【 蜜月の旅 】
◆Jc4n4r55vw




72 :No.19 蜜月の旅 1/4 ◇Jc4n4r55vw:08/01/20 23:14:26 ID:skV5Bk2N
 彼と彼女の頭上には、折り重なる木の葉のすきまを抜
け雲の間から星が瞬いている。こぼれ落ちる光が、闇に
彩りを添えていた。
 微かな星明かりの下、彼は彼女の手を取り、じっくり
と一歩一歩確実に彼女を秘境の深みへ導いていく。
 南国の夜は大らかで、大自然の生命の営みを支える強
さを持っている。二人をそっと包みこんだ暗がりは、ま
るで騒がしい日常から彼と彼女を覆いかくしてくれるよ
うだった。
 大学の同好会が縁となり、二人が知り合ってから五年。
 離れ離れの地方への就職。環境の変化や距離の壁といっ
たそこらにありふた障害はとうとう彼らを打ち負すには
到らなかった。
 だがそんな二人にも、結婚前の慌ただしい日々には心
が押しつぶされる寸前だった。携帯に残された互いを非
難しあうメールの履歴。彼のアパートの扉から勢いよく
飛び出る彼女。一人残される彼の回りに散らばる、投げ
つけられた招待状のリストやCD。
 けれどそれも結婚式というセレモニーで締めくくられ
て丸一日が過ぎた今となっては、過去の話。もはや二人
は何物にも邪魔されることない時間を手に入れていた。
 解放感が、彼と彼女を大胆にさせていた。
 指を絡ませて握られた二人の手。彼女の手を優しく、
ときには、指先が食い込むほどの力強さで彼の手は扱う。
 彼女は思う。この手の中にあるのは二人の絆だと。彼
のたしかな愛情をその絡み合わせた指から感じとってい
た。だから彼女も未知の領域へと導く彼の手に、少しの
恐れと、それを上回る期待に胸を震わせて、その身をた
だ彼に委ねるのだ。

73 :No.19 蜜月の旅 2/4 ◇Jc4n4r55vw:08/01/20 23:14:46 ID:skV5Bk2N
 雲間から月がのぞき、黒々とした密林が浮かび上がる。
 瑞々しい生命の輝きを感じさせる豊かな茂み。そして
密林を割って一筋に走る谷間が姿をあらわした。
 そして彼は知った。求めていた場所まで、あとわずか
なことを。
 耳の先から足の指先、体の先々へと熱くたぎった血が
流れ込んでいくのを彼は感じた。先を急ごうとする気持
ちを精一杯こらえる。自身の焦りが、彼女を不安にさせ
ることを彼は十分に知っていた。
 彼女の表情をうかがおうとしたが、月の光の作る影の
せいで難しい。肌や耳の感覚で彼女の様子を探ろうと、
彼はまぶたを閉じる。
 浅く早く彼女からこぼれるの吐息の熱さすらも、感じ
とれた気がした。彼女を彼女となす存在の核。それが彼
のすぐ間近にあることがわかった。彼女への愛おしさが
彼の胸にこみ上げ、そして彼の体中をみたした。
 彼は目を閉じたまま動きを止め、ゆっくり顎を引き、
静かに細く、そして長く、息を吐いた。心に気流を思い
描く。それは密林をざわめかせて、谷をくすぐるように
風が流れていく。
 何をしているのか一瞬戸惑ったのだろう。やや息のあ
がった彼女の息遣いが詰まるのを彼は聞き取った。やわ
らかな左手が、ぎゅっと彼の手を握る。その絡めた指の
先から彼女の鼓動が伝わる。
 一秒、あるいは十分にも感じられる時間が二人を流れ
ていく。永遠にも続くのではないか、そう思える時の針
を動かしたのは、彼女の囁きだった。
 大丈夫だから、と彼女は言った。目を閉じた彼のほお
を包み込むように、彼女の右手がそえられる。

74 :No.19 蜜月の旅 3/4 ◇Jc4n4r55vw:08/01/20 23:15:29 ID:skV5Bk2N
 ほおに触れる手の平、親指、人差し指、中指、小指、
その全ての感触が彼女の信頼を彼に感じさせる。それは
彼の芯の部分へと作用して、いっそう揺るぎないものに
させるのだ。
 谷の奥へと進んでいく。やや湿りを帯びた暖かかさを
彼は感じる。つなぐ手は互いの汗でじっとりとしていた。
だが離れることを拒むように、絡めた二人の指は、ます
ます強く力がこめられた。
 密林の中に隠された谷間に密かに咲く花が、彼の前で
姿を露わにする。彼は空いた手の指先で花弁の縁を優し
くなぞる。濃密な密の香りが、彼の鼻腔をくすぐる。
 顔をよせ、肉厚な花弁を唇でやさしく噛んでみた。
 そのとき、小さな悲鳴を上げて、彼女の手がきつく握
りこまれ、彼女の体がのけぞった。谷はじっとりと濡れ
ていた。
 彼はくわえた花弁を離し、さっと空いた手を彼女へ回
す。彼は良いわけのように一言二言を彼女へ伝えると、
体を変えて抱きしめた。
   ***
 谷の裂け目の奥、谷底の突き当りに洞窟がある。暖か
く谷底を潤おす泉と、奥深くに生命を司る神の宮を宿し
た洞窟。そこが彼の目指す目的の場所だった。
 彼女を抱きしめながら、彼は指で洞窟の内壁に指を伸
ばす。ややぬめりある、なめらかな鍾乳洞の感触が残る。
夢ではない実感を彼は噛みしめた。
 彼女の胸にそっと手をおき、彼女の顔をみる。耳にか
かる乱れた彼女の黒髪。整った流れ眉。長いまつげ。そ
して、うるみのある瞳をじっと見つめた。彼女が、うな
ずく。神秘の扉を開こうとする最後の確認。二人には、
言葉を交わすの必要はなかった。

75 :No.19 蜜月の旅 4/4 ◇Jc4n4r55vw:08/01/20 23:15:43 ID:skV5Bk2N
 洞窟へ入る。奥の暖かい泉からの流れ、鍾乳洞のヒダ
を持った表面は濡れており、空間は思いの外狭かった。
 彼は四肢に一層力をこめ、さらに中へと進む。
 彼女にとっては姿勢を保つのが一杯だった。体がふる
ふると震えてしまい、必死に彼の手を握る。彼が奥へと
進むたびに何度も小さな悲鳴を上げた。
 とうとう洞窟の最奥に達し、二人は歓喜の声をあげる。
 だが、神秘へ到達したその安堵と、彼女のあげた喜び
の声で、彼の中で張りつめたものが途切れ、彼は彼女へ
ともたれかかった。
 この神秘的な旅を終えた十分な満足感が、彼女を満た
していた。ただ、「もう少し、ゆっくりだったらな」と
いう彼へのちょっとしたも不満も持っていて、彼女はそ
れを胸の奥に、そっとしまっておいた。
 彼女は、握り続けた彼の手をとき、もたれかかった彼
を抱擁しキスをした。
 長い口づけが終わり、二人はようやく言葉を交わす。
 元気な男の子が、とか、きみのようなかわいらしい、
とか、それらは他人が赤面する月並みなで言葉だった。
 けれど、愛の元、子供を望む二人の祈りの気持ちは、
生命を司る神のほこらへ、必ずとどくはずだろう。

 夫婦になったばかりの二人が待ち望んだ時間は、まだ
まだ残されている。日常へ帰るその日まで、二人は夢の
ような巡礼の旅を楽しむだろう。


 えっちな話を想像したひとがえっちだとおもいます。おわり。



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