16 :No.05 野口さんを巡る話 1/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/28 16:05:26 ID:+qrCveeM
「抵抗しなければ危害は加えない。大人しく金を出せ」
「嫌だよ、馬鹿」
いきなり隣に来た上に無茶苦茶言ってきた祐二を軽くあしらう。
可哀想に。日々の膨大なストレスで、頭が遂におかしくなってしまったのか。合掌。
「いや学、何俺に対して拝んでんの。そのポーズするの普通俺じゃない?」
そう言われればその通りである。まだ思考能力がこいつにも残っていたらしい。
「いいじゃん、千円、千円だけだからさー。金貸してくれよー」
「調子に乗るな。お前確か三週間前にも同じこと言ってたろうが」
「でもちゃんと返したじゃん、ねぇー。親切は人の為だぜー」
あまりにしつこい。講義で使ったノートをカバンに仕舞いながら、席から立ち上がり扉に向かう。
「そもそも何に使うんだよ……。それ言わないと貸す気にもならん」
問いかけながら後ろを振り向く。祐二は神妙そうな顔をして言った。
「いや実はな。お前に二週間前返した千円は、実は駒崎に借りた奴なんだ」
駒崎というのは一応俺たち共通の友人の名前だ。しかし、嫌な予感がする。
「更にそれでだな、今から一週間前、俺は駒崎に小暮から借りた千円を返した。
そして今現在、俺は小暮から金を返すよう催促を受けているという訳だ」
予感は確信へと変わった。オッケイ。俺は馬鹿を無視して教室を出る。
「ちょっと待てよおいー! 冷たいな、なんで友達を見捨てるんだよー」
「俺の友達には、自転車操業してるから金貸せなんて言う馬鹿は居ません」
あまつさえ、それを暴露するってどういうことだ。
「学ぅー、頼むよマジでさー。もう貸してくれるのお前くらいしか……」
駄目だこいつ……はやくなんとかしないと。
17 :No.05 野口さんを巡る話 2/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/28 16:05:56 ID:+qrCveeM
その時、ふとこの馬鹿を懲らしめる方法を思いついたので、ものは試しに言ってみる。
「じゃあ他の人に借りれば良いんじゃないのか?」
「いや、だからもう金貸してくれるような」
「新しく作ればいい。金を貸してくれるような知り合いを」
俺の言葉に、祐二は数瞬考えるような仕草をした後、一転食いついてきた。
「おお、すげぇな学! さすが秀才、その発想は俺には無いもんだわ!」
いかん本当に馬鹿だった、と思いながらも、俺は満面の笑みを作って喋る。
「実はこの案にはメリットが更に有ってな、それは今まで知らなかった人間と仲良くなれるっつーことなんだよ」
「ふむふむ」
「例えばお前、前からゼミの茶髪ロングの子気になってるって言ってたよな。その娘に話しかければいいんだよ、
何でも無いことのように『なぁ頼む、金、貸してくれないか?』ってな!」
「…………おお、成程! お前まじ天才!」
よせやい照れるじゃねぇか、なんて笑う俺を尻目に、あいつは標的の元へと向かって行った。
あいつがここまで正真正銘の馬鹿だとは。今まで気付かなかったのも問題だが、これからは付き合い方を考えなくてはいけないな。
「じゃあな学、ありがとよ!」
嬉しそうに走り去っていく祐二の背中が、何故か輝いてみえた。死地へ赴く戦士は、みんなあんな風に見えるものか。
愛すべき馬鹿だと思う。さっきは使うタイミングを間違ったが、今こそこうすべきだろう。俺は祐二に向けて掌を合わせた。
自然と今までの作り笑いが引っ込んで、逆にいやらしい類の笑みが自分に浮かんでくるのが分かった。明日が楽しみだ。
18 :No.05 野口さんを巡る話 3/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/28 16:06:26 ID:+qrCveeM
次の日。
「いやー、付き合うことになったんだわ。まったく、お前の言った以上だったぜ」
「うそぉおおおおおおおおおおっ!?」
俺の目の前には、教室内だっつーのにいちゃいちゃ引っ付くバカップルが一組。ガッデム。
「愛してるぜ」「私もー、ゆーじー」「くっそがぁああ!!」
なんだこの漂ってくる絶望的桃色オーラは! どんどん空気が侵食されていくのが分かる。
俺の居場所が無くなる、この場所で息をしているのが辛くなる! ここが地獄か!
「あー、そうそう金も結局貸してもらっちゃったからさ。それにこれからバイトするし、もう借りることもないと思うぜ」
こちらを全く見ないで、俺のかつての友人が調子の良いことばかり喋っている。
何でだ。一日しか経ってないのに、お前が全く違う人間に見えるぞ。そうか、分かったぞぉ。
お前は実は宇宙から来たポロロッカ星人で、祐二の姿を借りて生活しようとしているんだな。
全く、他の人間は欺けても、本物の祐二のマブダチである俺の目は誤魔化せねぇぞ。分かったか、この別人二十八号め。
「ん、まぁ、何だあれだ。お前も馬鹿してないで早く彼女見つけろよな」
見下された! 今俺を見下しやがったよこの元馬鹿で、現大馬鹿は! 彼女が居るのがそんなにえらいのかコンチクショウ!!
「分かった! お前にそんな手で彼女が出来るっつーなら、
俺もやってやろうじゃねぇか! 見てろ、明日には新しい俺を見せてやる!」
そう言うが早いか、俺はピンクな空間に背を向けて走り始めた。目指す先は俺の所属する研究室。
辿り着くと同時に扉を思い切り開け放つ。丁度俺の目的とする彼女もそこにいた。
あまり親しくはない、時々言葉を交わす程度の間柄の彼女。初めて見たのは入学してすぐ、一目ぼれだった。
「はあっ、は……み、宮崎さん!!」
「はいっ?」
突如現れた俺に驚いて小動物みたく硬直している。彼女だけでなく他のゼミの仲間も数人居てこちらを見ているが、
そんなの関係あるもんか。俺は歩を進め、彼女の前で立ち止まった。横にいる教授も不思議そうな目をしている。
「な、何ですか? 私に何か用事……?」
俺は心を落ち着け、ゆっくりと口を開いた。
19 :No.05 野口さんを巡る話 4/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/28 16:06:57 ID:+qrCveeM
「あれ? 学、どうした千円札なんて握り締めて? あれだけ意気込んで飛び出してったんだ、何かしてきたんだろう?」
帰ってきた俺を迎えたのは祐二だけだった。
「……うるせぇよ、馬鹿。何もしてねぇし……泣いてなんかねぇよ、うぅ」
明日から、俺どうやって学校で生活しよう。ああ、俺も馬鹿だったってことか。ああ。
講義が終わてから時間も経ち、皆出て行った教室には俺と祐二しか居なかった。
「──なぁ祐二? 今からさ飲みにでもいかねぇ?」
祐二の顔を見上げながら俺が呟いた言葉は、あっさりと蹴られた。
「あー、ごめんパス。金無いから俺、家で彼女と居るわ」
悪いな、と手を振りながら、祐二は教室をゆっくりと扉へと向かっていく。
「あとさ、悪いと思うからこれ言うんだけど」
教室ぎりぎりの所で祐二が振り向いてこちらに声を投げかける。
「彼女とは結構前から付き合っててさ、友達のお前に紹介するタイミング伺ってたんだよ。
それで昨日のあれで丁度良いかなぁ……、って。すまん、悪かったな」
じゃな、と今度こそ祐二は教室から出て行った。俺は一人になった。
静かになった教室で、手元の千円札に視線を落す。くしゃくしゃになった野口さんが、そう、まるでこちらを哀れむように見ていた。
了。