【 「お金で買えるエンディング」 】
◆/7C0zzoEsE




97 :No.24 「お金で買えるエンディング」 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/28 17:22:27 ID:iApBR0zd
「あなたに私は買えないでしょう?」
 理紗は切れ長の眉に収まった美しい瞳を潤ませて、そう言い捨てた。
買えないよ。買えないんだよ、ちくしょう。
 彼女は「じゃあね」と続けて、スカートを翻し去っていく。
それを引き止められるほどの甲斐性、ないしお金を俺は持っていなかった。

◆◆◆

 彼女とは、高校のクラスメートとして知り合った。
穏やかでお淑やかな物腰から、男女問わず誰からも慕われる人だった。
また、北条理紗は良家の娘であった。裕福な暮らしぶりのようだった。
 それに引き換え俺の家は、親父はろくに職につかないしお袋のパートも低収入。
その割に兄貴が一人に弟と妹が一人ずつという大家族。
いつも兄貴のお古を着ているから服装はいつも継ぎはぎだらけで、
毎日風呂に入れる訳でも無いので臭うのでは無いのかといつも危惧していた。
貧乏というのは、疑いようの無い自明の理であった。
 資本主義大国の日本が生み出した、格差の象徴の様な二人が惹かれあったのも、
もとは好奇心のせいだったのかもしれない。
 それでも、今では俺に彼女は無くてはならない存在であり、
彼女も俺のことを愛してくれていたように思う。
 そうでなければ、卒業後も大学に進学せず働く俺なんかに、連絡などとっくに途絶えているはずだ。
 彼女の財産だけが目当てと思われるのは心外だったが、まったく魅力が無いと言えば嘘だった。 
――そうして二人は結婚して幸せに暮らしました
そんなエンディングを奏でられる筈だった。……筈だった。

98 :No.24 「お金で買えるエンディング」 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/28 17:22:38 ID:iApBR0zd
「いっ! ……ってぇな」
 ボーっと、上の空で歩いていたせいで電柱に頭をぶつけた。
悔し紛れに、その電柱を思いっきり蹴飛ばしたら。
 カーっと、カラスの鳴く声が聞こえたので空を仰いだ。
上空の電線にびっしり並んでいたカラスの中の一羽が、『あら失礼』とばかりに糞を落とした。
「うおっ!」  
 紙一重でそれを避けて、足を出した先で犬の糞を踏みつけた。言葉が上手い事でて来ない。
それを見てか、数メートル先で、何人かの小学生児童がこちらを向いて笑っている。
「何がおかしいんだ、クソガキ!」
 俺が叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように子供達は去っていった。その中の一人を除いて。
「イライラしているのかもしれないけど、やつあたりは駄目だよ、悠介兄ちゃん」
「恭介……」
 恭介が近寄る。彼の洋服もまた、俺のお古ですっかりボロボロになった物だ。
「どうしてイライラしているの?」
 そんなあどけない顔で首を傾げて聞かれると、つい素直に答えてしまう。
「彼女に振られちゃったからだよ」
「どうして振られたの? どうせスケベな事でもしようとしたんでしょ」
 俺は軽く弟の頭を小突いた。
「アホか! お金が無いから付き合えないんだよ」
「どうしてお金が無かったら付き合えないの?」
「何でだろうなぁ……大人の恋愛はややこしいんだよ」
変なの、と弟が答える。続けて、好き同士なら関係ないのに、とも言う。  
 本当だよなぁ、子供の頃は裕福とか貧乏とか、親とか子供とかも関係無しに好き同士でいられるのに。 
大人って、息苦しいし。馬鹿だよなぁ。なんてぼやいて恭介を羽交い絞めにした。
「あぁ、もう離してよ。兄貴、俺、先帰ってるから。晩飯に遅れたら悠介兄ちゃんの分まで食っちゃうからね」
 おう、と答えて恭介を放してやった。彼は駆け足で自宅に向かう。
「さて、俺はどうすべか、と」
 ふいに、町外れの神社の事を思い出した。縁結びで有名な神社だ。
本当にふいに思い出した。晩飯抜きは覚悟するか、と恭介の走ったのと逆の方に歩き出した。

99 :No.24 「お金で買えるエンディング」 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/28 17:22:49 ID:iApBR0zd
 せっかくバイトが休みで、彼女と一緒に居られると思ったのに。
いきなり別れを告げられるわ、電柱に頭ぶつけるわ、犬の糞を踏むわで。
ろくな事の無い一日だった。
 明日からは、またブルーカラーな日々が始まる。その中に理沙がいないだけ。
もし裕福だったら、大学に進学してもっと違う人生を歩めただろうか。
その先に理沙は居たのだろうか。金があれば、金があれば――。

◆◆◆
 神社に着いた時は既に夕日が差していた。
「……あ、やべ、小銭が無い」
 まぁ、賽銭額で願いを叶えるような神にろくな奴なんていないだろう。
その分、信仰深くお参りするつもりだった。賽銭箱の前で、手を叩いて。
(理紗と一緒に居られますように。きっと上手くいきますように)
 どうして家にお金が無いのだろう。親父は働かないのだろう。
兄貴も俺も、身を粉にして家にお金を入れて。
お金があれば、恭介達の学費を出してやれるし、俺も進学できるし、理沙とも一緒にいれるし。
お金があれば、何でもできる。お金が無いから、何にも出来ない。
あれば――お金が欲しい――!

「あげましょうか? お金」

 縁結びの神様に見当違いなお願いをしている間、
あまりに強い願いはいつしか口から漏れていたようだった。
 見覚えの無い、華奢な体つきをした男性が立っていた。
高額そうなスーツを着こなして、胸元に見えるアルマーニのシャツがお似合いな男性だった。
「お金、あげますよ。もし必要なら職も用意してあげます」
その代わりといっては何ですが、彼はそう言って続ける。
「僕のことを助けてください」
 彼の目は真剣そのものでった。軽く血走っていた。常識人なら、そこで訝しく思うかもしれない。
ところが、俺は気がつくと二つ返事で、「ええ、よろこんで」了承していた。

100 :No.24 「お金で買えるエンディング」 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/28 17:23:00 ID:iApBR0zd
 彼は、満足そうに頷いて。それでも真剣な目はそのままで話しはじめる。
「私には、将来を約束している彼女がいるんですよ」
 のろけられるのかと身構えたが、そうでは無いようだった。
「しかし、親同士の決まり事で知らない女の人と結婚することになっています」
「はぁ」
「よくある政略結婚ですね……しかし! 私は親に縛られて自分の気持ちに嘘はつきたくない!」
 彼は熱くなって若干声が大きくなる。境遇は違うけど、どこか似ているなあ、なんて俺は思った。
「親に相談してみればどうなんです?」
「ええ、ええ相談しましたとも。親は私の意思を尊重してくださります」
 それなら、と俺が続ける前に彼が遮る。
「しかし、駄目なのです。相手側の会社に恩があるそうで、理由が無いと破談できないのです」
「どうしても結婚する必要があるのですか?」
「向こう側は、一千万……。たったの一千万の負債を返すためだけに弊社と手を組もうとしているのです」
 たったの一千万か……。金銭感覚を疑っているのは無駄だと思った。
「それなら、一千万分の株でも渡して、手を切れば無問題なのでは?」
 彼は頭を振った。
「相手も今は伸び悩んでますが、長年続いてきた大企業の社長です。自尊心が許さないでしょう」
「なるほど……」金持ちは面倒だね。思っても、口には出来なかった。
「そこで、この話を破談にするには。相手側から持ち出していただかないと厳しいのですよ」
「よく分かりました、それで、その話が貴方を助けることと何の関係が?」
 彼は、小さく深呼吸してもう一度キリッと俺を睨みつけた。
「そこで貴方の登場なんです」
◆◆◆
 俺はため息を吐いていた。エンディングに向けて着実に向かっている。
ポケットの中の小切手を握り締めて深呼吸した。何百万を握っている。
よく分からないが、これだけのお金と、彼の用意した職があれば理紗も考え直してくれるだろう。
 そのために最後の仕事を済ませなければならない。
 さんさんと降り注ぐ太陽の光に輝く目の前のクリスタルチャペルが眩しい。
先日の会話を思い出す。

101 :No.24 「お金で買えるエンディング」 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/28 17:23:11 ID:iApBR0zd
『結婚式の日僕を会場から連れ出してください!』
『は? あんた、何言って……そんな"そっち"の気があると思われるぞ?』
 彼は真剣な目のままコクリと頷いた。
『覚悟の上です。親戚一同から白い目で見られても、相手からは呆れてもらえるでしょう――』

 その上で、相手に払う賠償金は彼にとって安いものらしい。
全く金持ちの考えることは良く分からなかった。
 しかし、彼に報酬を前払いされているのに違いはなく。
俺は、愉快な彼の計画を必ず成功させなければならない義務があった。
 お金か……、俺はクスリと笑うと。
時間だ。"卒業"の映画よろしく。チャペルの扉を開いた。
「その結婚、待ったぁ!」

 誰もがこっちを見て、予期せぬ来訪者に目を丸くする。
風を切るようにヴァージンロードを走り抜けて、新郎新婦の下に馳せ参じる。
「お待たせ」
 俺が、格好良く登場すると、新郎はさり気なくニッコリ微笑んだ。しかし、
「あれ……悠介君……? どうして」
 俺は、まさか背中越しに自分の名前を呼ばれて、ビクッと身をすくめた。
聞きなれた声。まさか、まさか――。
 振り向くと、切れ長な眉を持つ新婦と目が合った。
「なんで! どうして君がいるの?」
 俺は新婦の手首をガシっと掴むと、
「じゃ!」と彼女を奪ってその場から逃げ出す。
――新婦も含めて――皆、驚いている。俺も驚いている。
 それでも新婦は俺達だけに聞こえる小さな声で、「まぁそれもありですか」と笑っていた。
さあ、後は逃げ出すだけ。大丈夫、お金はあるから。

                             <了>



BACK−不器用な家康が嘆く先とは◆ecJGKb18io  |  INDEXへ  |  NEXT−一月十七日◆IOXYmSMPl6