【 貧者と悪魔と賢者と貨幣 】
◆dHfRem3ndk




30 :No.08 貧者と悪魔と賢者と貨幣 1/4◇dHfRem3ndk:08/01/28 16:12:33 ID:+qrCveeM
 マルコの一家にはお金が無かった。
 だからマルコが父の病気を治す為、薬を買おうと家の中の全財産を集めた時、銀貨五枚と銅貨二十枚しか無かった。
 三日ほど前に、西の森のうち捨てられた炭焼き小屋に、紫のローブを着た不吉な魔女が住み着いたという噂を聞いた時、
マルコは父の病気を治す為ならば、自分の命を代価に差し出しても良いつもりで魔女の家を訪れた。
 マルコが炭焼き小屋のドアをノックしようとした時、まるで来訪を予測していたかのように「入っておいで」と嗄れた声が聞こえた。

 小屋の中は暗く雑然としていたが、小さなテーブルの上に赤い布が引いてあり、
その上に置かれた水晶玉とその横に置かれた小さな壜が、淡く七色の光を放っていた。

 「お前が来た理由は水晶玉が教えてくれたよ、だが生憎とお前の父の病気を治す魔法の品物は一つしかなくてねぇ、『壜の悪魔』と言うのじゃが……」
 紫のフードに曲がった体躯を隠した老婆らしき人物は、不気味な笑みを浮かべ水晶玉の横の壜を手にとった。
 その壜の中には小さな悪魔が入っており、壜が揺れる度にキーキーと鳴き声を立てていた。
 「お金は……銀貨五枚と銅貨二十枚しか有りません、足りない分は、その……」言い淀むマルコに、魔女は答えた。
 「お金という物は人の頭の中にしかないもんじゃ。品物自体は銅貨二枚でええ。
そんな事より品物を使う際ルールを一度だけ言う、それを聞いてから買うか買わないか決めるのじゃ。」魔女はそう言って説明を始めた。
 ――そのルールとは、
 一、壜の悪魔は魔力で願い事を1つ叶えることが出来るが、願いを叶えたら壜を売らなければならない。
 一、それは買ったときよりも『安い値段』でなければならない。
 一、誰かに売る事が出来なかった場合のみ、壜の悪魔は所有者の魂を得て地獄に帰る。 ――という物であった。

 「人間の欲など、金か長寿か恨みじゃろう?それらに関してのみ、壜の中の悪魔は願いを一つ叶えてくれる。
わしが言いたいのは値段じゃ、銅貨二枚、あと一回だけ誰かに売りつけられるじゃろう?馬鹿を騙せば良いんじゃ。
誰かを不幸に陥れれば、お前の父の病気は治るわ」そういうと魔女はローブの奥から邪悪な声を出して笑った。
 「解りました……買います。」マルコは銅貨二枚を差し出し壜を受け取った。
 魔女は満足げに頷くと「確かにお前は『壜の悪魔』を銅貨2枚で買った」と地獄の奥底から響くような声でそう宣言し、マルコの前から煙のように溶けて消えた。

 マルコは、もぬけの空となった炭焼き小屋の中で暫く佇んで居たが、
手の中の七色に光る壜に「親父の病気を治してください」と願いを呟き、壜を恐ろしそうに懐に入れると、家路についた。

31 :No.08 貧者と悪魔と賢者と貨幣 2/4◇dHfRem3ndk:08/01/28 16:13:03 ID:+qrCveeM
 息子を捜していたアンナは目を疑った。魔女が住み着いたと噂される西の森へと続く小道から、息子が足早に出てきたからである。
 マルコはアンナに、自分の命と引き替えに父親の病気を治す魔法を授かったと嘘をついた。
壜のルールを知れば、母親は銅貨一枚でこの壜を買うだろうとそう思ったからだ。
 だがそのとき壜の悪魔が口をきいた。
「駄目だぜ、ルール違反だ、願いを叶えたとき、あんたはこの俺を必ず『誰か』に売らなければならない」
 マルコとアンナは小悪魔の声に立ち竦んだ。
 「俺様を捨てることは出来ないし、売らなければさっきの願いを取り消すまでだ。
だがあんたの親父は死にかけてる。今夜が山だぜ?願いを決めるのなら速い方が良いんじゃないか?」と悪魔は高笑いをした。

 「魔女と取引したのかい?なんて馬鹿なことを……」
 壜について息子から説明を受けたアンナは、そう言うとその場に座り込んだ。
 誰が次で売れなくなる壜を買ってくれるというのか?だがアンナは息子を救うために言った。
 「私が買うよ、銅貨一枚だろ。悪魔よこれで息子はたすかるんだね?」
 必死で止めるマルコと言い争いになった時、「それは悪魔の壜じゃな?」という場違いな声がした。
 親子は驚き、声のした方を見た。

 そこには何時から居たのか、たっぷりと髭を蓄え、薄緑のローブに身を包む老人が一人立っていた。
 その頭巾から親子を見つめる眼に、人を安心させる何かを宿しつつ老人は聞いた。
 「その壜の価値は今……幾らかね?」
 「銅貨二枚です。」マルコが答える。
 「次に買う奴はよっぽどの馬鹿だぁ、まあ命と引き替えに買うんだ、死ぬ前に一つだけ望みを叶えてやるがね。
なんて俺様は優しいんだろう?ヒヒヒヒィ」小悪魔が甲高い笑い声を上げる。
 それを聞いた老人は、親子に聞いた。
 「ところで、二人とも、いま懐に、少なくとも銅貨を二枚持っておるかね?」
 「ええ、それくらいなら」とアンナは答える。
 すると老人は笑いだし、足下にあった丸い小石を拾いこう言った。
 「では母親よ、二枚の内の片方の銅貨でこの小石を買うのじゃ。」

32 :No.08 貧者と悪魔と賢者と貨幣 3/4◇dHfRem3ndk:08/01/28 16:13:32 ID:+qrCveeM
 マルコは怒り「何でそんな事をしなきゃならないんだよ!!」と老人に詰め寄った。
 すると老人は「お金は頭の中にしか無い物だからじゃ」と答えた。
 その言葉にハッとしたマルコは怒るのを辞め老人に聞いた
 「それで……助かるのかい、じいさん」
 老人は自信たっぷりに頷いた。

 「夫と息子が助かるのなら、私は何も望みません、家族の幸せが私の幸せです」
アンナは小石を銅貨一枚で買い、きっぱりとそう言った。それは本心からの言葉だった。
 小悪魔は小馬鹿にした様子で小石を買う様子を見つめていたが、老人が次に発した言葉を聞いて眼を剥いた。

 「では母親よ、その小石を銅貨一枚の価値がある物として、その壜を買いなさい」
 この言葉の意味が判ったのは、その場にいるのは老人を除けば小悪魔一匹だけだった。
 母親は『銅貨一枚の価値がある物として小石を息子に渡し』、『その換わりに壜を受け取った』
「さて家族の幸せという願いは叶って居るの?」老人はにやりと笑い、口を開いた。
「それでは息子よその手元の『小石と銅貨一枚を併せて』母親から壜を受け取るが良い」老人がそう言った時、初めて親子も理解した。

 小石に銅貨を一枚併せて渡すだけで、『前よりも銅貨一枚だけ低い貨幣』として壜をやりとり出来る事に。
 更に言えば、銅貨と一緒に小石を渡されるのだから銅貨は手元に必ず一枚残る。
小石と共に銅貨を渡せば良いのだから、『悪魔を永久に使役できる』と言う事と同じである事を。
 悪魔は人の魂を陰鬱にさせる絶望の声を発し、打ち拉がれて泣き出した。
「ああ、俺様は……地獄にいる家族の元へ帰る事だけを希望に今まで生きてきたのに、
狂えず、死ねず、永劫に人が滅び去るまでこの儘なのか……」
 「お前だって人の魂を取ろうとしてたんだろ。お前がいれば貧乏とはおさらばだ。
覚悟しておけよ悪魔め。――さあ母さん、速くその壜を俺に渡してくれ!!」
 永久に金貨を得る事が出来ると知ったマルコの顔には悪魔のような表情が浮かび始めていた。

33 :No.08 貧者と悪魔と賢者と貨幣 4/4◇dHfRem3ndk:08/01/28 16:14:04 ID:+qrCveeM
 それを見ていたアンナはしばらく考えた後、悪魔に言った。
「あんたが誰にも危害を加えず、大人しく地獄に戻るというのなら、そこから出してあげるよ。
弱い者を永久に犠牲にし続ける物なんて、神様の御心に沿っちゃ居ないんだから。」
 悪魔は信じられないような物を見るような目でアンナを見た後、大人しく地獄に帰る事を誓った。
 マルコは少し残念そうな顔をしたが、渋々アンナに従った。
 壜の蓋を開けると、悪魔は真摯な顔で一度だけお礼を言ったあと、空の彼方に飛び去った。
 親子が、自分達を助けてくれた老人にお礼を言おうと辺りを見渡した時、老人は既に居なくなっていた。
 親子の手には「銅貨一枚分の値打ちの小石」と「空っぽの壜」そして家族の幸せが残された。

おわり



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