【 敬意を払え 】
◆USA/vz4MEM




65 :No.16 敬意を払え 1/4 ◇USA/vz4MEM:08/01/28 17:08:19 ID:iApBR0zd
 「君達はこの待遇をどう思っているのだ!?」
 大仰に嘆息して、着物姿の男は周りの者たちに問いかけた。
 狭く、窓一つ無い部屋の中央。積み上げられたジュラルミンケースを教壇代わりにして手をつき、
熱弁を振るう散切り頭の男。
「これまでずっと考えてきたが、今ほど我らに敬意を払わない人間が多い世の中は、果たして想像で
きただろうか!」
 頑固そうな瞳には力強い光が宿り、普段は真一文字に結ばれたその口から、罵詈雑言にも近い文句
の数々を声高に叫び続けている。
 そんな彼の周りには、服装も髪型も性別すらも問わず、様々な者たちが集まり彼の話を聞いていた。
「今の世の中は我らが築いた大いなる礎の上に立っているのだ。にも拘らず、今の者たちはその上に
胡坐をかいてのうのうと暮らしている。我らに対する一片の感謝も無く……だ。この辺で我らの偉大
さを再認識させてやろうではないか!」
 一気に言い終えて、男は大きく深呼吸。乱れた息を整える。
 そんな男を見て、周りに座っていた者のうちの一人がわざとらしく溜息をついた。

66 :No.16 敬意を払え 2/4 ◇USA/vz4MEM:08/01/28 17:08:30 ID:iApBR0zd
「あんたが言ったって、説得力無いわよ」
 その目には、半ば軽蔑にも近い物が込められている。
「敬意なんて言っちゃってるけど、その敬意とやらを一番受けてるのはあんたじゃない。外国でもア
ンタの顔と名前は知ってる人が多いでしょ」
 こちらも着物だが、その生地は男の着ているものよりかなり安っぽい。時代掛かった髪形をした妙
齢の女性である。
「実績と評価が伴っていないっていうのは、あたしみたいな場合を言うの。あたしが女として作って
きた物がどれだけこの国での女性の地位向上に役立っているか……」
 言い終わらないうちに、今度は別の女性の声がそれを遮った。
「女としてぇ? 馬鹿みたい。そういうことなら、私の方が先駆け的な存在じゃない。まるで、
自分のお陰みたいな言い方されたら頭にくるわ」
 声の方を見ると、そこにはかなり派手な格好をした……こちらも女性が座っている。
 病人のように白い肌、薄く紅を引いた唇。そして、何よりも目立つのはその体を包む着物だろう。
所謂十二単というやつだ。
「大体、あんた自分の師匠に惚れて、結局ヴァージンのまま死んじゃったんでしょお?そんな初なお
ぼこに『女』を語って欲しくないわね」
 おほほほほ、とその顔を袖で隠し嘲笑う。
「な、なんですって! あんたなんて、見られた瞬間に嫌な顔をされてるじゃない! 大して役に立
つ場面も無いのに、しゃしゃり出てこないでくれる?」
「い、今の私と、昔の私の実績は関係ないでしょ!?」
 まるで子供のケンカだ。 
 中央の男は、しばらくは黙ってこの醜い言い争いを聞いていた。
 しかし、それがヒートアップするにつれ、肩を怒りで震わせ始める。
 そろそろ、止めたほうがいいのでは……といった空気も彼女達には伝わらず、いつしか二人は取っ
組み合いの喧嘩へ。
 そしてついに、片方が投げた扇子がその顔面を直撃した時点で、男の堪忍袋の緒が切れたのだった。


67 :No.16 敬意を払え 3/4 ◇USA/vz4MEM:08/01/28 17:08:41 ID:iApBR0zd
「いい加減にせんか、この小童ども! くだらない喧嘩をしたいのであれば、さっさと出て行け!」
 床まで震えるような大音声の怒鳴り声。
 流石に、二人も頭を冷やし掴み合いを止めた。
「今、我らが言い争いをして何になるというのか、この愚か者ども! この集会の意味を思い出さん
か!」
 再び乱れた息をなんとか整える。
 熱くなったせいだろうか? 額に前髪が張り付くほどの汗を拭い、ようやく部屋全体が静まり返っ
たころ、男は再び口を開いた。
「では、本題に入る。我らの地位向上の為に、何か良案を持つ物はおるか?」
 
「図書館にある我らの本を、オススメ図書のコーナーにひたすら並べるのはどうでしょうか?」
 誰がそれを出来るのか? ということで没。
「教科書の印刷会社に言って、我らの名前一つ一つに赤く線を引かせるというのはどうだ?」
 上に同じ。加えて、授業で生徒に直接引かせた方が、物覚えは良いという意見有り。
「もういっそのこと、直接人間に話しかけて文句を言うというのはどうだろうか?」
 単なる怪談で終わるので没。

 様々な案が出される度に白熱していく議論。
 その多くはどれもこれも、子供の悪戯の類の大したことのないものであったが、それらを一つ一つ
丁寧に議論していった結果、とある結論にたどり着く。

「つまり、我らの現状を考えると、間接的な手段では我らの偉大さを知らしめることは出来ないとい
うことだ」
 そもそも、この集会を開く時点で、彼らは人間の世界で最も重要な存在に自分達の姿を写している
のである。
 それでも敬意を感じ取れないということは、生半可な対応をしても無駄だということだ。
 結局、この結論に行き着いた時点で、思考は行き止まり。
 対応策は浮かばなかった。

68 :No.16 敬意を払え 4/4 ◇USA/vz4MEM:08/01/28 17:08:52 ID:iApBR0zd
「あのぅ」
 と、頭を抱える者たちの中で、唯一遠慮がちに上げられた手。
「ん? 何かあるのか?」
 この手を上げたのは、集会に集まった者たちの中でも最も新参者の一人だった。
 スーツ姿に、頭は天然パーマが伸びっぱなし。口髭をたくわえ、ややもすると不潔なイメージを持
たれかねない。
 この姿からは、普段白衣を着て仕事をしていたことは想像出来ないだろう。。
「あ、はい。発言してもよろしいでしょうか?」
 周りからの視線が、立ち上がった彼に集まる。
「要は、我らの大切さを、今の人間に今一度実感させれば良いのですよね?」
「うむ。」
「ではいっそ、ストライキでも行ってみてはどうでしょう?」
 
 反対意見もあったが、結局この案は可決されることとなる。
「では皆の衆! 用意は宜しいな?」
 男は周りを見渡し、一人一人と目を合わせ頷きあう。
 そして……

 この集会が行われた次の日の朝。
 とある怪奇な事件が、新聞全紙の一面を踊った。
 『金庫内の全ての紙幣から一部デザインが消えた』という記事を見つめ、福沢諭吉は他の者たちと
祝杯をあげたという。

 おわり



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