【 「ぼくたちの価値は」 】
◆/sLDCv4rTY




69 :No.17 「ぼくたちの価値は」 1/3 ◇/sLDCv4rTY:08/01/28 17:09:57 ID:iApBR0zd
「公園であそぶ一人の子供の影の裏に、つららのように垂れ立ち並ぶ建物の群。
 その群の中の、一つの建物の一室で、独りの商人が椅子にすわってわらってた。
左の太ももを"ジャラジャラ"と鳴らしてわらってた。
彼のその、おどろくほど数多く毛が生えた太ももの中には、無数の金貨が入っていた。 
彼が人を騙すたびに一枚ずつ、太ももの中に金貨があらわれて(……なぜって?)
(それは彼が商人だからだよ……)それで金貨が増えていくのがうれしくて、彼は人を騙していった。
そして、彼の太ももは巨大に膨らみ、ゆらすと、氷まくらのように"ジャラジャラ"と鳴った。
 この中の金貨をすべてあわせると、例えば家を数件買えるだろう。例えば彼の大好きな"象"を数頭買えるだろう。
そう思うと彼は嬉しくてたまらず、目を瞑り、太ももの中で吼える一匹の象を想像し、部屋のなかで独りわらうのだ。
 "ジャラジャラ"ともう一度鳴らしてから、
冬の朝のように磨かれた包丁をもち、彼は、無言で、自分の太ももを切り裂いた。
 それは、金貨を取り出すためだった。そして、無言なのは、
声を出すと、わらわらと金貨が逃げていってしまいそうだと思ったからだった。
 肌色の太ももからは、涙のように透明な血液が流れていた。彼は、無言のまま、わらってた。
 彼は彼の太ももの中から大量の金貨を取り出すと、
死ぬ気はないので、まず、その金貨で医者に診てもらうことにした。
 切り取った左足を杖がわりに立ちあがり、
ドアノブをやわらかい五本の指とやわらかい一枚の手の平でひねり、エレベーターへ続く廊下に出た。

70 :No.17 「ぼくたちの価値は」 2/3 ◇/sLDCv4rTY:08/01/28 17:10:09 ID:iApBR0zd
 廊下は少し傾き、少し濡れていた。
また、天井のところどころに裸の電球がぶら下がり、
ケシケシ、ケシケシ、と唸りながら点滅していた。
 医者はこのマンションの七階に住んでいて、七十七階に住む彼はエレベーターへと歩いていった。
 長い廊下を、長い間歩いた。
 薄暗く点滅するあかりが作りだした彼の長い影には、無数の穴があいている。
虚無のようなまだらな影は、地獄の中の水玉模様。それを引きずり、やわらかい杖を突いて、彼は歩いていた。
 傾いた長い廊下を、彼は歩いていた……。
 途中、すべての電球が、一、二度、強く点滅し、そのあと辺りは真っ暗になった。
けれどかまわず彼は、エレベーターの明かりがぼんやりとみえる方へと歩いていった。
 暗闇の中では多くの生物が動き出す。
例えば今、無数のねずみが彼の頭から右足へと、落雷のように身体の中を通り過ぎていった。
暗闇の中彼には、自分の脳や心臓を、無数のねずみ達が踏みこえて去っていくのが感じられた。
 ねずみが地面に消えてから、大群におくれて、一匹のねずみが『チウチウ』と彼の身体の中を通っていった。
その一匹も地面へ溶けて、暗闇の中で歩く彼の身体には、大量のねずみの糞だけが残った。
 エレベーターの前に着き、黄褐色の光を放つエレベーターの中へと彼は入っていった。
 エレベーターの壁は透明なプラスチックのようなものでできていて、
彼は降りながら途中、壁越しに、この世界を支配する巨大な犬が山の上にぶるぶると糞をするのをみていた。
 巨大な犬が支配するこの世界は、虚無と見まちがえるような暗闇でぼんやりとつつまれていた……。

『チン』と鳴ってエレベーターは止まった。そして彼は『チン』と言ってエレベーターを出た。
出たすぐそこが医者の部屋で、彼はすぐに左足を診てもらった。
まじまじとみると医者は『使い物になりませんね』と言った。
そして彼の足は使い物にならなくなった。
 彼は『悲しい』と思った。そして彼は『悲しい』と言った。
 そして止血だけしてもらい、治療費を金貨で払うと、彼は無一文になってしまった。
…………。
『悲しい』

71 :No.17 「ぼくたちの価値は」 3/3 ◇/sLDCv4rTY:08/01/28 17:10:20 ID:iApBR0zd
 部屋に帰ると、彼は、歯と歯の隙間に左足を収納した。
もうどうにもならないので棄てようと思ったが、商人の気質で勿体無いと思ったのだった。
 そのまま彼は、歯と歯の隙間に腐った脚をいれたまま、象をほしいほしいと思っていたとさ。
おわり」とみつる兄ちゃんはいった。
「悪銭身につかず、ってやつのおはなしでした」とつけくわえて。
 みつる兄ちゃんは、このごろよくぼくの家にあそびにくる、ろーにんせいだ。
兄ちゃんは、あそびにきて、いつもよくわからないはなしをぼくにする。
 それできょうも、兄ちゃんのはなしは意味わからなかった。
意味わからなかったけれど、
ぼくは、あの、みんなから遅れてしまった、あの一匹のネズミのことをおもうと、かなしくなった。
かなしくなって、それで、兄ちゃんがこの意味わからないはなしでいいたかったことは、じつは、
そんなちっさなかなしいことなんじゃないかっておもってた。
 ちかくの公園からは、どうきゅうせいがゆうひのなかで野球をやってる声がきこえてて、
そのなかで、兄ちゃんとぼくは、いつものように、ずっとはなしをしてた。
 ぼくは、ゆうがたになると、いつもおもう。
兄ちゃんは、あしたもはなしをしてくれるだろうか。
ふたりぼっちで、ぼくのへやで。
かなしいゆうひに、服をすこしだけあかくそめられて。
ぼくと。



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