【 嘘800 】
◆czxS/EpN86




43 :No.11 嘘800 1/5 ◇czxS/EpN86:08/01/28 16:51:44 ID:iApBR0zd
 「だからよお、あっちに行く目的っつたらオメー、一つしかねえだろが」
吸いさしのタバコを灰皿から漁りながら、畠山さんは俺に言った。
 「性転換ですか、お疲れ様です」
いい加減に答えながら、俺はやっつけでレポートを続ける。
 「違えよバカ!」
アパートに備え付けのコンロでタバコに火をつけ、いいか、と前置きする畠山さん。もう帰ってくれ。
 「繁華街の広場に行くだろ?そしたらよ、女が待ってるわけよ」
 「何を待ってるんです?」
ニヤリ、と畠山さんは笑った。
 「そりゃオマエ外国の観光客だよ、売春の相手探しってわけだ」
全ては、この会話が始まりだった気がする。


 数週間後、俺は機上の人になっていた。
なんて言ったって、
『女には7〜800円も出せば、ホイホイついてくる』らしいのだ。
これは由々しき事態ではないだろうか。
俺が深夜厳かにこんにゃくに切れ目を入れている間に、異国ではふくらみかけが
足長おじさんとスプリングセール中なのだ。
俺がAVを1泊にしようか当日にしようか迷っている間に、異国では青い果実たちがディスカウント特価で
メイクラブし、毎夜椿の花がボトボト落下しているのだ。

「神め、俺をエデンから追放した罪は重いぜ……くくく」

機内に置かれていた聖書にありったけの呪詛を込めている間に、飛行機は異国へ到着した。

44 :No.11 嘘800 2/5 ◇czxS/EpN86:08/01/28 16:52:02 ID:iApBR0zd
その夜、俺はその地方有数の繁華街に足を踏み入れていた。
 どういう事だバカ野郎、返せよ俺のときめき
それらしき人達は確かにいる。見たところ少女と言うよりも、大学生くらいだろうか。
それはいいよ、それは。
問題は、その女達が俺に声を掛けてこないことだ。
どうやら、俺は地元の浮浪者の中に溶け込んでいるらしい。
(おかしいだろ、もうどこから見てもお前らのお誘い待ちだろうが、俺は!)
俺の照りつけるような熱視線に反応は……
無い。畜生。
上を向いて歩こうを口ずさみ、さりげなく日本人アピールタイ……
駄目だ、あれはヤク中を見る目だった。

 いかん、方法を変えよう。このままでは俺の言葉にできない何かまで傷ついてしまう。
俺は適当な子を選んで声を掛けることにした。
しかし、俺は大事な事を忘れていた。
交渉の仕方だ。
俺の持ってきた「海外旅行のよくわかるHOW TO英会話」には、
『現地の少女とバリュー価格でお楽しみになりたい場合』という対話例のページは存在しなかったのだ。
だが、今は出版社への怒りを楽しんでいる場合では無い。

俺は左手の親指と人差し指ででOを作り、そこへ右手の人差し指を絶え間なく抜き差しするという
完璧なるサインを編み出すことに成功した。
いやあ、人間の力って素晴らしいなぁ。

45 :No.11 嘘800 3/5 ◇czxS/EpN86:08/01/28 16:52:27 ID:iApBR0zd
 数分後、そこには思いつく限りの卑語を並べ立てて心中で毒づく俺がいた。

豚はお断りってか?そりゃ結構だ、豚は豚らしくしてりゃあいいんだろっ!
俺は屋台で買った瓶入りのコーラをぐいぐい煽った。
俺の卑猥な単語のレパートリーが3桁に突入しようかという間にも、既に結構な数の男女が入れ替わり立ち替わりしていた。
それを眺めながら、ホテルで一発抜いてから寝るか、それとも不本意だが公営の風俗で事を済ませるか、考えあぐねていた。
 「オキャクサン、チョト」
声を掛けられたのは、そんな時だった。
片言ではあるが、十分聞き取れる日本語で、
「ヒトリ?」
「イイヒトイル」
と一生懸命話しかけてきてくれるのが、俺の荒みきった心を癒してくれた。
男の小さなスクーターに無理矢理二人乗りし、走り出してどれくらい経ったか。俺の中で
『この男が俺の相手をしてくれるという可能性』
『明日の朝日を拝めない可能性』
の二つが微かな不安と共に結論としてまとまり始めた時、ようやく目的地についたようだった。
すごいな、が第一印象だった。そこは、掘っ立て小屋そのものだったからだ。
案内されたのは、そのさらに奥にある、小さな小屋だった。
中には毛布とシーツ、タオルケットが置いてあった。
ジジジ、と音が鳴る電球を見つめながら、待つこと数分。
静かに扉が開き、一人の女性が入ってきた。


 年の頃は30、いや、もしかしたら40くらいはいっているかもしれない。完璧なる熟女だった。
俺は早くもさきほどの男に怒りを覚えていた。
この見た目ではどう転んだってパンをくわえて曲がり角でぶつかったりはしない。
自転車のサドルに買い物袋をかぶせちゃうほうじゃないか。
これならレッツ高楊枝してもいいかもしれない。

46 :No.11 嘘800 4/5 ◇czxS/EpN86:08/01/28 16:52:40 ID:iApBR0zd
何が椿の花だバカ野郎、責任者出て来い!
俺は覚悟を決め、宣戦布告なきまま熟女と開戦した。

だんじり祭りかと間違うほどの荒っぽさと、極めて事務的なやりとりの元に行為を済ませた俺。
朝まではここにいてもいい、という微妙に嬉しいのか嬉しくないのか分からない事を告げられ、
つたない英語と身振り手振りで少しずつ少しずつ目の前の熟女と邂逅していった。

「あれ、私の旦那」
朗らかに笑って告げた熟女。

娘たちを学校に行かせたい、そう熟女は告げた。
聞き取れたのは、それくらい。

『このくらいのこと、何でもないよ』
そういう顔で、熟女はずっと話していた。

「sorry…」
俺の口からは自然にその言葉が出ていた。
熟女は黙って俺にくちづけた。
どこか、懐かしかったのを覚えている。

主人の手に、ポケットから札を出して握らせた。
「多すぎる、受け取れない」
結局、その半分も受け取ってくれなかった。
俺に遠慮する必要など、全く無いというのに。

47 :No.11 嘘800 5/5 ◇czxS/EpN86:08/01/28 16:52:51 ID:iApBR0zd
帰国日に空港で通貨を両替した時、あの時いくら渡したのかを計算した。
日本円で800円に届くか届かないかだった。

「800円」
たったこれだけの為に、夫婦は売春をしていた。
愛しているであろう妻を、他の男に抱かせていた。
この感情は、果たして何なのか?


あれから月日は確実に流れて、様々な物が移ろい、変わり行く中で、それでも未だに考える。

今この時もあの熟女はあの薄暗い小屋の中で、ケンカ神輿の如く腰を振っているのだろうか。
俺では無い誰かに、『何でも無いよ』って顔をして。

―愛する者の為に。今も。

〈了〉



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