【 現代妖怪密航奇譚 】
◆LBPyCcG946




54 :No.14 現代妖怪密航奇譚 1/3 ◇LBPyCcG946:08/01/20 20:30:26 ID:skV5Bk2N
 一つ眼の 小僧揺られる 貨物船
 この情景に、ピッタリの一句。ここは海の上でございます。傾いた月、三日月かまあその辺
の、随分大きくかじられた饅頭のような、美味しそうな黄色い月でしょうな。さて、この船は
異国の地へと向かう人間の船。異国の地ったってそう日本から離れてる訳じゃあない。光はほ
んの一瞬で地球を何周もすると申します。何をそんなに急いでいるのやら到底理解できやしま
せんが、それに比べたらゆったりとした船の旅……なんて言うのもまたおかしな話。
 さあ、この一つ眼の。大きな眼をうつらうつらとさせながら、荷物の隙間にちょこんと座る。
船の中には五六の妖怪が寝っ転がったりぷかぷか浮かんだりと、それは勝手にやっております。
その中の一匹、今ではとんと見なくなった妖怪、小豆洗いが一つ目のにひょこひょこと近づき、
「一つ眼の、何、寝れねえ夜ってのはあるもんだ。目が冴えてきてしょうがねえや。まあお前
さんは冴えても一つしかねえからその辺便利だわな」
 と、ベラベラベラベラよく喋りだす。
「いやしかしお前さん、この船に乗って正解も正解、大正解。いやあっしも長い事生きてきた
がね、今の日本にゃいらんねえや。そう思わんか? 一つ眼の」
 一つ眼もうんうんと頷いて……、いや頷いてねえや眠りかけてるんだ。
「何せ今の若いのは、夜が怖くないとぬかしやがる。とくりゃあっしら妖怪は、肩身の狭い思
いをせにゃならん。何、年寄りの小言だ。聞いといて損はあるめえよ」
 ケラケラと笑う小豆洗いと、やかましい声でうたたの世界から引き戻される一つ眼の。
「昔の日本は一体どこに行ったのやら。あっしがせっせせっせと小豆を洗った所で、これっぽ
ちも怖がりやしねえや。全くどうしたもんかねぇ」
「小豆洗いさんはどこに行くんけ?」
 小豆洗いの饒舌に降参したんでしょうな。すっかり目の覚めちまった一つ眼のも話に付き合
ってやります。
「おう、一つ眼のも喋れたのかい。そいつは知らなかった。で、何だって? え、どこに行く
のかってか。おう、あっしはフィリピンとかタイとか、その辺に行こうと思ってるんで。どう
でい? ハイカラだろ」
「へぇ、知らんとです」

55 :No.14 現代妖怪密航奇譚 2/3 ◇LBPyCcG946:08/01/20 20:30:46 ID:skV5Bk2N
「いやさね、俺も実際に行くのは初めてだけども、まあ今の日本よりゃいくらかマシだろうね
。何せ聞く所によれば、そこらの国はまだ夜が暗いらしい。当たり前の事だけども今の日本は
夜も明るくてしょうがねえや。で、一つ眼のはどこに行きたいんで?」
 と、尋ねられた一つ眼の。一言ポツリ。
「一眼国へ……」
 ギョっとする小豆洗い。一つ眼のよりも大きく目を見開いてパチクリパチクリ。
「一眼国ってーと、一眼国? あの、あれか?」
「へぇ、その、それで」
 一眼国といえば、古典も古典の名落語。一つ眼小僧を捕まえて見世物にしようとした香具師
が、逆に捕まって一つ眼小僧しかいねえ国で見世物にされるって噺だ。小豆洗いの止まらねえ
口が止まるのも無理はねえ。
「一つ眼の! そいつは傑作だ!」
 声高な小豆洗い、抱腹絶倒転がり倒す。真面目な顔さげてる一つ眼のを見てまだまだ言う。

「おめえさんそりゃ本気かね? 一眼国なんてのは落語の世界にしかありゃしないよ。ありゃ
そういうサゲなんだ。まああっしもあの落語は好きだがねぇ」
 バンバン床を叩いて笑う小豆洗いに、焦る一つ眼の。
「そんな騒いだら……」
 と、その時。ここの船の船員が見回りにやってきた。これだけ騒ぎゃ不審がるのも無理のな
い話。
「ほら小豆洗いさん、船員に見つかったらどうするんけ」
「何、心配いらねえや」
 懐中電灯の灯りがパッと目に当たり、ギョっとする一つ眼の。だけど船員は顔色一つ変えや
しない。そのままスタスタと、何事も無かったかのように元来た所へ戻っちまった。
「見えてねえんだよ。妖怪なんざ信じちゃねぇんだから」
 はき捨てるように言った小豆洗いのその台詞に、一つ眼のはほっとしたやら悲しいやら。
「話は戻るがね、昔の人間は暗い所があったら、そこに何かいるんじゃねえか? っと疑った
もんだ。あっしらはよ、そういう心から産まれてる訳だからな、今の人間に妖怪の姿が見えね
えのも無理はねえよ」
 小豆洗いの、底抜けの騒々しさもどこへやら。

56 :No.14 現代妖怪密航奇譚 3/3 ◇LBPyCcG946:08/01/20 20:31:03 ID:skV5Bk2N
「まあ何、ここで会ったのも縁だ。一つ眼の、あっしと一緒にフィリピンやらタイやらへ行こ
うや。一眼国なんてありゃしねえのさ」
 小豆洗いのその誘いに、一つ眼のはこう答える。
「すいませんが遠慮させてもらいますだ。一眼国だって妖怪と一緒、信じてりゃあるかもしれ
ませんので……」
 一つ眼のその一言で、小豆洗いは狐につままれたような顔。
「かかかか。こいつぁ一本とられたな。ああ、その通りかもしれないねぇ。もし一眼国を見つ
けたらあっしを招待してくんなせぇ」
 はてさて、もうすぐ夜も、明けようとしております。それにしても、昔あんなにいた妖怪は、
一体どこに行ったんでしょうな。船は進みますどこまでもどこまでも。一つ眼のが一眼国にた
どり着けるかどうかは、あたしらにゃ存ぜぬ話でございます。それではこの辺でお開きといた
しましょう。さようなら。






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