【 金は天下の回りもの 】
◆VrZsdeGa.U




39 :No.10 金は天下の回りもの 1/4 ◇VrZsdeGa.U:08/01/28 16:20:53 ID:+qrCveeM
 金は天下の回りもの、という言葉を、ご存じの方は多いと思う。私がここに記すことは、
その諺を上手く利用し、その手に溺れていった男の話である。

 昔使った一万円札が、俺の手に戻ってきた。
経緯を詳しく話せば、ある日、俺はバイト先のコンビニから、給料を貰った。
茶封筒に入った十枚程度の一万円の束を数えていると、中に雉の画かれた一万円が紛れ込んでいたのだ。
現在流通している、二千四年に発行開始した一万円は、裏面には、平等院鳳凰像が画かれている。それ以前は、雉が印刷されていた。
つまり、給料として貰った一万円は、二千四年以前に発行されたものということになる。
 何故、それが昔使った一万円だとわかったかといえば、その一万円の左下隅に、小さく何かが記してあったのだ。
その一万円は、お年玉として貰った物であり、子ども心に、自分の所有物であるという印をつけなければ、気が済まなかったのだろう。
俺はそれに「X」と書いたのである。その文字は、俺の記憶を呼び起こすには十分なものだった。
しかも、俺がそんなことを覚えていたことにも我ながら驚くが、それ以上に驚くのは、この一万円がまだ流通していることだった。
二千四年以前に流通していた紙幣は、もう大半は回収されてしまっている。
これは、もう世間には数少ない、雉の画かれた一万円なのである。
しかし、この程度で、俺は奇跡を感じた、などということを話すには、あまりに物足りない。
こんな経験は稀なことだろうが、テレビ局が好き好んで流す奇跡体験話に比べても、あまりに小さいものだった。
とはいえ、重要な話はここからだ。

 数日後、俺は何も意識することなく、その一万円を、通販の支払に使ってしまった。使った後で、残しておけばよかったかと悔んだが、
まぁ仕方ない、とその時はすんなりと諦めて、一万円も、再び忘却の彼方に去ってしまうはずだった。だがその日の夜、
「俺この間、お前から一万円借りたよな? 返すよ」
 と、唐突に友人からメールが来た。何でも友人も突然思い出したことだそうで、給料が入ったから、返しておかなければいけない、
と思い立ったからだそうだ。近くのファーストフード店で待ち合わせをし、俺は友人の手から、一万円を渡された。
何とはなしに、その一万円の裏面を見ると、鳳凰像ではなく、雉が居座っていた。まさかと思い左下隅を見ると、
案の定「X」と記されていた。そこで俺は、友人が、宅配業者でバイトをしていることを思い出した。
意識して見ることはなかったが、もしかしたら、通販の宅配に来たあの業者は、この友人の勤める会社からの者じゃないか。
そして会社から給料を渡された際に、この一万円が友人の手に渡ったのではないか、という疑問が、俺の脳裏を掠めた。
しかし、それにしては出来過ぎている話だ、と思ったため、その時は特に、俺は何一つ意識することはなかった。

40 :No.10 金は天下の回りもの 2/4 ◇VrZsdeGa.U:08/01/28 16:21:17 ID:+qrCveeM
 それでもなお、不思議なことは続いた。次にその一万円を使ったのは、書店でのことだった。
勿論、その時も無意識に使ってしまい、使ったことすらも家に着いてからやっと認識したほどであった。
しかしその日の夜、
「明日通販がくるんだが、出掛けないといけないんだ。これ、支払に使ってくれないか」
 と、父親から一万円を渡された。ここまで言えば勘付くかもしれないが、それは雉の画かれた一万円だった。
無論、左下には「X」の文字。ここまでくると、何か使うのも気が引けるので、通販の支払いは、自分の財布から出した。
その後は、父がなぜその一万円を手に入れたのか。頭の中でそればかり渦巻いていたが、思えば父は出版社に勤めており、
なんらかの機会で、あの書店に寄ったのかもしれない、という推論が立った。出来すぎの感は、相変わらず否めなかったが。

 それからはもしかしたらという思いで、俺はありとあらゆる場所で、支払の際には一万円を使った。
その度に、何らかの形で一万円は、その日の内に戻ってきた。
そうした中で、一万円を渡し、いや、返しにきた相手に、ある共通点があるのに気づいた。
それは、その人間の懐が温まるということであった。最初に返しにきた友人は、その数日後昇給したとか言っていた。
父親は、より給料の良い部署に配属されたとか言っていたし、思えば勤めていたコンビニも、
僅かではあるが、業績が良くなっていたような気がする。極め付けは、一度も立ち寄ったことのない、ラーメン屋で使った時のことだった。
 昼時にも関わらず、客が一人も入ってないという、どう見ても体裁を為していない店であったのに、
俺が行った数日後、テレビを見ていると、再建プログラムとか、そんな名前の企画でその店が取り上げられていて、
一週間後に再び店に入った時には、
「何人並んでる?う〜ん……十数人くらいはいるかな。申し訳ないけど、並んでお待ちください」
 と、店長が言うほど、行列ができる店になっていた。ここまで来ると、
もうその一万円には、何か魔力めいたものがあるのではないか、と思うほどの事例の多さだった。
 しかし、ここで一つ問題があった。それは、その懐を温めさせる俺自身の懐が、全く温まらない、ということだった。
人々の財布を厚くさせる、幸福の使者。しかし当の使者の財布は、さっぱり厚くない。なんとも滑稽な話であった。
 しかし俺とて、手をこまいていたわけではない。その一万円を、株に利用することを思いついた。
まず適当に会社の株を一口買う。そして、その会社の製品を、なるべくその会社に直接渡されるように、
一万円を使って買う。そうすれば、その会社の業績は上がり、俺の持っている株の配当は高く返ってくる、という寸法を思いついた。
これが、本当に上手くハマった。我ながら信じられなくなるくらい、株価は上昇を続け、元手を軽く上回る配当も返ってきた。
それに味をしめた俺は、様々な業種の株に手をつけた。その分支出は増えるものの、見返りはその倍、かつ確実な収入。
実に割の良い投資だった。バイトもとうに辞め、いわゆるニートとしてでも、生計を立てられる収入を得た。

41 :No.10 金は天下の回りもの 3/4 ◇VrZsdeGa.U:08/01/28 16:21:45 ID:+qrCveeM
 が、ある日、郊外を歩いていると、俺の勤めていたコンビニが、別の店に変わっていたことに気付いた。
「コンビニ?あぁ、なんでも、売上が悪くなったみたいでね」
 とは、その近所の住民の話である。
 それからといえば、あの宅配業者の友人が、その後就職した会社で、上司と折り合いが付かず辞職したり、
父は左遷されたり、例のラーメン屋は、再び閑古鳥の鳴く店となったり、といった具合に、一万円に関わった人間や店が、
次々と何かしらの不幸に見舞われたのである。もしやと思い、俺は持っていた株をタイミングを見計らって、順序よく売りに出した。すると、
「……食品の食品偽装が明らかになり……」
「……の申告漏れが……」
 といった具合に、次々と俺が株を売った企業が評判を落とすようなニュースが出てきた。
またそうしたニュースがなくとも、ある程度の株価下落は至る業種で見受けられた。
一万円の新たな効力に気づいた俺は、以後も投資を進め、多くの収入を得たのだ。

 そんな日々が続いたある日、
「ウチで働いてみないか?」
 と、数人の黒服の男達から、唐突に声をかけられた。ここで断りの返事をしようものなら、命に関わることを察した俺は、
とりあえず話を聞こう、と切り出して男達から話を聞くことにした。男達はサラ金業者と名乗って名刺を出してきた。
そして、どこから話を聞き付けたのかはわからないが、俺が、ここ最近の経済の動きに関与していることを、
まるで調査済みかのように話してきたのである。ここで下手に嘘を言ったところで、何の意味も為さないと悟った俺は、
例の一万円のことを話した。男達はやはりそうか、と言わんばかりに顔を見合せ、互いに頷いていた。
 なんでも、サラ金として貸し付ける札束の中に、この一万円を紛れ込ませ、そこから確実な返済によって得られる、
大きな利潤を見込むのだという。後になればその返済者は、再び不幸に見舞われ、割の良いお客様が出来る、という論理だった。
最初は何とも稚拙な論理だとは思ったが、ここは素直に従うしかない、と俺は入社を決めた。
 それからといえば、嘘のようにこの策が奏功した。金利や貸付額の大小を問わず、面白いように、利潤を生んだのである。
一日に一回、ないし二回しかこの一万円を使用できないのがネックではあったが、普段の貸付だけでも、
それなりの利益を得ていたこの業者にとって、そのことはさして拘泥するほどのことでもなかった。
勿論、その貢献者である俺は、利潤の高い割合を取り分として受け取った。
加えて、株への投資もそれまでと変わらず行っていたため、一月それをするだけでも、相当な収入を得ることが出来たのである。

42 :No.10 金は天下の回りもの 4/4 ◇VrZsdeGa.U:08/01/28 16:22:12 ID:+qrCveeM
 こんな経緯で、今日も俺は動く株式市場を眺めながら、心地の良い椅子に、悠然と座っているわけだ。
初めに一万円が返ってきた際は、バイトで稼ぐ十万円に届くかどうかの月収しか、得られないでいたが、
今では、その何百倍もの金が、俺の懐に入ってくる。俺はポケットから雉の画かれた一万円を取り出し、それを満足げに見つめる。
この一万円には、もう足を向けて寝れなくなってしまった。ふと、ノックの音が部屋に響く。
「入っていいぞ」
 ドアを開け入ってきたのは、俺に入社を勧めてきた男だった。ドアを閉めると、
おもむろに、胸ポケットから何かを取り出しながら、こちらに向かってくる。
「くたばれ、成金野郎」
 音もなく、俺の胸を、何かが突き刺した。それが、銃弾であると気付いた時には、俺の体は椅子から崩れ落ちていた。
意識が、揺らいでいる。近づいてくる男の手には、サイレンサーの付いた銃が握られていた。
「……血迷ったか……」
 男は、俺の手からこぼれおちた一万円を拾い、吐き捨てるように言った。
「この一万円さえありゃあ、お前なんざ用済みなんだよ」
 俺はフラつきながらも、胸ポケットから銃を取り出そうとした。
「あがくな」
 そういって、男は再び引き金を引いた。

 以上が、私が聞いた話である。この話をしたのは、件のサラ金業者の、かつての社員である。
かつての社員、というのは、その後サラ金業者は官僚への癒着、取り立ての際の脅迫等の容疑が重なり、廃業したということによる。
しかも、件の男を殺し、それを隠蔽していたことも明らかになり、社員の大半は検挙されたとか。
元社員は、件の男が殺された後すぐに辞職し、検挙の手を逃れたという。なんでもこの話は、件の男が、
殺される数日前に、元社員とバーに寄った際、その席で酔いながら話したことだそうだ。
元社員の辞職は、その後に起こる業者の何らかの影響を、見越してのことだった。
 それと、件の一万円の行方は、元社員にわかるはずもなく、恐らく税務局の査察の際に引き取られでもしたのでは、
と元社員は話していた。いずれにしても、雉の画かれた一万円を見つけた際は、すぐに銀行や役所辺りに引き取ってもらい、
その後の金回りには用心した方が、懸命のようだ。
そういえば、最近、妙に株価の上昇を続けている銘柄があるようだが……。





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