【 WAVE 】
◆Y0djreexPk




5 :No.02 WAVE 1/4 ◇Y0djreexPk:08/01/26 13:22:49 ID:19pLuUKv
真っ白なものが目の前に広がっている。一瞬どこにいたのか、どこを向いているのか分からな
くなって、携帯を手で探す。携帯を手に持ち、画面を広げると、自分のがどこにいるのか、誰な
のか、今が何時なのか分かる。ベッドを降りて、ペットボトルの炭酸飲料を飲む。炭酸は抜けて
いて、砂糖と何かの果実の微かな味だけを感じる。
 
「おはようございます。ケンイチ。今日の調子はいかかですか ?
おはよう。今日も変わらず憂鬱な朝だよ。
「今日も元気で何よりです。ケンイチ」
お前は俺の話なんていつも聞いてないな。
「私はいつもケンイチの話はすべて記憶し、精査し、理解していますよ。今朝も午前四時に自己診断プログラムを…」
もう分かったよ。今日の『WAVE』はどうだ?
「今日は溢れるような波紋はありません。静かな海のようです」
その中から、波紋のミクロをランダムで見せろ
「ok。ケンイチ」
昨日エントリーしたのは二〇〇八年に向けた、「巨人戦がテレビから消える日」だった。
今となっては、巨人もテレビも過去のものとなってしまったが、既に「今」という概念は限りなく薄れている。
すべての「時」はシミュレートされ、人々に「その時代に生きる」ことを可能にさせる。
大切なのは『WAVE』の波紋である。『WAVE』はたとえばアカシックレコードであり、たとえばブラフマンであり、たとえば人類共有の日誌である。そこに時間は関係無い。未来と過去と現在の境目は最早無いに等しい。
 「まずは、俺が発した波紋。昨日の俺のエントリーを見せてくれ」
 「ok。ケンイチ」

 「さて、最近、「この番組は見よう!」と思ってテレビを見ることがほとんど無くなりま
した。というの も、あんなサイトやこんなサイトやごにょごにょで、どんな番組でもほと
んど後から見られるからです。

6 :No.02 WAVE 2/4 ◇Y0djreexPk:08/01/26 13:23:23 ID:19pLuUKv
   なので、見たいコンテンツだけ、好きなときに、CMもカットされたネット上の動画の方
を選んでしまうのです。
つまり、「今」みなくてよくなったのです。
しかし、この「ネット上で見る動画」というのは、テレビと同じかというと、結構違うと
は思います。まあその話は長くなるので割愛するとして。
んでこうなってくると、「生中継を見る」という行為をする人は減ってくるのではないか
なと。
例えば昭和の時代の巨人戦というのは、「誰もが今見ている」という共通認識があって、
その「共通の夢」を見たくて、見ていたと思うのです。
しかし、その「今みんなが見ている」という認識が低下してくると、巨人戦を見る理由の
ほとんどは無くなってしまいます。
物事の本質だけを見る人は全体の二割にも満たないそうです。
残りの八割は本質以外の部分を欲して物事を見ます。
それは流行だったり、見かけだったり、物事の表面的な部分だけです。
そんな訳で純粋に「巨人軍のスポーツ的なパフォーマンスを見たい」という人以外は巨人
戦を見なくなる。いや、もう見なくなっている。
んで残りの巨人戦の本質を見たい人たちは、元々大衆と意識を共有したくて見ていた訳で
はないので、生放送で見る必要は無い。
となると、民放のテレビで生放送の巨人戦が見られるのもあと僅かかなと。
でもしばらくは消えません。それは何でかというと、
今の時点でもまだ、「巨人戦は国民みんなが見ている」と錯覚している人達がけっこう居
るのです。錯覚というか、腕が無い人が、腕の感覚があると感じている状態に近いのです
が。
そういう人達が完全に居なくなるころには、世間の価値観とかは一気に変わってると思う
のです。
僕らの世代が死ぬぐらいがぎりぎりかな。
んでプロ野球中継が民放で生き残るにはどうしたらいいかというと、「みんな見ている」
以外の価値観で生放送をみさせることですが、そんなのあるのかな。
何かあったらほんとに知りたい。
こんな風に冷ややかに語ってみましたが、僕は結構巨人戦が好きなので、寂しかったりも

7 :No.02 WAVE 3/4 ◇Y0djreexPk:08/01/26 13:23:51 ID:19pLuUKv
するのです。だから世の中のおとうさんたちはもっと寂しいと思うのです。」


 ありがとう。波紋のミクロ化の作業は終わったか?
  「終わりました。ごらんになりますか?」
 頼む。
  
  tatsu
  〈こういう現実になるのは野球のユニフォームがサッカーみたいに広告入れられないからだ
   と思う。つまり広告代理店都合なんではないかと。あとは常に巨人主導な報道になるから
   かな〉
こいつちゃんと俺のエントリー、理解してねぇな
mari
  〈わたしは野球好きだよ!丸刈り大好き!〉
馬鹿女。
moonchild
〈古い価値観で巨人戦を見続ける人達は案外しぶといと思います。そう簡単には消えないのでは〉
それはある。

よし、次は『WAVE』全体の波紋を見せてくれ。
「ok。ケンイチ」

波紋のイメージが俺の中に入ってくる。俺の小さい波紋は他の小さな波紋とぶつかり、大きくな
り、さらに他の波紋とぶつかり、地球全体に広がっていく。しばらくすると、俺が作った小さな
波紋はどこにも見つける事が出来ない。これが『WAVE』だ。十九世紀に電話・ラジオ。テレビ
などの電子メディアが誕生してから、情報は世界を光の速さで駆け抜け、世界を村に再分化した。
再び村に還元された世界は、かつての村以上に憎しみあい、傷つけあい、あらゆる意味での差別
を加速させた。しかし、昔と違うのは、たとえ、おなじ村に住んでいても人々はさみしかった。
そこで人々は、自分の一部を自分から切り離し、電子を通して全体の中に置くことにした。そう

8 :No.02 WAVE 4/4 ◇Y0djreexPk:08/01/26 13:24:17 ID:19pLuUKv
して常に自分の意識の一部を全体と繋ぐことにより、人は個であり、全体であるという存在にな
った。これが『WAVE』である。
『WAVE』は最早、あらゆるメディアとして機能している。『WAVE』は新聞であり、電話であり、
テレビであり、ネットである。貨幣もその例外では無かった。最初のうち、人々は波紋の影響を
分析し、その波紋の影響の大きさを格付けし、それに見合う貨幣を配分していた。しかし、その
うち『WAVE』の波紋の影響に格付けすることが何の意味もないということに気付き始めた。な
ぜならば、人々の一部は常に誰かの一部であり、そこに差分が生じることに意味を見出さなくな
っていったからである。私はケンイチだが、私は常にあなたであり、誰かである。
今や、貨幣と呼ばれるものを使用しているのは、ほんの一部の『WAVE』を受け入れられなかっ
た者たちだけである。
精神は肉体を完全に超え、なんの意味も持たなくなった。
私と私の肉体は「過去に『WAVE』の概念を伝えるための表現としてのもの」である。
「ケンイチ。話は終わったか?」
ああ。もうすぐ終わるよ。ケンイチ。
「ああ、二〇〇八年一月からまた波紋が一つ生まれた」

ひとしずくから生まれた波紋がきれいに広がっていく。



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