQu+th
『かっこわるいよ』帰り道、ふたりっきりになってから僕は言った。
シンユーは、ん? とこちらを向いた。
『人の悪口を言うなんて、かっこわるいよ。だから、カッちゃん、人の悪口はいっちゃだめだよ』
シンユー……カッちゃんは、オレはいってないよ、と言った。
ウソだ。ぼくは思った。ウソをつかない委員長の吉長から聞いたんだ。
『ウソだ』
「ウソじゃねえよ」
『ウソだ! 吉長からきいたんだ!』
「だからウソじゃねえよ!」
『ウソなんかつかないでよ!』だんだん声が大きくなってくる。
「なにいってんだよ。約束しただろ? 俺たち二人は、悪口をいわないって」
『もういいよ! しらねえ!』僕は叫ぶように言った。
約束をおぼえておきながら破って、しかもウソまでついた!
そう思うと、悲しさより怒りがこみあげてきた。
「こっちだってもうしらねえよ! わからずや!!」
 そういってからカッちゃんは速歩きになってぼくからはなれていった。ぼくは、そっちこそわからずやだ! と心のなか叫んだ。
 カッちゃんの背中が遠のいていくのがみえていて、急に『吉長が、かんちがいしたんじゃないか』ということが頭によぎった。
けど、もう一度、わからずや! と強くおもって、打ちけした。


 それから、ぼくはカッちゃんと話をしていない。
 ぼくは、仲直りをしたかった。けど、できなかった。ぼくには、ほんとうにカッちゃんが悪口を言ったのか、違うのか、判らなかった。
違うようなきがどんどんしてきて、罪悪感だけがふえていった。あやまりたかった。
 ぼくはそれから、カッちゃんがだれかの悪口を言っていたという話は聞かない。
また、ぼくも、誰の悪口もいわないでいる。
 それは、かっこいい大人になりたいとかじゃない。
もし言ってしまえば、もう、仲直りの言葉はいえないような気がして。
この『ルール』だけが、ぼくとカッちゃんを、つないでいるような気がして。
 ケンカをしてから、ぼくは一人で下校している。

41 :No.10 いわない/友情/忘れたくはないんだ 4/4 ◇/sLDCv4rTY:08/02/03 20:06:30 ID:sYxQu+th
 …………大学からの帰り、僕は小走りで電車に乗った。
席が空いていたので座って、ドアが閉まって、電車は走りだした。外は雪が降って寒くて、電車の中は暖かかった。
僕は、窓ごしに、遠のいていく乗車駅が夕日のなか小さくなっていくのを見ていて、
急に、カッちゃんの、あの小さくなっていく背中を思いだした。
電車はゆるやかにカーブして、駅は見えなくなった。
 あれから、いつの間にか僕はオトナになっていた。そして、二人で決めた『ルール』なんて忘れていた。
シンユーを、忘れていったのと同じように。
シンユーへの、罪悪感を忘れていったように。

 結局、『悪口を言ってしまえば、仲直りはできない』というぼくの予感は当たった。まだ、仲直りはできていなかった。
そして僕は、大学に入ってから、みんなと同じように数えきれないほどの悪口を言っていた。
 人がまばらな電車の席で、カッちゃんを思い出しながら夕日をみていると、なんだか、少し涙が溢れてきた。
寒い所に居たせいか、少し熱く感じる涙だった。
僕はうずくまる。落ち着こうとする。感傷的なのは、かっこわるい、とおもった。
うずくまった暗やみのなか、ぼんやりと見えるカッちゃんの背中は、小さくなっていって、すっ、とはじける。
涙は、冷たくなってくる。さめたなみだ。僕は涙を拭く。
"なんで、わすれてしまったんだろう"
 涙は乾いて、跡にも残らない。
 ガタゴトと単調な音だけが暗やみのなかで聞こえてた。


 電車は感傷的な夕焼けのなか走っていたが、やがて、真っ暗な地下へ潜り込み、その体を柿いろから真黒へ変えた。
 僕は少し目線をあげて、向こうの窓に広がる黒をみつめてた。

"ぼくらは"
僕は心のなかつぶやいた。
"なんで、わすれてしまうんだろう"

 僕には、感傷的に涙をながすだけで、またわすれてしまうことが、こわかった。



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