【 コイントス 】
◆Sound.UlVY




62 :No.15 コイントス 1/3 ◇Sound.UlVY:08/01/28 17:06:48 ID:iApBR0zd
地方のゲームセンターの硬貨を指にセットすると、俺は空高くコイントスをした。

ことの始まりはほんの三日前、昼間友人と話している時だった。
いつもと同じ三百四十円のコンビニ弁当を食ってる俺に、一人の友達がにやにやした顔で話しかけてきた。
「宝くじって……知ってるか?」
馬鹿かお前は? 初めはそう思った。だって考えてみろよ。
この世の中で『宝くじ』って言葉を知らない人間なんているか? おそらく俺の周りには居ないだろう。
俺はそんな考えを心にしまいつつ、口に含んでいた食べ物を牛乳で腹まで流し込むと、笑顔で答える。
「知ってるけど、それがどうした?」
「いやあよ、お前だけに教えるんだけどさ……」
もったいぶった話し方をする友達に、俺は優しく続きを促す。
そいつは深く深呼吸をすると、続けた。
「いや、驚くなよ」
「並大抵のことじゃ驚かないよ、それとも、それほど凄いのかい?」
「じゃあ、言うぞ? それが、当たったんだよ……」
「いくら?」
「……十万」
「本当か!?」
馬鹿、声がでかいと友人は俺の口を押さえる。
何人かが俺たちのほうを驚いた表情で見ていたが、俺が笑顔で手を振ると何事も無かったかのようにそれぞれ元の方を向き直った。
友人が俺の口から手をどけると、俺は咳払いをして先程よりも小さな声で話しかける。
「すまない。で、その話は本当なのか?」
「ああ。俺も朝のニュースで知ったんだけど……確かお前も買ってたよな。宝くじ」
小さく返事を返すと、ポケットにしまっていた財布の中から五枚取り出して見せた。
「これだろ?」
友人はまじまじと宝くじを見ると、今度は俺の目を見てきいた。
「で、どうだった?」
「はずれだったよ」
大げさに頭の後ろで両手を組み、なぁんだ、と声を漏らした。
「それは残念だったな〜。まあ、この事実を知るのは俺とお前だけだから、今度何かおごるぜ。

63 :No.15 コイントス 2/3 ◇Sound.UlVY:08/01/28 17:07:00 ID:iApBR0zd
そうそう、これは幸運のおすそ分け。以外に役に立つぞ」
そう言っておもちゃの硬貨を俺に握らすと、友人は俺の肩をぽんぽんと二回叩き、陽気な鼻歌交じりでその場を去っていった。

コインが上昇を止めた。どうやら頂点に達したようだ。

その日、俺は家に帰るとゆっくりと新聞を開いた。もちろん、宝くじの結果を知るため。
あのときはとっさに嘘をついてしまったが、実際俺はまだ当選結果を見ていなかった。
どうせはずれなのだろうと決め付けていた。
が、所詮それは俺の決め付けだった。
あろうことに俺の番号は新聞に載っていたのだ。驚きながらも俺は番号の横にある当選価格に目を移した。
千円か? 一万か? まさか何十万ってことはないだろう。
実際そこに書いてあった数字は『三』だったことには違いない。でも、桁が違うのだ。
その数字の三の横にある文字は『億』。
俺はもう一度、自分の宝くじの番号と、新聞の番号を確かめる。間違いない、何一つ間違いなく同じだ。
次に目が覚めたときには、時計の長い方の針が一周していた。
俺は大急ぎで、宝くじ売り場へと向かった。

コインはゆっくりと、地面に向かい落ちてくる。俺は左手の甲を差し出し、それ受け入れる準備をした。

俺が宝くじ売り場に行くと、受け口のおばさんは驚いた顔をしながらも
「おめでとう、じゃあこっち側に回って」
と店の裏側の方へ手招きしてくれた。
ここで待っててねといわれた場所で、しばらく待っていると先程のおばさんが紙袋を片手ににこにこと出てきた。
はいおめでとう、そういって手渡された紙袋の中には見たことのないような数の諭吉さんが眠っていた。
「じゃあ、誰かに殺されないように気をつけてね」
おばさんは深刻な顔で裏口のドアを閉めるとまた売り手の方へ行ってしまった。
なあ、普通こんな渡し方しないだろ? もっと安全で、確実な方法があっただろうよ。
銀行に入金するとか、銀行に入金するとか、銀行に……いや、これしか浮かばなかった。
それほど動揺していたのだ。実際紙袋を手に歩き出すと、周りを歩く一般人でさえこの紙袋を狙うハンターのように見えてくる。
やばい、このままだと俺は殺される。俺は早足で自分のぼろいアパートまで向かった。

64 :No.15 コイントス 3/3 ◇Sound.UlVY:08/01/28 17:07:11 ID:iApBR0zd
コインと俺の左手との距離はほんの数センチまで縮まる。

俺は自分の部屋で悩んだ。二日間も悩んだ。
何を迷うことがある、その大金を思う存分に使い食べ飽きた三百四十円のコンビニ弁当とお別れすればいいんだ。
その言葉が何度も頭の中をめぐる。悩んだ挙句、銀行に半分は預けた。欲しいものを買っても手元には一億以上残っている。
先程も行ったが、あとは酒でも女でも使い回ればいい。なのに、いざ行動となると体がこわばって動けない。
……貧乏の性質とでも言えばいいのか、動かせないのだ。
俺は一億の使い道を必死に考えた挙句俺はボランティア団体に寄付という道を選んだ。
俺が持っていても、どうせろくな事には使わない。それならば、このほうが人の役にたつはずだ。
一億近い金をもらった紙袋に詰めると、俺は四角い箱を持ち大声で募金を募る青年を見つけた。
でも、やはり俺は行動を起こせない。心のどこかで、他人のために使うのを拒否しているのだ。
どうすればいいのだろうか? 俺はいらいらが収まらないままでポケットに手を入れる。
普段そこにはないはずものが指先にあたる。あいつに貰ったおもちゃのコインだ。
俺も昔よく行った娯楽施設の硬貨。俺はそれを二秒ぐらい眺めていると、そこの窓に貼ってあった格言を思い出す。
「困ったらコイントス、か」
俺はそれを空高く弾き飛ばした。これならもう文句はない。決めるのは、神様だ。
表なら、そこに募金。裏なら、何にでも自由に使う。
心の中で堅く決める。この決断が揺るぐことは……ない。

コインが俺の左手に触れるか触れないかという時。俺はある一つの大事なことを思い出し、左手を引っ込めた。

地面と金属がぶつかり、甲高い音が小さく響く。
このとき、俺の口元にはかすかな笑いがあったに違いない。
俺は雲ひとつない青空を見上げると、地面に落ちたコインを見ることなくボランティアをしている青年の元までゆっくりと歩きだす。
すでに結果はわかっている。
「神様も意地悪だ」
俺は小さく、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
あのコイン、裏も表も同じ柄だっけな。

【おわり】



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