【 三秒ルール 】
◆Bf9IIj31BY




36 :No.09 三秒ルール 1/2 ◇Bf9IIj31BY:08/02/03 19:57:37 ID:sYxQu+th
「あ、ちょっと今何したの」
 姉は箸を咥えたまま、食卓越しに俺を睨み付けた。
「なにが?」
「今。落ちた大根食べたでしょ」
 俺は目の前に置かれている山盛りのおでんと自分の箸に目を落とす。
 食卓には先程箸から滑り落ちた大根の痕跡が飛び散っていた。
「別にいいじゃん、食卓が汚いわけでもないし」
 布巾で痕跡を拭き取ると、白い布巾はおでんの汁色に染まった。
「卑しいヤツ。まだこんなにあるのに」
「失礼な。MOTTAINAIの精神は大切だよ、姉さん」
 おでんの山からコンニャクを探して箸で突き刺す。
 姉はまだ腑に落ちない様子で箸を咥えていた。
「三秒ルールって知らない?」
「アンタあんなつまんないもの信じてるの?」
 コンニャクの弾力を噛み締めながら、俺はハンペンに箸を伸ばす。
「信じる信じないの話じゃないね。あれは気持ちの問題」
 箸を突き刺すと、ハンペンからはジワリと汁が滲み出た。
 汁をこぼさずに口に運ばなくてはならない、緊張だ。
「なおさら馬鹿げてる。ただの卑しい欲望の具現じゃない」
 食卓にきらめくおでんの汁の粒を凝視しながら、ハンペンを咀嚼する。
 出汁が染みていてとても柔らかい。
「それ、ちゃんと拭いてね」
 目敏く指摘され、しぶしぶおでんの汁色の布巾を掴んだ。
 その間にも俺の右手はおでんの山に突っ込まれる。
「姉さんはそういうの嫌うタイプ?」
「うん、キライ」
 確かに姉はキレイ好きで、曖昧なことは嫌う性格の人間だ。
 しかも理屈っぽい。
 面倒臭い姉を持ったものだと、山から探し出したハンペンを口に運びながらしみじみと思った。

37 :No.09 三秒ルール 2/2 ◇Bf9IIj31BY:08/02/03 19:58:24 ID:sYxQu+th
「あ、またこぼした」
 相変わらず目敏い。
 これを拭いたら布巾を洗ってきた方がいいかもしれない。
「ていうか、ハンペン食べ過ぎ!」
 俺が三枚目に手を出しているのに気付いて、姉が咥えていた箸を解き放った。
「あっ」
「あぁっ!」
 俺の箸と姉の箸が衝突し、ハンペンが箸の間をすり抜ける。
 出汁をに撒き散らしながら、ハンペンは盛大に食卓に張り付いた。
「あ、あー……」
 二人でハンペンを凝視する。
「最後のハンペン……」
 姉の視線が俺に向いたのが分かった。
 そういえば姉もハンペンが好きだったなぁ。
「……三秒ルール」
 ポソリと、呟く。
 途端、姉は真っ赤になった。
「アンタ、さいてー!」
「いーち」
「馬鹿、阿呆ーっ!」
 ハンペン一枚でムキになれるのは良い性格だ。
「別に故意じゃないんだから。にー」
 歯をガチガチ鳴らしながら俺を睨み付ける姉の姿は何だか面白い。
 きっと欲望とプライドの間で苦悩しているんだろう。
 さすがに可哀相かなと思い、俺はおでんの汁色に染まった布巾を取って立ち上がった。
 台所でこれを洗っている間にハンペンがどうなっているか、見物だ。
 消えてなくなっていたら面白いのに。



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