【 敗北 】
◆7AU9V6jy46




34 :No.09 敗北 1/5 ◇7AU9V6jy46:08/01/28 16:18:34 ID:+qrCveeM
僕がいわゆる『億万長者』になってから562日経ち、そうなるために今も続けている、デイトレーディングを始めてから1079日経っている。
さらにそのタネ銭稼ぎを始めたのは大体五年前で、ちょっとしたカジノのようなところでバイトをしたりと、危険な橋に足を何度か踏み入れた事もあった。
日によって保有する株の数や銘柄、寝る時間、大きくまとめれば僕自身が、まったく違う形で表現され得るものだったけれど、全ての日々に共通する事が、曇りの日の様な憂鬱な日々が、嵐のような速さで過ぎ去っていった事だ。
そんな僕にも、ガールフレンドがやっと出来た。91日前のことだ。
彼女との馴れ初めは、詳しく話しても、五分あれば語れるような、簡潔なものだ。
僕の住むマンションの一階に在るバーで、そのとき、客は僕と彼女の二人だけだった。
なんとなく僕らは会話を始め、その数分の会話の中で、僕には、彼女は明るい性格だが、訳あって今は住む家が無く、しかし、別に頭が悪い『訳』では無い事がわかり、
それから、彼女には、パジャマみたいな服を着ている僕が、以外にも裕福な生活をしていることが分かったらしかった。
そして、酔った勢いで、僕らはその日の夜から同居する事になった。

35 :No.09 敗北 2/5 ◇7AU9V6jy46:08/01/28 16:18:59 ID:+qrCveeM
僕は昨日、ひとつの質問を彼女に投げかけた。
なぜ、君は、僕と一緒にいるのか?
すると彼女は、すぐに「お金持ちだから」と返した。
予想の範囲内であったけれど、衝撃だった。
いや、詳しく言えば、本当はそう思っているんじゃないか、という事はなんとなく分かっていたつもりだったし、そこが気になって、そんなくだらない質問をしたのだ。
ただ、それを、正直に言われた事が、衝撃だった。普通は、嘘でも、愛してるからよ、とか、なにか甘い言葉でも、返すものじゃないのか?そうだろ?
僕は、とても静かに――泣きたくなり、怒り、笑い、そして少し考え――今さっき、一つの決意を固めた。

36 :No.09 敗北 3/5 ◇7AU9V6jy46:08/01/28 16:19:29 ID:+qrCveeM
朝起きると、彼女はコーヒーを立てながら、ウォークマンで音楽を聴いていた。僕を起こさないための、そしてきっと、金銭的効率向上のための配慮に違いない。
僕は彼女の背中に向かって話しかける。
「話があるんだ」
「分かってる」
彼女はコーヒー・ケトルを持つ手をぴたりと止め、
「今日のうちに、出て行くから、あと少しだけ、ここにいさせて」といった。
彼女は後ろを振り返りは、しなかった。
僕は、「わかった」とだけ言って、自分の部屋にもどり、パソコンの画面に映る数字を必死に、ただ必死に目で追った。

37 :No.09 敗北 4/5 ◇7AU9V6jy46:08/01/28 16:19:57 ID:+qrCveeM
金を稼ぐためじゃない。あふれ出そうな涙を、食い止めるためだ。
どうして。

どうして嘘をつくんだ。

きっと、金のためにここにいるんじゃないだろう?

つまり、僕がそれを試したから、僕を同じように、試したんだろ?もうただのセックスの相手じゃないって、分かってたことじゃないか。
それなのに、
それが分かってて、なぜ、僕は自分に嘘をつく?

そっとキッチンにいる彼女の様子を見てみる。
彼女は優しく、ペアのマグカップの片方を、何度も何度も、撫でていた。
僕が使っている方だ。
息が、詰まった。
僕は彼女の元へ駆け出し、そして、強く強く抱きしめ、ごめん、愛してる、出て行かないで、と、嗚咽を交え、ずっと繰り返した。
始めのうち、彼女はびっくりしていたようだが、しだいに彼女も、大声を出して泣き始めた。

しかし、その日の夜、彼女は、僕の口座の中の百万といくらかと一緒に、消えてしまった。
もう僕には訳が分からなかった。涙も出なかった。
そして、全ての有価証券や外貨なんかを、二ヶ月あまりで、適当に(もちろん、ものすごく大雑把に、という意味で)処分し、死ぬまで一人で静かに暮らそう、と誓った。

38 :No.09 敗北 5/5 ◇7AU9V6jy46:08/01/28 16:20:23 ID:+qrCveeM
そんで、誓ってから二年、そんな誓いは破り捨ててやった。
彼女が、還ってきたからだ。
たくさんのものを僕に返すために。
それは目立つものを挙げれば、見た事しかないほどの額の利子をつけた返済金と、
世界で一番、価値のある「ただいま」と、
それからもう一つ、何よりも大事な――。





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