【 秘密の出会い 】
◆VrZsdeGa.U




57 :No.15 秘密の出会い 1/5 ◇VrZsdeGa.U:08/01/20 22:19:44 ID:skV5Bk2N
 日が傾き、茜色が町を包む夕方。人々の往来が目立っていた。家路に着く人、これから買出しに向かうと思しき主婦、
笑いながら歩く学生達。その町の一角にある、公園の中のベンチに座る、背広姿の男がいた。
人の姿が見えると入口をチラッと見たり、ふと立ち上がったり、気忙しくしている。
傍目から見れば、挙動不審という言葉がそのまま当てはまる様子だっただろう。
「パパー!」
 突然、入口の方から子どものものと思しき、大きな声が辺りに響く。男は思わず立ち上がった。
声の主は、まだ物心もついてないような少女だった。大声を出してから一呼吸置くと、ツインテールをなびかせながら、
男の許に駆け寄っていき、男もそれに応じるように、歩み寄っていく。
二人の距離がなくなると、男は少女の両脇を持ち、そのまま抱えあげた。
「パパ、おかえり〜!」
「ただいま。美沙、幼稚園は楽しかった?」
「うん、楽しかったよ〜!」
 少女の名前は、杉山美沙。この町の幼稚園に通っている。
男は美由を抱えあげたままベンチに戻り、女の子を優しく座らせ、自分もその隣に座った。
「パパ、おしごと、いつ終わるの?」
「う〜ん……もう少しかかるかな」
 あどけなく話す美沙に、微笑みながら答える男。何も知らぬ人が見れば、親子として、二人へ目線を向けるであろう。
しばらくの間、二人は様々な話をしていた。その全てのきっかけは、美沙が作ったものだった。
楽しい出来事のことであれば、嬉しそうな顔を浮かべ、嫌だった事であれば、顔を曇らせて。
忙しく表情を変える美沙に対し、男は決しておざなりに対応することはなく、頷いたり、美沙が笑えば一緒に微笑み、
思う存分二人で過ごす時間を楽しんでいた。
 やがて、日は更に沈んでいき、町を包む色も、茜から黒へと色を変えていた。
男が空を見上げると、上弦の月がうっすらと現われているのが見えた。
「美沙、そろそろ帰らないと、ママ心配するぞ」
「あ、ほんとだ。じゃあ帰るね、パパ。早くおしごと終わっておうち帰ってきてね!」
 立ち上がり、バイバイ、と一声かけてから公園の出口へと駆けて行こうとする美沙を、
男は、「あ、美沙!」と思い出したように引き止めた。
「何度も言うようだけど、パパがおしごとから帰ってきてるのは、ママには内緒だよ?」
「うん! わかってるよ、内緒の内緒だもんね!」
 またバイバイ、と一声かけてから再び出口へと駆けて行く美沙を、男は今度はただ見守っていた。

58 :No.15 秘密の出会い 2/5 ◇VrZsdeGa.U:08/01/20 22:19:58 ID:skV5Bk2N
美沙は出口にたどり着くと、公園から入ってきたときと同様、
「パパー! またね〜!」
 と大声を出し、体を目一杯使って、男に向かって手を振った。男もそれに応え、小さく手を振る。
男がそうするのを見て、美沙は公園の門の左手へと走っていき、姿が見えなくなった。
男は、美沙が来る前と同じようにベンチに座りこんで、うっすらと浮かんだ月を、じっと見上げていた。

「美沙、ユカちゃんの家は楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
 ここ最近で、美沙は嘘をつく事を覚えた。今日のように、パパと呼ぶ男と公園で会う際には、
母親に対し必ず何かしらの言い訳をいってから、公園へと向かうようにしている。
恐らく、パパと呼ぶ男からの言い付を守る事に加え、母親に心配をかけてはならないという、
二つの条件を突き出された中で、彼女なりに考えた末の行為だったのだろう。
「美沙〜、自分の分運んで〜」
 母親の名前は杉山由美。普段はパートとして、近くのスーパーに勤める主婦である。
三年近く、美沙を女手一人で育ててきた。
「ママのカレー、やっぱりおいしい!」
 口の周りをカレーのルーで汚しつつ、美沙は満面の笑みを由美に向けた。
「そう?おかわりもあるわよ。一杯食べてね。それと口を汚さないように食べなさい」
 三年前、由美が一人で娘を育てる事を余儀なくされてから、多くの苦労があった。
育児、家事、パート。しかし、その度に多くの人から支えられ、何より、娘の笑顔に励まされた。
 唐突に、電話が鳴った。瞬時に美沙が反応して、子機を由美に渡してくれた。
「ありがとう、美沙。はい、もしもし」
「もしもし、あら、由美?」
 電話の主は、由美の母だった。
「美沙ちゃんに鍵を開けてもらおうと思ったんだけど。そうか、今日はパートお休みだったわね。お邪魔してもいい?」
 無論母親も、由美を支えてくれた人々の一人である。由美がパートで家を空ける際には、家に来て美沙の面倒を見てくれているのである。
「うん、ご飯も出来てるから、一緒に食べよう。」
 ガチャッという音が鳴って電話が切れると同時に、玄関のドアが開く音が聞こえた。直ちに由美が向かう。
「買い物もしてきちゃったんだけど、無駄になっちゃったみたいね。どうせだし、冷蔵庫に入れておくわ」
 玄関で靴をそろえた後、母はレジ袋を携えて台所に向かった。

59 :No.15 秘密の出会い 3/5 ◇VrZsdeGa.U:08/01/20 22:20:12 ID:skV5Bk2N
「おばあちゃんきたの?」
 由美が念のため居間に戻ると、美沙は変わらず口を汚しながら、カレーを頬張っている。
「うん」とうなづいた後、由美は台所へ向かった。

 夜も更け、美沙はベッドの上で寝るための支度を進めていた。最近ようやく板につくようになったパジャマのボタン留めを、
念入りに行っている途中、寝る前にトイレに行くことを忘れていることに気付く。忘れようものなら、
母親にこっぴどく叱られてしまう。ボタンを上から下まで全部留め終わったあと、ベッドから降りてトイレに向かった。
美沙の部屋からトイレに向かう廊下の途中には、居間があり、まだ明かりが灯いていることを美沙は認めた。
きっと、祖母と母親はいつも通りまだ起きているのだろうと思い、通り過ぎるつもりでいた。
が、その居間から漏れてきた声に、美沙は反応した。
「……隆さんをなくして、もう三年……どう?再婚する気とか…」
「ないわ……隆さん以外に……」
 美沙はうっすらと聞こえてきた、なくして、という言葉に特に反応した。
通り過ぎるつもりでいた当初の予定を翻し、美沙は中に入ることを決めた。
「お母さん、何かなくしたの?」
 突然入ってくるなり、理解に困る質問をしてきた美沙に、由美と母親は困惑した。
「おばあちゃんさっき、なくして、っていったよね?」
 母親はその言葉を聞いて、美沙が言葉の意味を誤って解釈している事に気付いた。
「あぁ、なくしてって言うのはね、物をなくすっていうことじゃなくて、人が死んじゃった、っていうことなの
それで、さっきおばあちゃんが話していたのは、美沙ちゃんのパパが……」
 そこまで言ったところで、母親が自分が言ってはならないことを言いそうになったことに気付く。
言い繕うとする間も許さず、美沙は即座に訊いてくる。
「パパ? パパ、おしごといってるんじゃないの?」
 その質問の返答をどうすればいいか、由美は戸惑っていた。母親は申し訳なさそうに俯いていた。
なんとかして口からひねり出した言葉は、ただあのね、えっと、といったしどろもどろな返答になるだけだった。
「パパおしごとからいつも帰ってきてるもん! 公園で会うんだもん! 死んじゃってなんかないよ!」
 今度は勢いあまって、美沙が言ってはならないことを口走ってしまった。
無論、由美がその言葉に反応しないはずはない。「え?」と抵抗も出来ず声を漏らし、
先程とはまた違った戸惑いが、由美の頭の中を埋め尽くしていく。
母親も何か言おうとしていたが、由美と同様、困惑の表情を浮かべ美沙に目を向けていた。

60 :No.15 秘密の出会い 4/5 ◇VrZsdeGa.U:08/01/20 22:20:25 ID:skV5Bk2N
二人が返答に困っている間に、美沙は当初の目的も忘れ、自分の部屋へと駆けだしていってしまった。

 少し、昔の風景が、美沙の目の前に広がっていた。
「ママ、なんでミサには、パパがいないの?」
「え? ……あのねぇ……パパは、遠い所にお仕事に行ってるのよ」
「とおいところってどこ?がいこく?」
「ん〜……外国じゃないんだけど……とにかく遠い所よ」
「いつ帰ってくるの?」
「えっと、ママにはわからないわ……美沙が大きくなる頃かもしれないし……」

 時計はもうすぐ、十二時を表そうとしていたが、居間の明かりはまだ灯いていた。
「まぁ、いつかは話すつもりでいたから……でも、あの子の言ってた、パパが生きてるって……」
「本当ね……まさか、隆さんが……」
 母親から発そうとした言葉を、即座に由美は阻んだ。
「変なこと言わないでよ、まさかそんなことなんて……」
 美沙の言った言葉は、決して信じられるようなことではない。が、美沙の先刻の表情を、由美は思い浮かべていた。
あそこに、偽りの要素は微塵もなかった。しかし、だからといってそれを肯定するわけにもいかない。
「あたし、寝るわね」、といって、重い空気を避けるように、母親は寝室へと向かう。
解放されたような気持ちになって、由美も自分の部屋へと向かうことにした。

それから一週間後、また美沙は例の公園へと足を運んだ。いつも通り、背広姿の男は、ベンチに座っていた。
この男の名前は、杉山隆。背広を着ているが、決してどこかの企業に勤めているわけではない。
いや、そもそも厳密にいえば……
「パパ、死んじゃってないよね?」
 ベンチに座るなり、唐突に、美沙から発せられた言葉に、男は今まで隠し通してきたことが、
暴かれたように目を丸くさせ、美沙を凝視した。美沙もじっと、男をみつめていた。
その真剣な表情に、男は観念して、すべてを打ち明けることを決めた。
「……美沙、これから俺が言うことは、全部、本当のことだ。だから、ちゃんと訊いていてくれ」
 隆は、三年前に死んだ。青天の霹靂のように、交通事故に遭ったのである。
美沙が、まだ言葉をポツポツと話すようになったばかりの時のことだった。

61 :No.15 秘密の出会い 5/5 ◇VrZsdeGa.U:08/01/20 22:20:42 ID:skV5Bk2N
由美は、その事実を告げた時に、美沙が受ける影響を考え、美沙がある程度の年齢になってから話すことにした。
半年ほど前、美沙が自分に父親のいないことを訪ねた際も、あやふやにごまかしてしまった。
「少し前、何故か、俺はここにいた。そこで、お前と会ったんだ。最初はなにがなんだか、わからなかったよ。
でも、お前を見たとき、美沙、と叫ばずにはいられなかったんだ。お前は疑いもなく、俺をパパだと思ってくれた」
 怒涛のように、隆から発せられる言葉を、美沙は表情も変えず受け止めていた。果たして、彼女がその言葉の意味を理解しているのか、
それは計り知れないが、事実を受け止めようとただ、隆の目を見て話を聞いていた。
「でも、俺が死んだと、お前がわかった以上、俺はもうここにいられない」
「パパいなくなっちゃうの?」
 切実な目を向けて、美沙が訊く。
「……ママに、よろしくね」
 美沙は俯いて、地面を見つめた。すると視線の先に、隆の足が、薄まっていくのが見えた。
「パパ!?」
「美沙、短い間だったけど、お前の父親をもう一度やれて、俺は楽しかったよ」
 もう一度、視線を下に向けると、隆の下半身は、消え去っていた。侵食の速度は速く、とうとう隆の体は、全て消えていった。
先程まで、ベンチにいたはずの隆の体が、嘘のように、なくなってしまった。

 翌朝、由美は公園のベンチに佇んでいた。
「美沙から訊いたわ……ずるい人ね。美沙に言わないようにさせるなんて」
 缶ビールと、煙草の箱をベンチに置き、由美は呟く。
「そういえば、この公園、初めて美沙と外で遊んだ場所だったわね。まさか、あの子が覚えてるわけは、ないと思うけど。
まさかあなた、狙ってたの?」
 勿論、その質問の返事はなかった。
「あの子があなたのこと、仕事で帰ってこないと思いこんだから、生き返ったの?そんな話、今時どこにもないわよ。
そのきっかけになった私のところには、なんで来なかったのかしら?」
 ありとあらゆる質問を掛けたが、返事はない。
「素気ない人。」
 そう言い残し、由美はベンチから離れ、出口へと向かった。何か、音が聞こえたような気がしたが、由美が振り向くことはなかった。
通学通勤も粗方終わったと見え、町は閑散としている。その中を、由美は一人で歩いた。ただ俯いたまま、ペースを変えることなく、
ゆっくりと。ベンチには、タブの開いたビールと、銀紙が剥ぎ取られた煙草の箱だけが、残っていた。




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