【 How much is yourself? 】
◆Ms.BlueNHo




58 :No.14 How much is yourself? 1/4 ◇Ms.BlueNHo:08/01/28 17:05:04 ID:iApBR0zd
「貴方って、自分自身にどれくらいの価値があると思ってる?」
 高校の何も面白味の無い授業がいつものように終わり、僕はいつものように彼女と一緒に帰路についた。
 途中、小腹が減ったという事で入った通学路沿いのファミリーレストランで食事をしている最中、ふいに彼女がそんな事を聞いてきた。
「……どうしたの、いきなり」
 僕はスパゲッティーのソースが制服に飛ばないよう細心の注意を払っていた両手を止め、彼女の方に向き直った。
 彼女はとても眠たそうな顔をしていた。彼女が頼んだケーキセットのティーカップを片手に、半分閉じた瞳でどうでもよさそうに僕を見ている。
「別に。ふと思いついたから聞いてみただけ。……で、どうなの?」
 その表情を見て、僕は空になった皿にフォークとスプーンを置いた。水のグラスを口に付け、一口だけ飲む。
 彼女は真剣だ。顔を見ればわかる。
 こんな風に突然、脈絡無く話を振られるのは今に限らずしょっちゅうある事だ。学校でも、電話口でも、休日のデートの日でも。
 話題はそれこそ星の数ほどあるのではないかと言うくらい豊富なのだが、彼女にとっての話の重要性は大分バラつきが激しい。重要な話を軽いノリで茶化すと、彼女は目に見えて不機嫌になる。
 最初は合わせるのに苦労したが、今ではすっかり区別がつくようになった。
 それは『顔を見ればわかる』。正確には、口元を。
 彼女は依然として眠たそうだった。が、そんなものはこの際重要ではない。
 彼女の口は、笑っていなかった。寧ろへの字に反り返っている。
 どうでも良い話が始まる時は、ニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。大抵が楽しい話題で、僕としても大変喜ばしい時間となる。
 どうでも良くない話は、決まって口が閉じている。大抵が複雑怪奇で何が目的なのか解からない話題なのだが、僕としてはこちらの方が楽しい。多分、彼女としてもそうだろう。
「自分自身の価値、ねぇ。それは単純に金銭面としてって事でいいのかな」
「そうね。具体的な数字が出ると、とても良いわ」
 僕は呼び鈴を鳴らし、ウェイトレスに追加の注文を頼む。彼女と同じケーキセット。飲み物はミルクティーで。
 自分自身の価値。値段。価格。お代。プライス。
 彼女は何を考えてこんな話題を振ったんだろう。何か懐事情で都合がつかなくなったのだろうか。いや、彼女が他人から金を借りる所なんて想像できない。
 考えて、止めた。僕なんかに彼女の意図がわかる訳がない。多分誰にもわからない。彼女を理解出来るのは、彼女だけだ。
 よろしい、今日のテーマは己の価値。勿論答えは決まっているが、それだけ言っても会話にならない。式があってこそ答えがあるものだ。論述とマークシートは違う。
 ウェイトレスがトレイを手にやってきた。苺のショートケーキが僕の前に置かれる。置く時に音を立てなかったのは、流石プロと言った所か。
 僕は彼女の表情は変わらない。が、手と足を組み、やや斜体となって僕の方を見ている。彼女が話を聞く体勢だ。
「How much is yourself?」
 彼女が唐突に言った。よく澄んだ声は一片の迷いも無く、僕に質問として突き刺さる。
 その射線上。間にいたウェイトレスが正にティーカップを僕の前に置こうとした瞬間、ビクリと肩を震わせ、カツンという音が鳴り響いた。
 その音が、始まりの合図だった。


59 :No.14 How much is yourself? 2/4 ◇Ms.BlueNHo:08/01/28 17:05:18 ID:iApBR0zd
「君、アルバイトをしてたよね?」
 ウェイトレスがやや早足でテーブルを去った後、僕はティーカップを片手に会話を開始した。僕のターンだ。
「ええ、貴方も知ってるでしょう? 商店街の小さな本屋よ」
 僕達の通っている高校はアルバイトの許可が出ている。理由は特に必要無く、成績が著しく落ちない限りは何も言われない。僕はしていないけれど。
 彼女のアルバイト先は老夫婦が営む本当に小さな本屋で、アルバイトとしてはお世辞にも高いとは言えない時給だそうだ。
「何の為にしているの?」
 直球な質問だったと思うが、彼女は微動だにしなかった。流石に慣れている。
「別に……社会勉強と時間の有効活用。それと少しの賃金よ」
「この際だから前二つは置いておこう。少しの賃金、それは何の為に?」
 もう一度聞く。何の為に? と。
「家の為、他人の為、後は、自分の為よ」
「この際だから前二つは置いておこう。自分の為、そう言ったね?」
 僕は繰り返す。しかしもう何の為に? とは聞かない。
 自分の為、そう言ったから。
「自分自身の価値ってのはつまる所、自分が自分に対しどれだけの投資をしたかって事だと、僕は思う」
 彼女の目が、少し開いた。表情は相変わらずだが。
「……少し、難しいわね」
「簡単だよ? 多分すぐ終わる。明日も学校だしね、結論を急ごうか」
 僕はミルクティーを飲み干しティーカップをテーブル置いた。ケーキにはまだ手をつけていない。
「君は自分の時間を割き、アルバイトを始め、社会勉強と賃金と言う褒賞を貰った。さてこの場合、時間を割いたという事象は価値としてマイナスなんだろうか?」
「……いいえ。結果得るものがあったのだから、マイナス要素とは言えないわ」
「そうだね。とすると君は、時間を割いたと言うプラス要素に対し、更に社会勉強と賃金というプラス要素を手に入れた。そうなるね?」
「そう、なるわね」
 彼女の表情が、目に見えて変わってきた。無から哀に、哀から悲に。
「それなら君の価値は少なくともプラスだ。いくらかなんてものは君にしかわからない事だけど、少なくとも赤字じゃない……ハズ、なんだけど」
 僕は少し間をおいて、彼女に聞いた。

「僕には、君自身に価値があるようには見えないな。黒字でもなく赤字でもない、ゼロだ。どうして自分を無価値に、したがるのかな?」

 そして、彼女のターンが始まる。

60 :No.14 How much is yourself? 3/4 ◇Ms.BlueNHo:08/01/28 17:05:29 ID:iApBR0zd
「お見通しなのね。こんな話題を振った理由も、私自身の価値も」
 彼女は自嘲気味に笑った。今日始めて見る表情の変化だ。
「言ったろ? 価値なんて物は自分自身にしかわからない。……けど、君は特別だ。人に値段を付けて貰いたがってる」
 僕はそう言って、手をつけてなかったショートケーキを彼女へと差し出した。
「私ね、自分が怖いのよ。人様に迷惑かけてるんじゃないかとか、本当にこれでいいんだろうかとか、最近、そんな事ばっかり考えてる。無意識にね」
「そして『もしかしたら自分が他人の価値を下げているんじゃないか』とか考えちゃった?」
 彼女は黙って頷いた。僕はそれ以上、特に何も言葉をかけようとはしない。
「失敗すると迷惑かかるのは自分。でも、他人に迷惑かけるのも、また自分。それが、たまらなく怖い」
 僕は何も言わない。
「アルバイトだってそう。仕事をするのはいいけれど、何かミスがあると、見えない何かに押し潰されそうになる」
 僕は何も言わない。
「今はまだ値段ゼロで済んでいるけど、これ以上考えるとマイナスになっちゃうわ。そうしたらどうなるの? 価値なんて、どこから借りればいいの?」
「僕から借りればいいんじゃない?」
 僕は答えた。当たり前の事を、当たり前のように。
「……え? きゃっ」
 目に見えて戸惑っている彼女を見て、僕は指で彼女の額を軽くはじいた。
「難しく考えすぎだよ。価値なんて秒単位で増減を繰り返している。僕も、君もね」
 僕はちらりと、腕時計を見る。うん、そろそろいい時間だ。
「そして、金銭なんて有限だ。誰かがプラスになれば誰かがマイナスになる。それなのに、マイナスになったら潰されるなんて酷すぎると思わない?」
「だって、どうしようも無いじゃない、そんなの」
 僕は苦笑して、彼女の間違いを正してやる事にした。

「さっき自分で言っただろ? プラスの奴から借りればいいのさ。人間って、そういうもんだろ?」

61 :No.14 How much is yourself? 4/4 ◇Ms.BlueNHo:08/01/28 17:05:40 ID:iApBR0zd
「……私、難しく考え過ぎたのかしら」
「やっと気付いた? まぁその癖は君の病気っていうか、発作みたいなものだから。仕方ないんじゃない?」
 彼女は僕を半目で睨みつけた。ふざけ過ぎてしまったようだ。
「……じゃ、そろそろ行こうか」
 僕は彼女の目線から反れるように席を立ち上がろうとした。
「待って。まだ貴方の価値を聞いてないわ。貴方は自分を、どれくらいの人間だと思っているの?」
 彼女が呼び止めた。が、僕は迷わない。答えは、この店に入った時から決まっていた。
「2,394円。少なくとも、ね」
「……え?」
 目が点になっている彼女に、僕は紙切れを見せ付ける。追加注文分が記載された、伝票だ。
「返せなんて言わないよ。この値段分、君から僕への価値が上がるし、僕自身の男としての価値があがるから。……なんてね」
 僕は伝票を片手に、一人レジへ向かった。道半ば程で振り返り、未だ席でボーッとしている彼女に向けて声をかけた。
「ケーキ、食べちゃってね」

 店を出て、僕は彼女を待っていた。夕日が沈む直前の商店街は、人もまばらになっている。
 程なくして、店から彼女が出てきた。しっかりとした足取りでこちらに向かってくるが、顔はいつもの無表情に戻っていた。
「さて、また明日、かな」
「そうね。ここでお別れにしましょうか。……今日はありがとう、2,394円さん」
「どう致しまして。元気が出たようで何より。……それじゃ」
「待って!」
 彼女が呼び止めたのでどうかしたのかと振り向こうした時、強引に引っ張られて強引に向き直され、
「……!?」
 強引にキスされた。
 一瞬の事だったか、それとも数刻の事だったか。とにかく僕の思考はマヒし、気付いた時には彼女は僕の家路とは反対方向へと走り出していた。

「お釣りよ! 自分だけ価値上げようなんて許さないんだから。明日っからまた0円さんなんだからね!」

 去っていく彼女の後姿を見届け、完全に視界から消えたのを確認した後、僕は改めて踵を返した。
「How much is yourself? か。『これ』の値段は付けられそうにないな……。誰が誰に売るってんだ」
 まだ感触の残る唇に恥ずかしさを覚えつつ、僕は明日どうやって顔合わせようかなどと考えていた。(完)



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