【 密着恋愛至上主義 】
◆/7C0zzoEsE




76 :No.20 密着恋愛至上主義 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/20 23:17:31 ID:skV5Bk2N
「随分暑いな……ストーブ消さない?」
 教室の窓を通して見える、舞い吹雪く粉雪が雲の切れ間から射す日光に映えていた。
机を合わせて一緒に弁当を食べている友人は、鼻をズズ……と啜る音をたてて、言う。
「勘弁してくれ。人間カイロ持ちのお前と一緒にするなよ」

――びとぉ、と背中から確かに温もりを感じている。
 それというのも、“人間カイロ”こと小川蒼のせいに他ならなかった。
「蒼、ここは一つ頼む。どいてくれ」
「えー、何で?」
 こいつは俺の椅子を半分も占領して、背中にもたれ掛かってくる。
重たい。そして座りづらい。さらには弁当が食べづらい。だからあまり引っ付くな。
 その旨を伝えた上で、「嫌だ」と一蹴された。
 この様に包み隠さず愛情を形にしてさらけ出せる度胸というのは、尊敬に値する。
全く周りの視線を気にしない。初めのうちはクラスの女子に白い目で見られもした。
 もちろん、こうして好意を寄せられるのに悪い気がする筈も無いのだが。
こいつのお陰で、他の女子が全く寄り付いてこないというのも事実だ。
 随分前に告白された時、はっきりと断っておけば良かったのだ。
 外の雪と似た白い肌と切れ長な目に納まった吸い込まれそうな瞳は魅力的なのだが。
いかんせん年上好みの俺には、どこか童顔であどけなさの残るこの子は趣味に合わなかった。
『付き合ってくれなくても、好きでいていい?』
 今なら分かる。あの時、もう少し勇気を出して断りきるべきだった。
ここまで根性のある娘だと思わなかったというのが正直な所だ。
「さあ、授業始まるからさっさと自分の席に戻れ」
 うん、と意外とあっさり引くと俺の隣の席に腰掛けた。友人が困ったような顔をしていた。
「蒼……頼むから自分の席に戻ってくれ……」
 頬を膨らませて、無言で抗議する。クラスの男子が聞こえよがしに叫ぶ。
「暑いなぁ、暑いわぁ。誰か窓開けてくれ雪入ってくるだろうけど!」 
 勘弁してくれ。俺はうな垂れて気付く、最近肩が凝っている。


77 :No.20 密着恋愛至上主義 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/20 23:17:48 ID:skV5Bk2N
 学校の授業も何事も無く。何事も無かったと言えば語弊が生まれるだろうが、
いつも通りに終えることが出来た。
 部活動に励む友人に別れを告げて、一人で颯爽と帰宅する。
「こんな寒空の下で野球なんて……甲子園は遠いんだな」
 ぶるっと背筋を震わせて、白い息を吐く。と、同時に足を止めた。
「そんで、お前はまたそんな遠いところから何してんだ」
 後ろを振り向くと、予定通りと言うか電柱の後ろで隠れる女の子がいた。
「ノリ君にかかったら、何でもお見通しだね」
 嬉しそうに頬を赤らめて近づいてくる。
「お前ストーカーまがいの事だけは止してくれって、口を酸っぱくして言ってるだろうが」
 えー、だってさ、頼んでも一緒に帰ってくれないじゃん。
俺がポケットの中に手を入れているからか、彼女は俺の袖の部分をつまんで並んで歩く。
 こうしていると可愛く思えるが。それでも、あまり心を許してはいけない理由があった。
今、彼女に近づき過ぎると二人とも傷ついてしまうことになる。
「なぁ、お前さ。大学とかどうすんの?」
「ノリ君と同じ学校受ける。いっぱい勉強して」
 やっぱりか、ため息は吐くがどこかホッとする自分もいる。
「……もし俺がいなくなったらどうする?」
「え?」
 急に素になって、あまりに心細そうな顔をするんで。俺の方が戸惑ってしまった。
「いや、もし。“もし”の話だよ」
 彼女は一層強く、キュっと袖の部分を握り締めて。
「ノリ君が居なかったら。私、何にも出来ないよ?」
 前は学校も休みがちだったという。自惚れかもしれないが、
俺と同じクラスになったからではないだろうか。こいつが普通に登校するようになったのも。
 こいつは何時でも俺に引っ付いているから、だから独りじゃ誰ともろくにコミュニケーションも取れないし。
度胸の塊の様に見えるのに、とてもデリケートなのは。近くに居る俺が良く分かってる。
  でもそれじゃ、駄目なんだ――。
彼女の方を向いて。ポケットに手を突っ込んだまま物騒に言う。

78 :No.20 密着恋愛至上主義 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/20 23:18:03 ID:skV5Bk2N
「なあ、もう帰れよお前。帰り道、反対だろ」
「え、でも。まだ大丈夫だし……」
「帰れって!」
 少し語調を荒げて大きな声を出してしまった。
そのためか。彼女は一瞬怯えた様な顔をする。しかし、
「うん。じゃあまた明日ね」
 精一杯明るい声を絞り出して去っていった。
 胸に五寸釘が刺されたかの様に痛む。それでも、間違った態度をとったつもりは無かった。
「これでいい……ちょっとずつ嫌われて、いつか離れてくれたら。それでいい」
 腕時計のカレンダーを見ると、“その日”まであと二ヶ月も無かった。


 次の日の学校でも俺は、可能な限り素っ気なく彼女と接する様に努めた。
両サイドを友人に固めてもらい――もちろん事情を把握している彼らだが。
 蒼の居場所を俺自身の手によって無くしている事が嫌だった。
彼女はオロオロとして、俺の後ろからトボトボとついてくるので必死の様だった。
 ここまではっきりと拒絶する事も今までは無かった。
あの美しい目頭に、大粒の涙が溜まっているのが一瞬見えて、たまらなくなる。
俺の方がおかしくなってしまいそうだった。
 帰り道は目を瞑って全力で走った。罪悪感から逃げるように。
 そんな事を大体二週間も続けていると、蒼は学校に来なくなってしまった。
朝のホームルームで教師は風邪で寝込んでいると知らせたが、
俺は下唇を噛んで俯いた。肩は凝ってなかったが、気分は晴れない。
(何やってんだ……逆効果じゃんか、俺)
 俺が見舞いになんか行ける立場じゃないのは分かってる。
 隣の席の友人が心配そうに話しかけてくる。
「なあ憲弘。お前、蒼ちゃん本当の事言った方がいいんじゃないか?」
 ああ、言えるのなら、どれだけ楽になれるのだろう。それが出来ないのはやっぱり俺に意気地が無いからだろうか。

79 :No.20 密着恋愛至上主義 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/20 23:18:16 ID:skV5Bk2N
 憂鬱な気持ちのまま、時間だけがゆっくりと過ぎる。
帰り道、寒空の下、一人でトボトボと歩いている。そうしていると、不意に肩を叩かれた。
「蒼か?」
 振り向くと、そこには同級生の――蒼じゃない同級生の女の子が立っていた。
「あの、私も帰り道同じだから一緒に帰ろうかなぁ……って」
「……あ、うん。いいよ」
 ガッカリして、ため息を吐いた。ガッカリした? 何に?
自問自答する。俺は一体何にガッカリしたというのだ。蒼に会えないのが、この憂鬱の正体というのか。
会えなくしたのは他でもない、自分のせいだと言うのに。
「あの、憲弘くん? もしもーし」
「え? あ、うんゴメン。ボーっとしてた」
「もう、うわの空なんだから。疲れてるの?」
「疲れてる……。うん、そうだね。疲れてるかも」
 心ここに非ずといった調子で言葉を返す。
「だよね。憲弘くん、いつも小川さんの相手で大変だもんね」
「いや、別に大変って訳じゃ無いけど……」
「良かったね、今日あの子休みで」
 良かった? よくねえよ。
 俺は何でも無い顔をして言ってのけた彼女の神経を疑う。
「ごめん、俺。ちょっと帰る……また明日な」
 今も帰ってるのに、何言ってるんだろうとは思ったが。気分が悪くて、走りだした。
なんで、俺ムカつくんだ。なんで俺走ってるんだ。それで、なんで俺はあいつの家に向かってるんだ?
 自問自答を続ける。顔を振りはらって、無心で走る。
息が切れてきて、心臓がバクバク音をたてる。それでも、上手く運べない足を無理矢理動かして。
 もう数百メートルも走れば、あいつの家。丁度そこで視界に入ったのは、
橋の下の小さなどぶ川に、腰まで浸かって悪戦苦闘している蒼の姿だった。
「蒼!」
 思わず叫んでいた。どぼん、と音をたてて。俺も蒼のそばに行く。

80 :No.20 密着恋愛至上主義 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/01/20 23:18:30 ID:skV5Bk2N
「おま、何して……風邪引くぞ!」
 いや、もう引いてるんだったか。
「違うの。ノリ君の家行こうと思ったら。あのアヒルが、足に木が引っかかって動けなかったみたいで……」
「お前そんなの俺を呼んで、頼んでくれれば――」
 言ってる途中で自分の矛盾に気がついた。蒼はキッと俺を睨み付けて言う。
「別にノリ君が居なくても! 私一人でも大丈夫だから」
 強く、強く俺に訴えかけてくる。
「大丈夫だから、だから、そんなに私を避けないで。お願いだから」
自分の服の裾を握り締めて俯いている。頬を伝って涙がどぶ川に落ちた。
「うん……悪かった。ごめんな」
 肩の辺りを掴んで引き寄せて、強く抱きしめる。
「本当にごめん」
「……初めてノリ君の方から引っ付いてくれたね」
 離れたくないよ、こいつと。俺は痛いって程、これでもかと強く抱きしめた。


――“その日”が来てから。数ヶ月が経つ。
 友人は今でもメールをくれる。あいつからは、来ない。
 俺は気候の差にも、クラスメートにも大分慣れてきた。でも、この学校じゃ肩は凝れない。あいつには会えない。
向こうの大学を受ければ良いかと、ひたすら勉学に励むことにした。
 もう一度、あいつに会えたら。今度こそ、恥ずかしがらずに皆の前で抱きしめてやろう。
本当の気持ちを伝えよう。素直になれなかった事を。本当はずっと前から惹かれてた事を。
ホームルームの時間。担任が短く挨拶を済ませ、連絡を切り出した。
「えぇー。今日は、また新入生の生徒の紹介があります」
 周りがざわつく。素直に「またかよ」と叫んでいる。俺は、興味が無いので参考書から目を離さない。
「じゃ、君、入ってきて」
 新入生は教室のドアを勢いよく開いて、ズカズカと入り込んできた。しかし担任には目もくれず、俺の方に向かって歩いている気がする。
俺がその度胸たっぷりの女の子の顔を見たのは、背中に思いっきり抱きつかれてから。   

                                         (了)



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