【 秘密 】
◆tsGpSwX8mo




89 :No.24 秘密 1/3 ◇tsGpSwX8mo:08/01/20 23:39:18 ID:skV5Bk2N
 終電を逃して泊まることになった同僚の部屋は、家具の一つ一つが凝ってい
て、普段の彼のイメージとは違った。
「もう一飲みするか?」
 彼は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出した。勧められて座ったソファは見た
ことがある。きっと有名な品なのだ。
「いい部屋だな、間接照明がちっともいやらしくない」
「どういう基準だよ」
 彼は笑った。それからビールをテーブルに置いて、ベッドに脱ぎ捨ててあっ
たジャージに着替えた。下着のままこちらを向いて
「お前も着替える? なんか貸すよ」
 と言ったが、俺は目を反らして断った。
「このままでいいよ」
「でもそのまま寝たらシワになるぜ?」
 それもそうだなと思い、「じゃあ」と服を借りる。彼は着替え終わるとクロー
ゼットからスウェットの上下を取り出して俺に渡した。
 タンスのにおいがした。他人の服を着るときのあの違和感は何度か経験して
きたけれど、そのどれとも違う感覚があった。
 俺が着替えている間に彼はキッチンへ向かい、着替え終わったころにスナッ
ク菓子を持って帰ってくる。
 二人がけのソファが一つだけあって、だから俺の隣に彼は座る。テーブルを

90 :No.24 秘密 2/3 ◇tsGpSwX8mo:08/01/20 23:39:33 ID:skV5Bk2N
挟んで置いてあるテレビは、あたりまえのように消えていて、画面には並んで
ソファに座る俺たちが映っている。
「乾杯」
 彼はビールの缶をあけると、まだ開けていない俺の缶に自分の缶を軽くぶつ
けてそう言った。俺が缶を開けるとプシュっと音が響いた。
「テレビつけようぜ」
 と俺は言うが、彼が渋る。
「せっかくなんだから今夜は語ろうぜ」
「つーか、お前が話したいだけだろ」
 夕方彼に連れ出されて今までずっと俺は彼の愚痴を聞いていた。彼はおとと
い彼女と別れたのだ。俺は彼とは仕事以外で喋ったことはほとんどなく、親し
い訳ではなかったが、誰かに愚痴を聞いてほしくてたまらない金曜の夜に捕ま
ったのが、たまたま俺だったのだ。
 彼は二本目のビールを飲みながらまだ彼女の話を俺に語る。彼女を知らない
俺はうなずくだけだが、話を聞きながら彼女を想像してみる。
 長い黒髪の女。笑うとえくぼのできる女。彼女は映画が好きで古い映画をよ
く知っていた。彼の部屋の棚には、聞いたこともない映画のDVDが並んでいる。
彼女は料理が好きだった。知らない国の知らない料理をネットでレシピを見て
作った。彼の部屋のキッチンには一度しか使われていない使い道のわからない
調味料がたくさんある。


91 :No.24 秘密 3/3 ◇tsGpSwX8mo:08/01/20 23:39:50 ID:skV5Bk2N
 テーブルの上に六本のビール缶が並んで彼は
「もう遅いから寝よう」
 と自分から始めた話を自分から切りやめた。
 満足したのだろうか。とは聞かない。
 彼はクローゼットの奥から布団を取り出して俺に渡す。それから
「ソファちょっと固いだろうからこれ使って」
 とベッドから枕をとって投げる。
「さんきゅ」
 俺は枕をキャッチして、ソファに寝転がる。
「けっこう寝心地いい」
「よかった」
 彼は電気を消してベッドに入る。おやすみ。おやすみ。
 ずいぶん飲んでいたからか、すぐに彼の寝息が聞こえた。俺は寝付けない。
寝心地がいいと言ってはみたが、二人がけのソファは窮屈でそんなわけはなく、
俺はぼんやりとベッドに寝る彼を見る。
 立ち上がろうとしたときに、顔の脇に長い一本の髪の毛を見つけ、やはり寝
ることにする。
 枕は一人用にしては大きくて、きっと二人で寝ていたのだろうと思う。俺は
この枕で俺の傍らで寝る彼を想像して枕を抱きしめる。それから「好きです」
と小さく言ってみる。声は確かにこの部屋に響いた。






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