【 うまいやり方 】
◆7BJkZFw08A




77 :No.19 うまいやり方 1/4 ◇7BJkZFw08A:08/01/28 17:14:15 ID:iApBR0zd
ええ、金は天下の回りもの、とはよく言ったもんだ!
全くこの世は金次第、こいつがありゃあ苦労はしない。
だけれどこいつをよからぬ風に、増やしてみたり使ってみたりは法度御法度。すぐにとっ捕まっちまう。
ところがどっこい俺様はそんじょそこらの阿呆どもとは大違い。
俺みたいに暮らしゃあ楽なもんよ、何せこの金ってやつをいくらでも使えっからな。
ま、それができりゃあの話だけどよ……

お日様すっかりお空に昇り、昼とも朝とも言い難い、そんな時間に起きだして顔を洗って目を覚まし、さあ一日の始まりだ。
「あらお隣さん、こんにちは」
家から出ると隣の婆ぁが挨拶してきた。
隣と言ってもなんでか知らんがこの辺りには、俺と婆ぁの家しか無い。
通り一本挟んでみれば普通に家が並んでんだが、ここの通りにゃなんでか家が二軒だけ。
とは言え俺の住み家と言えば、何に使われてたのやら掘立小屋を、ちょっと手ごろに住みやすくしたもんだ。
とすると元々この婆ぁの家しかなかったわけだなこの通りにゃあ。
ま、俺がわざわざそう言うところを選んだんだけどもよ。
「この辺りには慣れました?」
にこにこ笑いながら婆ぁが聞いてくる。こっちだって馬鹿じゃない、半年経ちゃあ大体周りはわからぁな。
「ええ大丈夫、何でも聞いて下さいよ。ははは」
俺が笑ってそう言うと、婆ぁもほほほと笑っていやがる。
まあこの婆ぁは人畜無害、たまの夕時煮っ転がしなぞ持ってくるから、俺にとっても悪くない。
それから俺は婆ぁと別れてしばらくぶらぶら歩いてた。
しかし近頃寒い寒い、風がぷうぷう言いやがって寒いったらぁありゃしない。
あんまり寒いもんだからついコンビニなんぞに入っちまう。まったく同じ店ばかりこんなにたくさん要るもんかねと日頃思っちゃあいるんだが、
今はただただ有難い。あったかいってのは気持ちが良いぜ。
腹も減ったしなんぞ腹にでもおさめるか。食い物手にしてレジに持ってって金を出す、この一時がたまらない。

78 :No.19 うまいやり方 2/4 ◇7BJkZFw08A:08/01/28 17:14:25 ID:iApBR0zd
店番は何一つ不思議がっちゃあいねえ。ま、調べたところで正真正銘、何一つ本物とは違わねぇさ。今はな。

ああ、腹ごしらえも済んだし何をしようか。
どれ競馬でもしに行くか、確かこの日はやってたはずだ。まともな金も欲しいしな。
俺はぶらぶら駅へと行った。
駅に入って切符を買って、すると見知らぬ女のガキがいきなり声をかけてきた。
「ねえおじさん、この辺りにお豆腐屋さん、ある?」
年格好は六つか七つ、黄色い帽子に兎の刺繍の手提げ鞄、俺を見上げて聞いてくる。
面倒だから行っちまおうかと思ったが、別段急ぐわけじゃなし、豆腐屋の場所を教えてやった。
「それにしたってなんで豆腐だ? 親にお使い頼まれたのか?」
「おばあちゃんへのお土産にするの」
土産に豆腐たどういうこった、他になんでもあるだろう。
尋ねてみようと思ったけれどすでにパタパタ駆けっちまった。
ええ、まあ構いやしねえ。

畜生また負けやがった。
とは言えここらが潮時か。負けが込んでも長居はしねぇ、それがコツってもんだろう。
ああどれそろそろ帰ろうか、夕餉は何を食おうかな。
まったくもって愉快愉快、誰も気づいちゃいないだろうし、どうせ気づきもしないだろうさ。
ふらふら歩いて駅へ行く。
酒に魚にご飯も買って、空は橙風は紫、今日も一日過ぎて行く。
楽で気ままな生活よ、明日は何をしようかな。
おや、隣の家から聞き慣れない声がする。あそこにゃ婆ぁが一人っきりしかいねぇはずだが。
誰ぞ客でも来てんだろう、俺には関係ねぇことさ。
家に入って布団にごろりと寝そべって、しかし俺もうまいやり方見つけたもんだ。

79 :No.19 うまいやり方 3/4 ◇7BJkZFw08A:08/01/28 17:14:36 ID:iApBR0zd
術を磨いて十数年、山に籠ったかいもある。
葉っぱを並べてドロンとやりゃあ木の葉がお札に早変わり。
人の姿に化けちゃあいるが元は立派な大狸、このくらいのことはできらぁな。
お札が木の葉に戻るのは、お天道様が昇って沈んでまた昇り、そのまた次に沈んだ時だ。
それまでだあれもわかりゃしねぇ。
とは言えバカスカ使ったらさすがの阿呆も怪しく思う。
だからこっそり使うのさ。一枚二枚不思議なこともあるもんだで終わっちまう。
ちょっと頭が良くなるとすぐこれだ。狸なんぞにゃばかされはしない、あんなのただの畜生だ、とくる。
ところがどっこい俺みたいなのも、まだちょびっとはいるんだよなぁ。
ああ、まったく楽なもんよ……



「おば−ちゃーん」
「ああ、紅葉かい、よく来たねぇ」
孫に会うのも久しぶり、と孫の紅葉の到着を今か今かと待ちわびていたので、蕗は両手を広げて歓迎した。
紅葉はがばっと胸に飛び込み、二人はしばし抱き合った。
ふわりと線香の匂いがする蕗の胸元から顔を上げ、紅葉は蕗に土産を渡す。
「これはお土産、豆腐屋さんで買ったんだよ」
「あらあらこれは油揚げかい、どうもありがとうねぇ」
「変なおじちゃんが豆腐屋の場所教えてくれたの」
紅葉は昼の出来事を、蕗につらつら話して聞かせた。
「それでね、なんだか臭いしヒゲも出てるし、おかしいんだよ」
蕗は紅葉の話を聞いて、あははと笑って手を打った。
「そりゃあ隣のタヌ公だあね、あれの人化は拙くって、せいぜいが人間に見破られない程度だからね」

80 :No.19 うまいやり方 4/4 ◇7BJkZFw08A:08/01/28 17:14:47 ID:iApBR0zd
紅葉は笑って頷いた。
「ああやっぱり、普通の人なら住まないもんねぇこんなとこ」
「あたしらの気はほんのちょっぴり人間どもには毒なのさ。近くに住んでもなんだか具合がよくない、だから結局引っ越しちまう」
二人は一緒に家へと入る。中はぽわぽわ暖かく、外の寒さと大違い。
どれどれお茶でも出そうかね、と蕗が言う、紅葉もそれを手伝って、部屋にはお茶と茶菓子が並ぶ。
「あの狸のおじちゃん働いてないの? どうやって食べてるの?」
紅葉が菓子の袋を開けて、蕗を見上げてそう言った。
「あのタヌ公は木の葉をお札に変えて遊び呆けてるんだよ。まあ今のところは大丈夫だけれど、
人間だってあれの思うほど馬鹿じゃない、雑誌やテレビにゃちょくちょく話題に出てるんだよ。
『不思議な木の葉、消えた金、どこでタヌキにばかされた!?』って具合でね。
そのうち奴らに捕まって、皮でも剥がれるかもしれないねぇ……」
いつの間にやら紅葉のお尻に可愛い尻尾、家の中だとまだ気が抜ける。
「あははは! かわいそう!」
きゃっきゃと笑って尻尾をぱたぱた「やっぱり私たち狐の方がすごいよねぇ」
「紅葉も気をつけないといけないよ。あんたは人化が上手くないんだから」
蕗が冗談めかして紅葉を睨む。
はぁいと薄く返事して、紅葉は尻尾をしゅるんと隠す。
「世の中うまいやり方なんて、そうそう転がっちゃいないってことさ。
どうれ紅葉の持ってきた油揚げで、何かこさえてあげようかね……」





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