【 女の子の秘密、勇者になる秘訣 】
◆dx10HbTEQg




84 :No.23 女の子の秘密、勇者になる秘訣 1/5 ◇dx10HbTEQg:08/01/20 23:25:56 ID:skV5Bk2N
 誰もが体験してないことを知っているというのは、勇者の証だ。真新しい白い眼帯を鏡で確か
て、僕はにんまりと笑った。伊達政宗だって眼帯だった。きっと源義経も織田信長も西郷隆盛も
帯だったに違いない。本当は黒の方がかっこいいと思ったのに、お医者さんに笑い飛ばされてし
まった。勇者じゃないやつにはこの重要さが分からないのかもしれない。
 学校では今授業をやっているはずで、けれど僕がいるべき場所には誰もいない。きっと先生か
ら遅刻するってことがクラスメイトに伝えられていて、皆はどうしたんだろう、大丈夫かな、と心配
してる。そこに颯爽と現れる眼帯をつけた僕。まるでヒーローだ。かっこいい!
「じゃ、行ってらっしゃい。気をつけるのよ、タカシ」
 元気よく返事をして車から飛び降りる。がらんとした正門は少し怖かったけれど、ばたばたと思
い切り音を立てて走り抜けてやった。これくらいでビビってちゃ駄目だ。
 だって、僕は勇者なんだから。

 あれ、と僕は首をかしげた。意気揚々と入った教室は、なんでか想像と随分違ったのだ。予定で
はそこそこ静かに授業を受けているところに、大きな音を立てて扉を開く。皆の注目を浴びながら
席に座って、休み時間になったら質問攻めになるはずだった。
 なのに今、教室には女子しかいない。黒板には「生理」だとか「子宮」だとかそんな文字と、変な
虫みたいな絵がかかれている。その横には、うわっ! 男と女の裸の絵がある。前にケンちゃ
んの家で見たビデオくらい、おっぱいが大きい。
 そして一番予定外だったのは、女子たちの冷たい視線。歓迎の雰囲気なんて微塵ももなく、それどころか「出てけ」とか「えっち!」とかそんな声さえ聞こえた。えっちって僕が何をしたの!
 不意に目が合ったミキちゃんまでもが顔をしかめていて、僕の心臓にずがーんとぶっとい棘が
突き刺さった。なんで? なんで?
 困って先生を見ると、先生も同じくらい困惑した顔をして、でもきっぱりと言い切った。
「男子は体育館に集まってるから、そっち行ってね」
 なんなんだよ、本当に。

 言われたとおりに体育館に向かうと、なんともう授業は終わったらしかった。皆冷たい床に座っ
たり寝転んだりしている。
 何人かの友達がちらちら僕の方を見て、大丈夫かとか、その眼帯どうした、とか聞いてくる。け
れどそのテンションはどこかおかしくて、よく見れば皆何か浮ついた様子だった。やっぱり、なんか
変だ。一体なにが起こっているのだろう。移動式ボードの文字はすでに消されてしまっている。

85 :No.23 女の子の秘密、勇者になる秘訣 2/5 ◇dx10HbTEQg:08/01/20 23:26:13 ID:skV5Bk2N
 体育館を見渡しても先生はどこにもいなくて、仕方なくケンちゃんの隣に座る。
「おはよタカちゃん。その目どしたん?」
「もの……もらい? だったかな。朝起きたら膨れててさ、病院行ってた」
「あ、それ俺もやった。痛いよなー」
 なーんだ。僕の興奮はしゅるしゅると縮んでしまった。特別なことが起こったと思ったのに、本当は珍しくなんてなかったのかな。僕は勇者じゃなかったんだ。
「教室戻んねえの? 寒いよここ」
「女子が終わるまで待機ー! だってさ。うぜー」
「なんで? てか何やってたの、今まで」
 今日一番気になっていたことをやっと問うと、難しい顔をしてケンちゃんは腕を組んだ。そんなに
大変なことをやったのだろうか。テスト、あるのかな。大丈夫かな。
「なんだよ、もう。さっき教室行っちゃったんだけどさ、その時の女子の反応が――」
「うそ! 教室行ったのか! すっげえ!」
 ケンちゃんの大声に、皆の注目が集まる。うわ、うわ、僕、何かすごいことしたのかな!
「え、マジ? 教室乗り込んだの? 目、どうしたの?」
 近くで寝転んでいた、普段話さない奴らまで話しかけてきた。粗雑で乱暴でうるさくて、結構苦
手な奴らだったのだけれど、今の僕には全然気にならなかった。
「うん。ものもらいでさ、病院に行って」
「そっちはどうでもいいんだって。で、どうだった、女子」
 やっぱりどうでもいいのか、眼帯。寂しい気分になりながらも、教室を頭の中で再現する。
「どうっていっても……すぐに追い出されちゃった。黒板に裸の絵とかがあったけど」
「へー。何やってたのかはわかる?」
「だからすぐ追い出されちゃったんだって。えっちとか、馬鹿とか、すごい怒られた」
 それを聞くと、なぜかそいつらは口笛を吹いて、僕に背を向けてしまった。僕は上手にできない
からうらやましいなと思いつつ、どうして口笛なんだろうと首をかしげる。詳しく聞こうにももう僕な
んて視界にも入っていないみたいで、仲間との会話に一生懸命だ。質問に答えてあげたんだか
ら、ありがとう、くらい言えばいいのに。
「なんだったの、ケンちゃん」
 ケンちゃんに向き直ると、彼はやっぱり難しそうな顔をして、うーんと唸った。ちょっとだけ顔を赤
くして、僕の耳元で囁く。

86 :No.23 女の子の秘密、勇者になる秘訣 3/5 ◇dx10HbTEQg:08/01/20 23:26:30 ID:skV5Bk2N
「つまりさ、ほら、前、ビデオ見ただろ? 兄ちゃんのやつ」
「え、あ、うん。……見た」
「そういう、こと」
 そういうこと、そういうこと……そういうこと!
 頭の中で、裸の女の人と、裸の男の人と、皺くちゃのシーツがちかちかとフラッシュバックして、
“そういうこと”の理解が及んだその瞬間。
「女子が終わったから教室戻りなさーい!」
 そんな先生ののせいで、ケンちゃんに問いただすタイミングを逃してしまったのだった。

「おはよう、タカシ君。大丈夫? その目」
 ぐるぐるとした頭を押さえつけながらぐてーと休み時間を満喫していると、いつのまにかミキちゃん
が隣に立っていた。クラスの女子で一番背が高くて、すごくかわいい。やっと真剣に目のことを聞
いてくれた初めての女の子に感激しつつ、小学生にしては大きい胸に、視線が向かう。
 ケンちゃんのビデオ。意味が分からなくて、気持ち悪くて、でも変な気分になったアレ。
「タカシ君?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「そっか、心配しちゃった。よかったね、たいしたことなくて」
 あ、しまった。昇ってくる熱を持て余して、眼帯の自慢をし忘れてしまった。勇者になるのはあき
らめるしかないのかなあ。パッとしないタイプの僕が目立てる機会なんて沢山あるわけじゃないの
に。……でも、ミキちゃんに心配されたから、満足しようかな。
 そう思ってミキちゃんの顔を見て……思い出してしまった。嫌そうに、不安そうに僕を見た、さっ
きのこと。
 うつむいてしまった僕に、ミキちゃんは心配そうに声を低くする。
「どうしたの、やっぱり体調悪い? 先生呼ぼうか?」
「だ、大丈夫、大丈夫だけど……えっと、その」
 ごめん。
 情けないくらい小さな声だったけれど、ミキちゃんには届いたみたいだった。可愛らしく首を傾げ
て、でもすぐに思い当たったらしく、苦笑して僕の机の前に座り込む。
「ううん。知らなかったんだもんね、仕方ないよ。タカシ君は悪くない」
 慰めてくれるミキちゃんに、また熱い熱がどこからか昇ってきた。ああ、なんて優しい子なんだろう。

87 :No.23 女の子の秘密、勇者になる秘訣 4/5 ◇dx10HbTEQg:08/01/20 23:27:07 ID:skV5Bk2N
もし彼女に嫌われてしまっていたら生きてなんていけない。
 なんだか照れてしまって、ありがとう、と小さいけれどさっきよりは大きい声で伝える。「なんでお
礼言うの」、とミキちゃんが笑う。
 本当は他の女子にも謝らなければならなかったのかもしれないけれど、もうどうでもよかった。ミ
キちゃんにさえ許してもらえれば、それでいい。
「あ、じゃあ私は、ちょっと、行くから」
 不意にミキちゃんは立ち上がり、二つ離れた彼女の席に戻る。鞄を持って外にでようとする彼女
に、僕は「あれ?」と声をあげる。
「帰るの? ミキちゃん」
「え、ううん。トイレだよ」
「じゃあなんで鞄?」
 ミキちゃんが、ごまかすように笑った。その困ったような顔に僕はむっとする。謎の男女別授業と
いい、ケンちゃんといい、今日はどうしてはっきりしないことが多いんだろう。ミキちゃんだけはそう
じゃなかったと安心した矢先に、これだ。なんだか裏切られたようが気さえしてしまって、問い詰め
るように僕は声を大きくする。
「なんで、トイレ行くのに鞄がいるの?」
 その声に反応して、クラスの幾人かの視線が集まった。やばい、マズったかも。
 ミキちゃんは泣きそうに顔をゆがめて、おろおろと僕と周りとを交互に見る。その様子が痛々しく
て、でもこの状況を作り出したのは僕自身で、眼帯の奥から涙がにじむのが分かった。ううう、死
にたい。悪いのは、僕なのに。
 情けなさ全開の囁くような声で謝ろうとしたけれど……遅かった。
「へへへ! もーらいっ!」
 小さすぎる僕の声を聞き取ろうと、ミキちゃんが気を抜いた一瞬のことだった。その隙をついて、
体育館で僕に話しかけてきた、乱暴な奴らの一人がミキちゃんの鞄を奪っていた。
「やだっ! か、返して!」
「返すもんかばーか。トイレに鞄! 謎は解けた!」
 鞄を勝手に弄る男子に、ミキちゃんが真っ赤になって駆け寄る。しかし素直に返すような奴では
なく、十分に引き付けた瞬間を狙って仲間に鞄を投げ渡す。背の高さを利用して男子を押さえつ
けようとする彼女だけど、奴らの素早さにはかなわない。気がついたらミキちゃんは三人に囲まれ
ていて、取り返そうとしては鞄を投げられ、その先を追ってはまた投げられ、を繰り返していた。

88 :No.23 女の子の秘密、勇者になる秘訣 5/5 ◇dx10HbTEQg:08/01/20 23:28:34 ID:skV5Bk2N
 僕はどうしたらいいんだろう。ミキちゃんを助けたいけど、あいつらは怖い。だってほら、クラスの
皆も遠巻きに見つめているだけじゃないか。こういう時ってリーダー格の女子が進み出るものじゃ
ないかと思ってたのに、今日に限って不安そうに顔を歪めているだけだった。なんで?
 そうやって僕が迷っていると、遂に目的のものを発見したらしく奴らは雄叫びをあげた。
 その手にあるのは小さな薄桃色の巾着で、ぽっこりと膨れている。
「やだ、やだっ! ねえ返して! 返してよう!」
 勢いあまって彼女はその男子のところに突っ込んだ。そして巾着が投げられた先は、僕の方。
「よっしゃタカシ、開けろ!」
 奴の命令と、転がったミキちゃん。どうしようどうしようどうしよう。きっと開ければミキちゃんに嫌
われて、開けなかったら殴られる。正直中身は気になる。
「返して、ねえタカシ君……お願い」
 逡巡していると、泣きそうなミキちゃんの声が心臓にずがーんと突き刺さった。可愛くて、優しい
彼女が、悲しんでいる。僕は小さく頷いた。もし彼女に嫌われたら生きていけないんだ、僕は。
「返すよミキちゃ……あれ」
 そう、投げようとしたのが、悪かった。だって皆気にしてくれないから忘れていたんだ。今日の僕
は片目で、方向感覚がずれている。巾着は明後日の方向に飛んで、緩んでいたんだろう巾着は
空中崩壊。パラパラと薄緑の四角い何かが、床にばらまかれた。なんだあれ?
 サイテー、と女子の甲高い声があがった。お前ら、今まで傍観しておいて何を……。
 猿みたいな男子の一人がその何か不思議な物体に駆け寄って、ピリピリと中身を取り出した。
えっと、どこかで見たことがあるような……? あ、CMだ。夜も安心とか、なんとか。オムツ?
 呆然とその様子を見つめていると、わっ、とミキちゃんが泣き出した。どうしよう、僕のせい、僕の
せいだ。諸悪の根源である僕が慰めるのも変だし、許してほしいけど拒絶されたら怖い。いつの
まにか騒ぎを聞きつけた他のクラスの男子まで集まって、あがめるみたいにオムツを囲んでいる。
 当惑する僕の肩が、いきなり強く叩かれる。そこにはにやりと笑うケンちゃんがいた。
「お前、マジ勇者だよ!」
 何がなんだかかさっぱりだったけれど、全然嬉しくないのは確かだった。


そうらいてんぽろりん



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