【 甘い密、夢の密室 】
◆NEETwgvYaU




12 :No.04 甘い密、夢の密室 1/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/19 02:32:26 ID:ykd72cqB
 夢を運ぶ鳥がいるという。
 その鳥は世界の隙間から夢を取り出して、眠る人々に届けるのが仕事だ。
 時間を止めて活動するものだから、普段は人の目に触れることはない。
 だが、時折届ける相手を間違えて、鳥は夢の中で謝りに来る。その時初めて人は鳥の存在に気づくのだ。
 鳥は人の言葉を操り、フェニックスを思わせるような外見をしていて、体は光に満ちている。
 鳥は謝罪を兼ねて、間違えた相手に対して自由に夢を見せる力を与えるという。
 しかし、可能な範囲では例外も認めるそうだ。
「これで大体合ってるか」
 俺は目の前にいる女に言った。
 辺りは真っ白な、奥行きを感じさせない空間となっていて、地面があるのかもよくわからない。まるで空の
上を歩いているような感覚だった。ここが現実に存在しない空間、つまり俺は今夢の中にいるのだということ
はわかった。
「よくできました」
女は俺にそう返した。女はなぜか俺の学校の女生徒の制服を身につけていて、顔は不自然な逆光がありよく見え
ない。敢えてそうしているとしか思えなかった。もし、女の言ってることが本当ならばの話だが。
 女は鳥に会ったのだという。運ばれてきた夢は誰のものかわからなかったが、鳥は不手際を詫びた後、彼女に
向かって償いを申し出たのだそうだ。
「もしそんな鳥がいるとして、間違えて夢を運んだとしても消したり何なりできるんじゃないのか」
「鳥はね、時間を止めることはできるけど、進めることはできないの。だから、確かに届けたと思って時間を進
めたときにはもう手遅れってわけよ」
 女は参ったね、といったポーズをとった。
 だが俺にはまだ納得できていない部分があった。
「叶えてくれるのは自分の夢だけじゃないのか?俺は鳥に会ったことないし、こんな夢も望んだ覚えはない」
「こんな夢とはご挨拶ね。それに叶えたのはあんたの夢じゃない。私の夢よ」
 訳がわからない。これが彼女の夢だとするなら、今ここにいる俺は何なんだ?俺の考えを察したように、女が
口を開く。
「言ったでしょ。例外もある程度認められるって。お願いしたのは、あなたの夢に私がお邪魔させてもらうって内容よ」
なぜそんなことを。俺の夢なんか覗いたって一銭にもなりゃしないのに。
確かに感じる見透かされた視線。口元に浮かべた笑みがそれを物語る。そして彼女は真意を口にする。
「だって、あなたのこともっと知りたくて。あなたのこと好きだから。愛してるから」

13 :No.04 甘い密、夢の密室 2/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/19 02:32:42 ID:ykd72cqB
「アホか俺は」
 すごく嫌なものを見た。夢の中で謎の女性がいきなり告白。さらにはファンシーな鳥の存在。ああ、俺はいつ
からこんな妄想爆発なイタい奴になってしまったんだ。現実はこうして何の不思議も許さずに厳密な時を進めて
いるというのに。そうだ。現実に戻るんだ。今やるべきことは何か。
 自分の目覚めた場所に違和感を感じる。何故俺は机に座っているんだ。伏せっていた体を持ち上げると、筆記
用具やら見たくもない問題集が現れた。
 そうだった。俺は間近に控えた登校日に向けて気合を入れて机に向かい、宿題を済ませようと開いた問題集の
内容の濃さに圧倒され、二分と経たないうちにギブアップ。再びモチベーションを持ち直そうと椅子の上で気合
いを補給していたところ、眠気も一緒に取り込んでしまったようで、このような形で就寝にいたったという訳だ。
あの夢はきっとそんな現実から逃避するために作り上げた、文字通りの夢物語だ。はっきりと思い出せるくらい
に俺は夢の世界に没頭していたのだ。

「で、なんで俺のところに来たの」
 俺は友人の部屋にいた。土下座をしていた。もちろん俺が。
「まことに申し上げにくいことなのですが、宿題見せろ」
「帰れ」
「ああ、冗談だから!見せてください!見せなきゃ大変なことになりますよ!もちろん俺が!!」
「うるせえなわかったよ。でもタダって訳にもいかないぜ」
「ケチ。ああ嘘だから追い出そうとしないで!頑張るから!お兄ちゃん頑張るから!」
という訳で俺は英、数、国の三つの宿題を見せてもらう代わりに、それと同じ数だけ友人のわがままを聞く、と
いうことになった。こいつはなんだかんだ言いながら押しに弱い部分があるのを俺はよく知っていた。
「金貸してくれ」
友人は言った。聞くと、すでにお年玉は使い切っており、月の小遣いは正月のため出なかったのだそうだ。俺は
財布から彼の希望する二千円を取り出し、震える腕を必死に静止しようと力を込め、歯を食いしばりながら差し出した。
「悪いな。来月の頭には返すから」
かくして、俺の財布から札は消え、代わりに数学の宿題が手に入った。
 数学は解法が一緒だとバレてしまうので、小細工しながらの作業になった。おかげでなかなかはかどらなくて、
何度か挫けそうになったが、散っていった札を思うと不思議と力が湧いてくるのだった。
 三時間に及ぶ激闘を終えて灰色になった俺を、隣で漫画を読みながら笑ってやがった友人が見つけて、
「終わったのか。じゃあ今度は本屋行こうぜ」そう言った。

14 :No.04 甘い密、夢の密室 3/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/19 02:32:57 ID:ykd72cqB
「ごきげんよう」
……なんでまたこの夢なんだ。
 あのあと俺は俺の二千円を握りしめた友人に連れられて本屋へ行き、宿題を終えたときに読んでいた漫画の続
編らしきものを買うのに付き合わされた後、友人宅へ戻って英語の宿題に取りかかったのだ。おかげで自分の家
に帰る頃にはすでに日は暮れていた。部屋に戻ると、頭も財布も限界になった俺はベッドに倒れこんだ。そこか
ら先は記憶がない。きっと寝てしまったのだろう。
「だからってまたここかよ……」
それにしても、昨日とは少し辺りの様子が違う。というか明らかに違う。
 白かった周りの空間がサイケデリックな色に変わっており、マーブル模様になっている。正直気持ち悪い。俺
は女の方を見る。向こうは薄暗くて、昨日と同じ制服や声から同一人物であることはわかるが、顔は陰に隠れて
いてやはりわからない。昨日よりは落ち着いているのだろう。俺は頭の中で質問を作り上げる。
「まず聞こう。お前は誰だ」
「あなたの学校の生徒」
「それは見れば大体わかる」
もしそうじゃなかったらただの変態だ。というか、そんな返答は望んでいない。
「俺が聞きたいのは名前だ。なんでわかってることを聞かなきゃならんのだ」
「うふふ、秘密。だってその方が楽しいんだもん」
「じゃあ、この気持ち悪い空間はなんだ。眼がおかしくなりそうだ」
「あはは、ごめんね。でも、しょうがないの」
そこで彼女の声が急に厳しいものになった。
「だあってどのくらい待っても来てくれないんだもん。冬休みはあと少ししかないのに。ここであなたとお話し
したいのに。なのに、あなたは来てくれないんだもの」
「仕方ないだろ。お前はずっと寝てたのかよ。それに冬休みが過ぎてもここで腐るくらい話できるだろう」
「ダメなの!鳥さんと約束しちゃったの。冬休みまでがお願いの限界だって。だから、あなたのこともっと知り
たいの。学校だけじゃ見えないところも。強いところも弱いところもどうでもいいところも全部」
怖い。こいつは一体何なんだ。学校?見張られてるってことか?そもそもこれは本当に夢なのか?それとも本当
にこの女の言うとおり夢の中に来て会話しているのか?
「私ね、決めたんだ」
突然の宣言に思わず背筋が伸びる。一体今度はなんだろうな。
「冬休み明け、私、あなたに告白する」

15 :No.04 甘い密、夢の密室 4/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/19 02:33:13 ID:ykd72cqB
「夢かどうかは、あなたが決めて」
 彼女はそう言った。うふふ、と含み笑いをしながら。
「もし断ったら、私、どうにかなっちゃうかもしれない」
 どうなっちゃうんだ。教えてくれ。
「そもそもなんで俺なんだ」
むしろこれを一番最初に聞くべきだったのだ。俺は運動部にも入ってないし成績も下から数えた方が早い。唯一
の長所である長身を差し引いても俺にそれほど入れ込む理由がわからない。
すると、彼女の声は急にやさしいものになった。
「あなた、いつも笑ってるの。周りの人も。あなたの周りはいつも楽しそうで、でも、そこには男子しかいない
の。私が入り込んだら、きっとその空気は壊れてしまう。だから、私は遠くから見てるだけ。そう思ってた。
そこに鳥さんが来たの。無理なお願いだってわかってた。でも、鳥さんは叶えてくれた。私、思ったの。これが
最後のチャンスなんだ、って」
「本当にそれだけなのか?」
俺は素直な疑問を口にしてみた。
「顔とか頭とか運動神経なんてどうでもいいのよ。そんなものがあっても何も楽しくない。おまけに自分が優れ
てるとか思っちゃってるから救いようがないわ。思いやりもなにもあったもんじゃない。それよりもずっと大事
なことがあるのに」

 最悪の目覚めが待っていた。もう目覚めなきゃいいと思った。だがそれだとあの女と永遠に過ごさなきゃいけ
なくなってしまう。考えてみるとそっちの方が嫌だった。疲れているのかもしれない。だがそうも言ってられな
い。宿題がまだ完了していない。
 国語の問題集を抱えて家を出た。自然に辺りを見回してしまう。あの女はいつも俺を観察しているのか。それ
とも未だ夢の世界で俺の帰りを待っているのか。
 無事友人の家に辿り着き、部屋に入ると、人数が増えていた。クラスメートの男達だった。嫌な予感がした。
「おお、来たか」と友人が自然な口調で言った。続けた言葉で俺は増えたクラスメートの正体を知ることになる。
「こいつらと相談してたんだよ。お前の最後の命令をさ。俺一人だといい案浮かばなかったから。で、内容なん
だけど、告白してこい」
「断る」
「じゃあ、宿題はなしだな。一人で頑張れよ」
…………俺はプライドを捨てた。

16 :No.04 甘い密、夢の密室 5/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/19 02:33:31 ID:ykd72cqB
 にしても、告白する相手は決めていなかったらしい。宿題を写しながら俺が考えることになった。
 考えたのは夢の事だった。もし告白に成功してしまえば、彼女は登校日に『大変なこと』を起こしてしまう。
それは避けたかった。絶対告白が成功せず、俺の心が傷つかないような相手。
 クラス一番の美人で、成績も優秀、クールな雰囲気を持つクラスの女子が一人、頭上に浮かぶ。名前を告げる
と部屋は騒然となった。「無茶しやがって……」とまで聞こえてきた。大きなお世話だ。成功する方が困る。
 決まったとなると、そこから先は速かった。誰かが電話番号を持っていたようで、名前を伏せてターゲットの
家に送り込まれることになった。
 どうあがいても絶望だった。振られた後はストーカー女の告白が待っている。流れる涙を拭って言われた住所
を目指して歩く。やがて目的地であるマンションについた。
 インターホンを押す。中から出てきたのは、確かに俺の告白する相手だった。私服を着ていて、眠そうに眼を
 こすっている。だが、俺を見たとたんに驚いた表情をしていた。いったい何が来ると伝えたんだ、あいつら。
まあいい。とっとと告白して失敗してサヨナラだ。
「実は……」

 教室は新学期を迎えるにふさわしいけだるさをもった空気の中始まった。
 夢の中の彼女は俺に告白することはなかった。
 だが、すべて夢の中だけの出来事というわけでもなかった。
 前と変わらず談笑を交わすいつものグループの中、夢の彼女は俺の隣でニコニコしながら話を聞いている。
 あの日、俺は振られるはずだった。なのに、彼女から発せられた言葉は
「どうして私だとわかったの?」
そう言ったのだ。俺は一瞬で彼女が夢の中の女だと理解した。今日は冬休みの最終日、とっさに思いついた嘘だ
がバレない自信があった。
「鳥が教えてくれたんだ。『彼女がお前を待っている』ってさ」
こうして彼女は涙をいっぱいに溜めて、俺に抱きついてきたのだった。

「逃げられないんだろうな……」
「なんか言った?」
「なんでもないよ」
 彼女の素顔を知る俺だけが、彼女を支えることができる。
 それはきっと、悪い気分じゃないんだろう。 End



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