【 密接密着剤 】
◆p/4uMzQz/M




17 :No.5 密接密着剤 1/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/20 15:30:13 ID:YlS5K4gx
 昔の漫画やアニメなんかで、二人の体の一部がくっ付いて離れなくなって、みたいな話を見た覚えがある。
 それは往々にして男と女で、しかもお互い普段から意識し合っているような二人である場合が多い。
それで最終的には色々な困難を乗り越えた上で両思いになる、という話だ。
 例えばトイレだとか風呂だとか、学校とか家での生活だとか。
多岐に渡って問題が発生し、それが逆に面白さに繋がっていたりする。
 昔の自分は幼いながらもやっぱりバカで、そのような展開に陥った場合の事を夢想していたものだった。
 まったく、今考えると愚かな考えだと思う。馬鹿馬鹿しい。

        ◆

 事が起こったのは、学園祭を間近に控えた放課後。クラスでの出し物であるたこ焼き屋の外装を作っていた時のことだった。
「あれ? ねー、誰かボンド知らないー?」
 俺の彼女が、教室全体に聞こえるように大声で問いかけた。彼女は看板制作を担当していて、それでボンドが必要なようだ。
「あ、ごめん奈摘、俺が使ってたわ。はい」
「んー、サンキュー祐二」
 それを見て、軽い嫉妬心など起してしまうのは俺がまだガキだからだろうか。
 奈摘にボンドを手渡している我が友人を見て、こんなことなら俺が貼り付け作業に回れば良かった、などと詮無い事を思う。
まぁ、汚れそうな仕事が嫌だったから、祐二に俺が押し付けたのだが。
「ん、どーした学。手ェ止まってるぞサボんなよお前」
 手が汚れることも構わず、直接ボンドを掴んでダンボールに塗りつけていく祐二。
それでいて綺麗に出来るから凄い。ホントこいつは何でもそつなくこなすね、全く。
「別にー。サボってなんかねぇよ、ただ……」
 ズレた眼鏡を手の甲で押し上げながら、祐二は俺に軽く耳打ちする。
「俺がお前の彼女と一言交わしただけで嫉妬か。相変わらず独占欲強いねお前」
 うるせぇ、と俺も小声で返す。自分でも分かっていることを他人に指摘されると、尚更腹が立った。
「まぁねー。幼馴染の俺が言うのもアレだけど、まぁ良い女だからなアイツ。心配する気持ちも分からなくもない」
 そう言いながら祐二は右手を振りかぶった。
「しかしどっちにしろ幸せな悩みなんだよ。全く、のろけかっつーの!」

18 :No.5 密接密着剤 2/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/20 15:30:50 ID:YlS5K4gx
 頭を叩こうとする祐二の手を、軽々と左手で受け止める。甘いな、と言おうとした時、何だか酷く違和感があった。
 手が、おかしい。
「あれ? 何だ、どうなってんだこれ?」
 祐二も気付いたみたいだ。何故かお互いの手が離れない。いやまさか。
「学ぅ離せよ、きしょいから。男と手ェ合わせっぱなしなんて冗談じゃない」
「いや、離すも離さないも、手動でこんなにくっ付けてられるかって。お前じゃねぇの?」
「って、おい引っ張んなよ。え、何だ? これ、ボンドのせいか?」
 俺もそれは考えたが。
「最近のボンドは接着力も乾く早さも尋常じゃねぇのな……俺驚きだわ」
 お前の素直さに俺は驚きだ。試しに提案してみる。
「ちょっといっせーの、で引っ張ってみようぜ、せーの」
「──っていたいたいたいたててて手! ダメだってこれ、全然剥がれねぇ」
「冗談じゃない、手洗いに行くぞ。このままなんて絶対に嫌だ」
 教室を出て、トイレに駆け込み手を洗ってみる、が。
「ビクともしないなこれ」
「はぁ。一体何なんだよマジでおい祐二。お前何て事してくれんだよ」
 ていうかそもそもボンド漬けの掌で人叩こうとすんな。
「あー、いや、マジですまん。でもお前が防がなかったら良かったんじゃ」
「その場合俺の頭とお前の右手だボケ。もっと酷いわ」
 そりゃそうだ、と笑いながら祐二はトイレの奥へと入っていく。当然俺も引っ張られる形で中へと入っていった。っておい。
「すみませんが祐二さん。俺もの凄い嫌な予感がするのですが」
「多分それは大正解だぞ学。おめでとう」
 親指を立てた左手を、ぐっとこちらに突き出してきた。うぜぇ。
 人が一人も居ないのは不幸中の幸いだった。変な噂を立てられてもあれだが、それにしても。
「これ程までに的中して欲しくなかった予感が他に有るだろうか。いや、無い」
「何故に反語法なんだよ」
 そう笑いながら俺の予想通り、チューリップの前に立ち、片手だけで器用にズボンのチャックを開けていく祐二。
いやあああ。何だか連れションとかなら気にならないんだが、至近距離でこちらは立ってるだけ、ってのが落ち着かない。

19 :No.5 密接密着剤 3/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/20 15:31:21 ID:YlS5K4gx
「……そんなにまじまじ見つめられると恥ずかしかったり」
「見てねぇよ! キャラ変わりすぎだよ! きもいよお前!」
「ふーん、俺はお前の、とか、見たいけどなー」
 え? なんか今聞き逃しちゃ駄目な事、或いは凄く聞きたくなかった事言わなかったかこの変態。
「もう一回、言って、欲しいか?」
 一言一句、切るように喋りかけてくる祐二。見慣れていたその顔が、何故か今は違ったものに見える。
近いせいで生々しく用を足す音が聞こえる中、俺は全力で頭を左右に振った。残像見えるんじゃないかってくらいに。
 そっか残念、と口にしながら祐二はソレをしまってチャックを閉める。そしてそのまま更に奥に──
「っておい、祐二何して、っ!」
 ドンッ、と。トイレの一番奥、壁に為されるがままに叩きつけられる。
 痛いだろうが何しやがんだ、と文句を言おうとした俺が前を向くと、顔同士が触れるかという距離に祐二が居た。
「え、あ……あの、祐二、サン?」
 悪寒が自分の背中を駆け巡ったのが分かった。俺とは十センチも違わない祐二が、今は何だか凄く大きく見える。
 俺の頭の上、窓枠の部分に手をつき体を寄せてくる。手が引っ付いていることもあって、俺は逃げることも出来ない状態だった。
「前から思ってたんだけど、お前本当華奢だよな」
 まるで女みてぇ、と祐二は眼鏡を外して胸ポケットに入れながら呟いている。
「ね、ねぇ……これ何のじょうだ」
「冗談なんかで、こんなことしねぇよ」
 俺の言葉を遮りながら、祐二は俺の左腕を掴んで壁に押さえつける。眼鏡を外した素顔の祐二が、そっと近づいてくる。
「ずっと前からな。ずっとずっと俺は、お前のこと」
 ゆっくりと祐二が視界の中で大きくなるのを何故か冷静に見ている俺が居た。
いつの間にか悪寒は止まり、自分の心がこの状況を受け入れていることに気付く。
「祐二。お、俺……」
 そして俺はゆっくりと目を閉じ──

        ◆



20 :No.5 密接密着剤 4/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/20 15:31:56 ID:YlS5K4gx
「どうよ、我が渾身の力作の出来は!」
 私は部室内の同士達を見渡しながら言った。まぁ五人だけだけれども。
「どうにもこうにもさぁ、奈摘」
 立ち上がったのは同級生にしてこの文芸部部長を務める友人。
 私が家から人数分プリントアウトしてきた紙を振りながら喋る。
「アンタの話っていっつも設定無理有りすぎなのよ、ボンドでくっ付くて馬鹿か。あと、何で自分の創作物の中で学年、
 いや学校のアイドル、学くんを彼にしてる訳? 巫山戯んじゃないわよ!」
「別に良いじゃん! 正しく私の妄想なんだから!」
「しかもアンタ、自分の事良い女って言わせたり、わざわざのろけさせたり! 芸が細かすぎてタチが悪いんじゃボケェ!!
 あと奈摘の幼馴染みの柄沢祐二よ! 何コレ! あの人になんで変態行動させんのよ!」
 そうだそうだ、という声が周りからも上がる。ちくしょう、アイツ変に腐女子受けが良いなぁ。流石眼鏡男子。
「しかもこれからってトコで切れてるし…………そして何より! 私が言いたいのは!」
 椅子に片足乗せて私に向かって指差しながら部長は叫ぶ!
「私は絶対、学×祐二だ!! これだけは譲らん!」
「ええ!? 違うって絶対! どう見ても祐二ってドSじゃん!」
「いやでも学さんの普段の可愛さとのギャップが」
「あの眼鏡は誘い受けだっっつーの! 私が言うから間違いない!」
「そんな事言い出したら全部受けになっちゃって攻めの人口が」
「むしろ鬼畜眼鏡にすべきかと…………」
 議論がヒートアップしてきた。本人たちがこれを見たら一体なんて言うだろうか。
いや、何も言わずに卒倒してくれたりするかもしれない。それはそれで面白い。
「おっけい、分かった! お前ら各自来週までにこの二人の組み合わせでSS書いてくること! 分かったな!」
 部長が叫ぶ声が部室内に響く。私もこの続きを書きたい。二人がこのままお泊りして、一緒にお風呂で、とか、まだ書き足りない。
「うふ、うふふ…………」
 昔の私は馬鹿だったなぁ。体がくっつくとしたら、自分じゃなくて、絵になる男子二人の方が良いに決まってる。
 こんなオンナノコの集いは、絶対に男たちには秘密なのです。

                                     了。



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