【 夢みたあとで、甘い夢 】
◆6BMoPw49xY
121 :NO.30 夢みたあとで、甘い夢1/5 ◇6BMoPw49xY :08/01/14 01:19:05 ID:GNVBbaTt
公園の砂場か何かだろうか、と思った。
気がつくと、そんな所に立っていた。こんな場所、小学生の頃しか来た記憶がないし、そもそも俺はさっきまで英語の授業の受けていたはずなのだ。
とにかく出口を探そうと辺りを見回す。英語担当の黒野先生は、普段は綺麗だが怒るとすごく怖い。さっさと学校に――
「智也くん、どうしたの?」
ふと名前が呼ばれる。声の方へと振り返ると、小学生くらいの女の子が小さなスコップを持って首を傾げていた。
ちょうど良かった、この子に道を聞けばいいと思って、
「ううん、なんでもないよ」
そんなことを口走っていた。いや、なんでもないわけがない。ここはどこなのか、とか。ここの出口は、とか聞きたいことはいっぱいある。
「そう、ならいいの。でね、さっきの話の続きなんだけど……」
良くない。全然良くない。だというのに、頑張って口を開こうとしてもガムテープが貼られてるみたいに全く開かない。
自分の意思に反することは簡単に開くのに。そもそもおかしい、どうして小学生くらいの女の子と目線の高さが一緒なのだ。
「私のこと、お嫁さんにしてくれる?」
衝撃発言。動揺してる俺をよそに、俺の体は迷うことなくその問いに頷く。すると女の子は満面の笑みで、
「ありがとう、智也。すごく嬉しい」
小学生の体から、突然高校生サイズの女の子へと変身する。うちの高校の制服と、どこまでも真っ直ぐストレートで、肩の辺りで切り揃えられた黒髪。
見知った幼馴染。おそらく今は俺と同じ教室で英語の授業を受けているであろう早瀬の顔と体つきに、その姿は瓜二つだった。
「僕もだよ、千鶴ちゃん」
ええい、鳥肌が立つ。その呼び方は中学校卒業と同時に卒業したんだ。その呼び方をしてたせいで俺がどれほどクラスのやつらにからかわれたか。
「じゃ、誓いのキスだな」
ちょ、待て。などと言うまでもなく電光石火のスピードで俺の口が早瀬の口で塞がれて――そこで、目を覚ました。
「のわあっ!」
口をガードして思わず椅子から飛び上がる。唇の感触は全くない。不思議に思って辺りを見回してみる。
公園の砂場なんてものはどこにもなくて、机があって、椅子があって、呆然と俺を見るクラスメイトがいた。早瀬もその一員だった。そこでようやく気づく。
「なんだ、夢か」
何事もなく着席する。さて、教室のそこかしこから笑い声が聞こえてもおかしくないのだが。不思議なことに、誰もが息を飲んで教壇を見つめていた。
「睡眠学習も結構ですが」
ぼきっ、と何かの折れる音。ついでごりごりとすり潰されるような音が聞こえる。多分、さっきまで持っていたチョークが犠牲になっているのだろう。
教壇に立っている首から上は誰もが見惚れる笑顔、首から下は怒りに震える英語教師。黒野先生は、女神のような顔と、鬼神のようなオーラを纏って、
「あんまり授業の邪魔をするようなら……捻り潰しますよ?」
「二度しないから許してくださいお願いします」
122 :NO.30 夢みたあとで、甘い夢2/5 ◇6BMoPw49xY:08/01/14 01:19:28 ID:GNVBbaTt
こってりと、もうこれでもかというくらいこってりと絞られて職員室を出る。とりあえず頭を砕かれなくて良かったと思う。
「はぁ」
それにしても、酷い夢だった。なんというか、なまじ記憶の片隅にあんな出来事があった気がするだけにダメージが大きい。
「早瀬も忘れてるようなことだろうに、なんで今更思い出すんだろう」
「私がどうしたって?」
声がした方へと振り返る。
早瀬だった。なんだか似たようなことをさっき見た夢の中でもやったような気がする。
「いや、なんでもないさ」
精一杯にいつも通りを装って、気だるげに首を左右に振る。夢の内容だけに、意識するなというのはなかなか難しいようだ。心音がそう言ってる。
「そっか、ならいいんだけどな。にしても災難だったね」
そう言って早瀬が俺の肩をポンポンと叩く。誰のせいだ、誰の。いや、俺のせいなのか。居眠りしてたし。
「聞いて驚け、ホームルームを早め切り上げてたった今終わったところのお説教と、テストに出ない英単語100選の書き取りだけで済んだ」
「はは、それは随分と寛大な処置だね」
けらけらと早瀬が笑った。他人事だと思って、気楽なもんだ。つられて俺も顔をニヤけさせるが、そんなことをしてる場合ではない。
下手なことをしてはまた、中学時代みたいにからかわれてしまう。こんなところをクラスのやつらに見られたら確実にアウトだ。
「えっと、それで、俺になんか用か?」
我ながら見事なハンドルさばきだった。あまりに突然すぎたことを除けば百点満点だったと言っていい。あまりに突然すぎたことを除けば。
早瀬はほんの少し戸惑ったような表情をしたが、すぐいつも通りのクールな面構えに戻し、
「ああ、それなんだけどね。村田、今日は暇かな。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」
「手伝って欲しいこと?」
鸚鵡返しのように言う。
最近ではあまり話すこともないが、中学時代の恩もあるので力にはなりたいと思う反面、早瀬が頼みごとなんてよほどのことだろうと身構える。
「いや、大したことじゃないんだ。図書委員の仕事でね。本を運んで欲しいんだ」
俺が警戒してるのに気づいたのか、苦笑い気味に早瀬が仕事内容を説明する。
にしても、拍子抜けだった。もっとこう、校舎全てのトイレ掃除とか、下駄箱掃除とかそんなのかと思っていたのだが。
「おう、そんなことなら喜んで手伝うよ」
俺の快諾に、早瀬はほっとしたように笑い、
「助かるよ。女の子に力仕事は大変だし、気心知れた男子は村田くらいしかいないからね」
早瀬の言葉に、俺はふと首を傾げる。
たかが本なのに、そんなに力仕事になるのだろうか。どれだけの量を運ばされるのか、少し嫌な予感を覚えながら姿勢よく歩く早瀬の後を追った。
123 :NO.30 夢みたあとで、甘い夢3/5 ◇6BMoPw49xY:08/01/14 01:19:49 ID:GNVBbaTt
前言撤回。そして嫌な予感は見事に大当たり。
「……重っ」
本と言っても、ダンボール箱一杯に詰められた本では流石にキツい。
やっぱりだ。やっぱり早瀬がそう簡単に頼みごとをするわけがない。大抵のことは自分ひとりでやってしまうのだから。
「やっぱり手伝ったほうがいいんじゃないか? かなり重いから二人くらいで運んでくださいね、と黒野先生も言っていたし」
両手に本の入った紙袋を提げて早瀬が問う。ああ、そういや今年から図書委員の担当は黒野先生になったんだっけ。
俺も前期は図書委員だったけど、こんな仕事した覚えがない。いや、ほんとにどれだけ本が増えるんだ図書室。
「い、いや大丈夫。あと少しだし……って、着いたか。早瀬、ちょっとドア開けてくれ。前が見えない上に手が塞がってる」
「あ、そうだな。ごめん」
俺の後ろを歩いていた早瀬が、少し歩調を速めて扉をガラガラっと勢いよく開ける。人の気配がないからか、今日の図書室はほんのり冷たい空気だ。
「おっし、さんきゅ。で、どこに置けばいいんだこれ」
「ああ、今立ってる場所で構わないよ。そこからは押していけばいいんだし」
言われるままに、足元にダンボール箱を降ろす。どさっという音が重量を物語ってるな。自分で自分を褒めてあげたい気分だった。
「ありがとう、助かったよ本当に」
早瀬も紙袋を適当な机に置いて、俺を労うように肩に手を置く。こいつはこうやって平気でスキンシップを試みるから誤解されやすいんだよな、と
ほんの少し中学時代を思い出した。
「いや、なに。中学の時はたくさん世話になったからな。勉強とか、こんくらいならいつでも使ってくれ」
「中学の時、か」
ほんの少しだけ、早瀬が寂しそうな顔になる。次いで、少しだけ顔を歪め、最後には決意したような顔で、
「あの、さ。もう少し手伝ってくれないか。ちょっと一人じゃ、時間がかかりそうなんだ」
もっともだと思う。あれだけの量を整理するのは結構骨だろう。というか他のやつらも手伝うべきなんじゃないだろうか。なんで早瀬が一人だけで
仕事をしてるんだ。一人でやらせて欲しいとかでも頼まない限り、こういう仕事は複数でやるもんだが――
「おう。そうだな。まあ、これでも前期は図書委員だ、そこらの男子よりいい仕事するぞ」
これでも黒野先生が担当する前には、上半期ベストオブ図書委員に選ばれた男だ。俺一人で、図書委員三人分の働きになると言わせしめたこともある。
早瀬が一人なら、俺が手伝ってやれば早い話だし。
早瀬はまた寂しそうに笑って、
「ありがとう。今日は優しいんだな」
その言い回しに少しだけ違和感を覚えた。まるで俺がいつもは優しくないと早瀬が言ってるみたいだったから。
「何言ってんだ、いつも優しいだろ。俺は」
まあ、早瀬なりの冗談なのかと思い、笑ってそう答える。早瀬はあんまり冗談を言うタイプじゃないしな。小学校の頃からなんでも真に受けるやつだったし。
124 :NO.30 夢みたあとで、甘い夢4/5 ◇6BMoPw49xY:08/01/14 01:20:11 ID:GNVBbaTt
すると早瀬は、
「……そうだね」
ほんの少し口調を崩して。やっぱり寂しそうに笑った。
ベストオブ図書委員、健在。
見事な仕事ぶりで、あれだけあった本も正味30分程度でほとんど片付いてしまった。早瀬が終始無言だったのもあってか、お互い仕事に精が出てとにかく
仕事が早く終わった。来年は図書委員でもやってみようか。
「よし、あと8冊か。意外と早かったな。じゃ、あと4冊ずつということで」
比較的軽そうな本を早瀬に渡す。
「え、ああ」
どこか上の空だが、早瀬はそれを受け取ってラベルを見るとさっと本棚に移動する。どこか掴みどころのないやつだが、今日はそれが顕著だ。
俺の本棚に移動して、目的の棚を探す作業に入る。
あなたもできる! 上手い世渡り、か。誰が読むんだこんな本。
「あのさ、村田」
向こう側にいる早瀬の声。本棚を挟んでるせいか、その声にいつもよりもずっと弱々しく聞こえる。
二冊目、よくわかる護身術〜痴漢に悩む君へ!〜か。なんというか、なんでこうハウツー本が多いんだろう。誰が選んでるんだこれ。
「高校に入ってから、私に冷たくないか?」
ほんの少し、手の動きが止まった。
こんなことを言われる心当たりは全くないわけじゃない。中学の頃よりも、話す機会はずっと減った。最初は照れ隠しで避けていたけど、その内自然と
話さなくなっていって。よく考えたら、今こうやって長い間話すのは久しぶりなのだ。
三冊目、タイトルもろくに読まず適当な棚に突っ込んだ。
「確かに、話す機会はずっと減ったよな。でも冷たくしてるわけじゃないんだ。ほら、なんていうか恥ずかしいってかさ」
幼稚園、小学校、中学校とべったりだった。小学校くらいまでは俺は早瀬と結婚するもんだと思ってたし、大好きだった。
けど、中学校の時にいつも一緒にいることを指摘され、からかわれてから俺の中で何かが変わった。早瀬は気にしてないと言ったけど、正直俺は辛かった。
いつの間にか、俺は好きな女とべったりするのは恥ずかしいってのが当たり前の認識になった。まあ、思春期の男子が通る道なのかもしれないが。
四冊目、ようやくまともな小説。恋愛小説っぽい本を整理し終える。
「よっし、終わった。早瀬、そっちは――」
「智也」
突然呼ばれた下の名前に、背筋に電撃が走ったような感覚を覚えた。ああ、ともなんだ、とも返事をする間もなく早瀬は止まらない。
「好きです、大好きです。付き合ってください」
125 :NO.30 夢みたあとで、甘い夢5/5 ◇6BMoPw49xY:08/01/14 01:20:33 ID:GNVBbaTt
まるで、雷に打たれたような気分だった。いや、多分それ以上の衝撃。さっき見た夢みたいに、思い通りに体が動いてくれなかった。
「……高校に入ってからさ。疎遠な時期があったじゃないか」
いや、今もかな。と本棚の向こうから寂しげな笑い声、俺の動揺などお構いなしにさらに早瀬は続ける。
「なんというか、それで気づいた。ああ、好きだったのかって。恋人でもないのに当たり前いた時はまるで姉と弟のような気分だったけど」
少しだけ、冷静になってきた。とりあえず、そこは兄と妹じゃないのかと突っ込めるくらいには。
立ち上がって、とりあえず早瀬の顔を見て答えないと。イエスか、ノーか。多分、こんなに早く動くんだ。答えは決まってる。
「なにか、言ってくれよ」
本棚を挟んだからとかそんなこと関係なく、早瀬の声は弱々しかった。それもそのはず、塞ぎこんで話してれば小さくも聞こえる。
「とりあえず、顔上げろよ。今答えるから」
体育座りで塞ぎこむ早瀬を見下ろせる位置までくると、俺もそこにしゃがみこむ。顔を見るだけならこれ以上の特等席はないだろう。なにせ顔を上げればもう
向かいあってるのも同然なんだから。
「それは出来ない相談だね。今の顔を見られたら、ただでさえ不利な状況がもっと不利になってしまう」
顔を見られないために、この場所を選んだんだから。と早瀬は目の前ですら聞こえるかどうかの危うい声でぼそぼそ言う。俺は聞き逃さなかったが。
「大丈夫、俺も似たようなもん」
待つ、1秒。2秒。3秒。そこから数えるのをやめて、無言に耐え切れなくなった早瀬が根負けして顔を上げた。ほんの少し目が赤いだけで、戦況には全く影響
はなさそうだった。
「あのさ、あの約束。覚えてるかなあ、公園の」
早瀬は少しの逡巡のあと、
「ああ、私が智也にプロポーズしたあれか」
しっかりと覚えていた。俺は今日の6限目まですっかり忘れてたっていうのに。ああ、またからかわれるんだろうか、まあ、それも悪くはないか。
いや、むしろ今度は堂々と胸を張れると喜ぶべきか。
「誓いのキスってあったじゃん。あれって、たしか千鶴から俺にしかしてないよな」
千鶴という名前に、千鶴がぴくっと反応する。やっぱりまだ少しだけ恥ずかしいな、これは。
咳払いをひとつ。
「だからさ、今度は俺が千鶴に誓うってことで。つまり、答えはイエスです、俺の方こそよろしくお願いします」
恥ずかしすぎだった。千鶴の表情が、いつものクールさを飛び越えて満天の笑顔に変わる。そこが、妥協できる許容範囲。これ以上はもう限界だった。
「私も――むぅっ」
皮肉を言うのかか、それとも感謝を言うのか。どちらにしてもこの告白に対するコメントは恥ずかしすぎるので一気に口を塞ぐ。
火照った体に、図書室の冷たい空気がちょうど良い。千鶴、この場所を選んで正解みたいだ。それにしても、あとどれくらい口をつけてればいいんだろう。