【 ル・クインセグ 】
◆pxtUOeh2oI




7 :No.02 ル・クインセグ 1/5 ◇pxtUOeh2oI:08/02/02 17:32:34 ID:tJ1oh+Gi
「痛ッ!」
 山の麓に広がる草原、花を摘んでいた少年が声を上げた。指から血が流れる。草で切ったのかもしれない。
 少年は魔法を使い小さな傷を治し始めた。流れる血が止まり、傷が消えるのがわかる。けれども、心のモヤは晴れなかった。
妹を喜ばせるため、そう考えてここまで来たが、それは自分を納得させるための言い訳でしかない。
本当は、つらそうな妹の顔を見るのが嫌だった。
 どうしてここにいるんだろう? もっと他にやってあげられることがあるんじゃないだろうか? 
答えの出せない悩みに、少年は花を摘んでいた手を止め、顔を上げた。
 どこからか飛んできた矢が少年の顔をかすめる。背後で何かに刺さった音と、うめき声が響く。
驚いた少年の手から白く小さな花が落ちた。
 何が起こったのかわからず、あっけに取られた少年が振り返る。
そこには、眉間に矢の刺さった巨大な怪鳥が息絶え絶えで震えていた。
 混乱した少年が矢の放たれた方角を向くと、うっそうと茂る草木の間から
女が一人、出てきた。いや、一人ではない。足もとに四足の動物いる、犬だろうか?
 一人と一匹が少年に近づく。女にしては背が高い。肩に弓を掛け、腰の後ろから矢羽がはみ出している。
矢筒があるのだろう。突然、低くしゃがれた男の声が少年の耳に届いた。発したの女ではない。犬だ。
「大丈夫だったか? 何、ぼーっとしてんだよ。危うく喰われるところだったじゃねえか!」
「犬がしゃべった!」
「犬じゃねえ! 狼だ!」
 狼がしゃべることもおかしいと思ったが、そのことについては黙っていた。
「礼はないのか? こいつに襲われそうなところを助けてやっただろ?」
 少年が声を返さないことにいらついたのか、狼は既に事切れた怪鳥の死体を前足で叩きながら、早口で捲くし立てた。
「あ、ありが」
 少年の返事を遮って、女がパンと手を叩く。狼は鼻をクンクンと動かし、辺りを伺いながら言った。
「ち、もう来やがったか。礼はあとでまとめてしてくれ」
「何が来たんです?」
「こいつに群がるハイエナだよ」
 言うが早いか、狼が怪鳥の死体を足掛かりに、勢いよく駆け出した。女が弓に矢を番える。
狼の向かった先の茂みが揺れ、数頭のハイエナが跳び出した。
 女の手から矢が放たれ、先頭を走るハイエナの頭を射る。驚いたハイエナ達は迂回しつつ
近づこうとするが、狼が壁になり牽制した。二頭目、三頭目、矢が突き刺さる。狼がハイエナの喉を噛みちぎった。

8 :No.02 ル・クインセグ 2/5 ◇pxtUOeh2oI:08/02/02 17:33:00 ID:tJ1oh+Gi
 彼女たちの計算されたような連携に、ハイエナ達はみるみるうちに数を減らし、残ったものたちも四散した。
 初めは怯えていた少年も、危険が無いことを感じ、その光景を眺め茫然と立っていた。
「はい、いっちょあがり」
 狼が意気揚々と戻ってくる。少し血が出ていたが、全てかすり傷ようだ。
「お礼は? 二度も助けられて礼無しなんてことはねーよな?」
 狼が言った。けれども少年の耳に、その言葉は届かなかい。少年はもっと別のことを考えていた。
「助けてください!」
 目に涙を浮かべた少年が女に抱きつく。女の肩に掛かった弓が何かにぶつかりカランと鳴った。
それども、その女は口を開かず、代わりに狼が言った。
「俺か? 俺はそんなに怖いか?」
 震える少年の様子に少しショックを感じたらしい。前足の跡が他よりも少し強く残っていた。
「俺は狼だけど、肉、喰わないぜ」
 狼は、女に泣き付く少年をなだめように呟く。血の滴る口から発せられたその言葉には、あまり説得力は感じられない。
だだそのとき、少年の頭に浮かんでいるものは狼のことなどではなかった。
「違うんです。助けて欲しいのは妹なんです! 僕はオッド・フラックと言います。妹のイヴェンが……」
 オッドは勢いよく事情を話した。自分にはイヴェンという妹がいること。両親は既に死んでいて、二人きりの家族だということ。
そして今夜、その妹が村の掟で山の魔物への捧げ物にされることを。
「お願いします。イヴェンを助けてください。お礼もします。働いて、どれだけかかってもお金払います」
「良いよ。やってやるよ」
 狼が言った。女もうなずく。予想していなかった軽い返事に、少年は驚きつつ、大声を出す。
「ありがとうございます! あ、怪我治します。僕、少しなら魔法使えるんで」
 少年の手から白い光が溢れ狼の傷を癒す。気持の良さそうな狼はノビをしながら言った。
「俺は、スクエ・マイナ。で、こっちの無口な女が、イクァ・ル」
「スクエさんに、イクァさん……。イクァさんはしゃべれないんですか?」
「いや、しゃべれるけど、しゃべらない。一週間に一回ぐらい話せれば良い方かな? それと呼び捨てで良いぞ。
まったく、困っちゃうよ。相棒が無口だから、引っ込み思案の俺が頑張ってしゃべらなきゃならない」
 引っ込み思案なんて嘘だろう、元からお喋りに違いないと思っていたが、もちろん口には出さなかった。
 少年の考えていることがわかったのか、イクァが微笑んだ。無口なことには理由があって、元は明るい性格なのかもしれない。
「うちに案内します。着いてきてください」

9 :No.02 ル・クインセグ 3/5 ◇pxtUOeh2oI:08/02/02 17:33:32 ID:tJ1oh+Gi
 暗い山道の中、白装束を着た少女が老人に手を引かれゆっくりと歩いていた。
少女の名前はイヴェン・フラック。村の掟で今晩、魔物に捧げられることになっていた。
「もうすぐ着く」
 手を引く老人、イヴェン達の住むアルジェ村の村長が冷たく言う。
 イヴェンは不安だった。兄たちはちゃんと着いて来てくれているだろうか? これから何が起きるのか?
 さっきまではまったく怖くなかった。仕方がないことだと諦めていたから。でも、今は違う。
兄が連れてきた人たちが、自分を助けてくれると言った。希望があるからこそ、不安を感じている。
「着いたぞ」
 そこは大きな沼だった。この中に魔物がいるのだろうか? そうイヴェンが考えていると、
向こうから男が三人やってきた。三人の内の一人は普通の人間ではない背丈は二メートルほどの人狼だった。
「こいつが、今回の商品か」
 狼男が言った。今、聞いた言葉の意味が理解できないイヴェンは、村長に問いかける。
「商品って何のことですか? 村の掟は? 魔物はどこなんです?」
「いないよ。これから君は、この人たちに連れられて、どこかの金持ちのところへ売られて行く、それが掟だ」
 何をいまさらとでも言いたげな口調で村長が言った。男たちは、いやらしい笑い声をあげる。
「ふざけるな」
 茂みの影に隠れていたらしいオッドが飛び出してきた。スクエが前足を顔に当て、まだ早いと呟いた、オッドを追う。
イクァは落ち着いて矢を放った。一人倒れる。
「イヴェンがどれだけ悩んだと思ってるんだ!」
 オッドは泣きながら村長を殴った。当たりこそしたが、大人と子供、村長の反撃にオッドが怯む。
追いついたスクエは、オッドを殴る村長の腕に噛みついた。村長の耳障りな叫び声が響く。
 人狼の男が仲間に耳打ちをし、仲間は逃げだした。イクァが矢を撃つが、走る男には届かず、地面に刺さる。
「何なんだ、お前たち? お前らも売られたいのか?」
 下卑た笑い声とともに、狼男が言う。背中から大きな斧を取りだし、右手に構えた。
 イクァは黙って男を見る。口を開く気配は無い。
 返事を返さないイクァに怒ったのか、狼男は斧を地面に叩きつけた。土が粉々になって舞い上がる。男は言った。
「なんとか言いいやがれ! このアマ!」
 言葉を返さず、矢を放つ、イクァ。狼男は巨体に似合わない俊敏な反応でなんとか避けた。
「なめたことしてんじゃねえぞ!」
 狼男が詰め寄る。イクァは、足元を狙い、突進を止め、距離を保つ。

10 :No.02 ル・クインセグ 4/5 ◇pxtUOeh2oI:08/02/02 17:33:57 ID:tJ1oh+Gi
「助けなくって良いの?」
 イヴェンが、気絶した村長の上に乗るスクエに尋ねる。オッドは心配そうに、戦いを見ていた。
「ん? まあ、大丈夫だろ、あの程度の奴なら。狼男とか中途半端なんだよ、どっちかにしとけっての」
 スクエが、ちらりと人狼の男を見て笑う。心配そうなイヴェンを尻目にスクエは、村長を踏んで遊んでいた。
 弓に矢を番うイクァの元へ、狼男はまっすぐに突っ込んで行った。
 あの矢を撃てば、イクァの勝ちだと、イヴェンは思う。オッドも同じ気持ちのようだ。
だが、その通りにはいかなかった。狼男が空いた左手から火球を放つ。イクァは避けこそしたが、矢を落としてしまった。
「俺が魔法使うなんて思ってなかったか? 俺はジオメルの国の魔法兵団出身なんだよ!」
 イクァが右手を腰の後ろに回す。新しい矢を取ろうとしているのだろう。
「おせぇー!」
 男がイクァの前で、斧を振り上げた。もうダメだ! そう思ったイヴェンは目を閉じた。
直後に誰かの倒れる音がし、辺りは静まり返る。静寂を破るようにスクエの声が聞こえた。
「殺してないよ。二人とも、目、開けろって」
 死んでないではなく、殺してない。その言葉を不思議に思ったイヴェンがおそるおそる目を開けると、
イクァが馬乗りになって狼男を抑えつけていた。膝で手を抑え、左手の弓は首元、右手には短剣が握られ、
狼男の長く伸びた口の上、目に映るように構える。狼男はうめき声をあげることさえ苦しそうだった。
「どうなったの?」
 オッドがスクエに聞いた。イヴェンもスクエの方を向く。スクエが楽しそうにしゃべりだした。
「あいつが、近づいて来たとき、イクァは矢を取ろうとしたんじゃなくて、短剣を抜いたんだよ。矢筒の影に掛かってる鞘からさ。
んで、あいつの鼻先をかすめる。そうすると、アイツは首を引いて体重を後ろにかけるから、弓を首に当て、押し倒しておしまい。
馬鹿だねー。相手が弓使いだから近づけば勝てるとでも思ったんだろうけど、そんな子供でもわかるわかるような弱点を
そのままにするはずないっての。これだから狼男は、人や狼より知能が低いって馬鹿にされんだよ」
 高笑いするスクエ。そんなスクエの近くにどこからか火弾が落ちる。うめきながら狼男が言った。
「残念だったな。仲間が来たよう……だ」
 イクァが狼男の首を絞め、落とす。新たに現れた男たちは、仲間の上に乗るイクァではなく、
スクエと子供たちの方へ、魔法を撃った。無数の炎と雷が子供たちを襲う。逃げられない、イヴェンは思った。
 突然、スクエが跳び出し、魔法を受けた。炎がスクエを包み込む。オッドが叫んだ。
「スクエー!」

11 :No.02 ル・クインセグ 5/5 ◇pxtUOeh2oI:08/02/02 17:34:26 ID:tJ1oh+Gi
「何?」
 スクエが答える。平然と、まるで何もなかったかのように。体の周りを覆っていた炎も消えてしまった。
「言ってなかったっけ? 俺の主食は魔法だってさ」
 満足そうにスクエが言った。魔法を放った男たちは、状況を飲みこめないようだった。
「あー、ゲップでそう」
 スクエが男たちの方を向いて大きく吠えた。空気が震える。向こうでイクァが弓を構えたのが見えた。
「避けようとしても、無駄だから。今の咆哮に、あんたらの魔法を半分ほど載せといた。
体、熱くない? 足、痺れて動けないでしょ。じゃあね」
 必死で足を動かそうとする男たちにスクエが笑いながら言う。イクァが次々に矢を撃ち始めた。

 男たちと村長を縛り終え、オッドがイクァとスクエに聞いた。
「お礼はいくら払えば良いですか? 今は無いけど……絶対に払います!」
「いらないよ」
 イクァが答えた。いままで、一言も話さなかったイクァがしゃべった。
「そうだな、今は特に金に困ってるわけでもねえし」
 スクエは、突然、話だしたイクァにも慣れている様子で、動じず補足した。
「いつか、どこかで、困っている人を助けてくれれば、それで良い」
 イクァは、その言葉を最後にまた口を紡ぐ。そんな様子に固まっていたオッドとイヴェンに、スクエが笑いながら言った。
「あんまり、本気で気にするなよ。こいつの言葉には言霊ってのが憑いてて、マジになりやすいからな」
 言霊? イヴェンは自分の中に芽生えた不思議な気持ちはそのせいだろうかと思った。
イヴェンがオッドを見ると、オッドも同じようなことを考えている気がした。
「さあて、帰るか。お礼はいらないとは言ったが、一晩ぐらいは泊めてくれよな。
疲れちまったよ。久し振りの重労働で、なあ? イクァ」
 スクエの問いにイクァは無言で頷く。顔はやさしく笑っていた。

 あるところに、困っている人を助けることを目的に旅するコンビがいた。
 一人が弓の名手、もう一方は魔法の達人だという。
 少ない報酬で依頼をこなす彼女たちに、助けられた人たちが良く聞いていたらしい。
「なぜ、こんなに良くしてくれるのか? 何かの掟か? 戒めがあるのか?」
 聞かれる度にその兄妹は、笑って答えたという『約束だから』と……    <了>



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