【 その想いは疾風の如く 】
◆InwGZIAUcs
106 :NO.27 その想いは疾風の如く(1/5) ◇InwGZIAUcs :08/01/14 01:11:33 ID:GNVBbaTt
モーニングコールは聞きなれた母親の勇ましい怒鳴り声。月曜日は嫌いではないが、もう少し寝ていたいと思う。
特に冬はずっと布団の中で過ごしたい。まどろむ思考のを巡らせていると、ついに俺の部屋に誰かが入ってきた。
「さっさと起きろ」
声の持ち主は母ではなく……姉貴のだった。そして、嫌な予感を覚えるのが若干遅かった。
「とりゃ」「ぐぇ」
重力を味方につけた姉貴は俺の布団にダイビング攻撃を仕掛けてきたのだ。
「何度も言わせるな。さっさと起きろ」
と申されましてもお姉さま。そのモデルのようにスタイルの良い凹凸が布団越しでも伝わって……余計布団から
出られない次第でございますよ? しかし、そんなことをそのまま伝えては俺の命が無い。ここは、
「千秋姉様。とても重いです、お太りあそばせましたか?」
と誤魔化してみる。
「ふむ……朝立ちなら仕方ない。これでいいだろう、さっさと着替えを済ますことだな」
千秋姉は布団越しに、過激で容赦の無いやくざ蹴りを一撃残し、悠々と立ち去った。
俺は股間を悶絶し瞳を白黒させながら、その黒髪なびく優美な後ろ姿を見送るのであった。
「いってきまあす」
朝から散々な目にあって俺のエネルギーは早くも底を尽きかけていた……が、
玄関前で待っているだろう幼馴染、麻柚(まゆ)のことを考えれば、急がねばなるまい。
「おい静木」
と、玄関の扉まで後一歩の所でまた千秋姉に声をかけられた。
今度はなんだ? と振り返ろうとした瞬間ふわっと良い匂いが俺を包み込んだ。一瞬何が起きてるのかさっぱり分からない。
とりあえず分かるのは、背後から回された手が俺のブレザーの胸元にまで及んでいること。耳元にかかる吐息と髪がとても
くすぐったいこと。そして背中に当たる、芳醇そうな果実の厚み……。
「ち、千秋姉?」
「……元気は出たか? さあ、行って来なさい」
「ハイ。イッテキマス」
片言になるほど元気は吸い尽くされました。というかあんたも今から同じ学校に行くんだろうが……という突っ込みを入れる余裕も無い。
俺はただただ機械的にドアを開けるしかなかった。とりあえずもう学校に行こう。学校ならば高一の俺が高三の千秋姉に会う機会も少ないだろう。
開けた扉の向こうは寒くも良い天気だった。雲が早い……。
107 :NO.27 その想いは疾風の如く(2/5) ◇InwGZIAUcs:08/01/14 01:12:02 ID:GNVBbaTt
「オハヨウゴザイマス」
ドアを開けた第一声の挨拶は俺のもの。しかし、応えたのは住宅街を縫うように吹く風の音だけだった。
点になった目の焦点はいまだ何処かを彷徨っていたが、俺は思わず首を傾げる。
いつもなら家の前で待っている筈の麻柚がいない。
今朝はどうしたことだろう? 千秋姉はやたら絡んでくるし麻柚は居ないし……。
仕方なく、俺は突き刺すように冷えた空気の中、重い足取りを学校に足を向けることにした。
深く考えても仕方ない。姉は日ごろから何を考えてるのか分からない変な奴だし、麻柚は多分部活の朝練でもあるのだろう。
そういえば弓道の全国大会が近いとか言ってたし……。うん、やっぱり深く考えないでおこう。
幼馴染で同じクラスという、美少女ゲームの設定からとってつけたような可愛い女の子が麻柚だ。
そして今朝いつものように姿を現さなかった彼女だが、風邪を引いて休んでいるわけではなかった。
チョコンという佇まいで机に座り、鞄の中から教科書を出している。
「おはよ。今日は朝練か何かだったのか?」
一人の登校は結構つまらない。ちょっとした愚痴を零すついでに、何気ない話題を振る。
「おはよ。じゃあ次は移動教室だから……」
「へ? あ、おい!」
麻柚はツンと言い放ち、教室から出て行ってしまった。もとい、俺から逃げるように立ち去ってしまった。
というか質問の答えになってませんよお嬢さん?
「……俺何かしたっけか?」
ふと今朝の出来事が思い浮かんだ。玄関で姉に抱きつかれていたこと……ひょっとして隙間から見てて、
嫉妬でもしてるのか? なんて麻柚の気持ちなど全く知らないのだが、妄想を膨らませてみる。
そうかー麻柚が俺のことをなー、困ったなー、まいっちゃうなー。……やっぱり流石に空しいわ。
しかしそんな妄想なんてなんのその、その日麻柚は凍えそうになるほど冷たかった。
子どもの頃から今日まで、ここまで冷たくされたことがあっただろうか? これは焦る。
「なあ麻柚、俺何かしたか?」
「別に?」
おい! お前はそんな冷たいことを言える子じゃなかっただろう! これでもかって程天然で優しい子だったじゃないか!
「じゃあ何でそんなに怒ってるんだよー」
「怒ってないよ。じゃあ私……その、お、お手洗い行くから。ついてこないで」
108 :NO.27 その想いは疾風の如く(3/5) ◇InwGZIAUcs:08/01/14 01:12:33 ID:GNVBbaTt
一体何だってんだ?
本当に疲れた。なんだろう、肩もこったし精神的に疲れた。
こんな状態では部活の剣道に身が入るわけも無く、早々に帰らされてしまった。他から見たらまさしくうわの空だったのだろう。
そして当然麻柚の弓道部は活動している時間帯。どうせこの調子だと帰りも麻柚は待っていてはくれないだろうと踏んで、俺は一人帰路に立った。
つるべ落としの空はあっという間に夕暮れに染まり、家につく頃にはだいぶ暗くなっていた。この辺は街灯がそこらにあるので、
道を見失う暗さはないが、残念なことに綺麗な星は見ることができない。
そういえば今日、部活で千秋姉の姿が見えなかったのを思い出す。俺達姉弟は、同じ剣道部に所属しているのだ。
一体どこで何をしているのやら……。そんな思いを溜息に孕ませた矢先のことだった。
「静君止まって!」
な、なんだなんだ? 突然の声に従い、俺は自宅前の街灯の下で立ち止まった。
「絶対に、動かないで!」
動くなと言われると動きたくなるのが人間の性! 俺は遠慮なく振り向いて――動きを止めた。ついでに両手を挙げ降参の意を示すのも忘れていない。
「ま、麻柚……さん?」
弧を描いた長弓と矢の向こうにいたのは麻柚だった。的を、つまり俺を見る瞳が怖いんですけど……。
「動くなあ!」
最後に見たのは俺の胸に突き刺さった一本の矢。
最後に聞いたのは麻柚の掛け声と空気を裂く矢の高い音。そして、何故か千秋姉の声が聞こえた気がした……。
「ん、ん……?」
頬に何かが当たっている……水? 涙?
「あ、静君! 良かった、目が覚めたんだね?」
俺の顔を覗いていたのは泣き顔の麻柚だった。その後ろには見慣れた自室の光景が広がっている。
俺はベッドの上で寝ているのか。
「良かった! 死んじゃったかと思った!」
「ち、ちょっと痛いって!」
ほんとに痛い。力いっぱい顔に抱きつくな首の骨がいい感じで軋んでるぞ……ん? そうだ、俺は確か麻柚に胸を射抜かれた筈だ。
「そうだ! なんであんなことをしたんだよ!」
109 :NO.27 その想いは疾風の如く(4/5) ◇InwGZIAUcs:08/01/14 01:12:56 ID:GNVBbaTt
ガバッと俺は麻柚の肩を掴み引き離した。相変わらずキョトンとした佇まいで俺を不思議そうに見ている。
そして彼女は、思い出したように傍らに置いてあった矢を差し出した。
「これを見て欲しくって……」
「これは、矢文?」
昔テレビで見た時代劇に使われていた物と同じような紙が、矢に巻かれていた。
その紙を丁寧に解き、中を開いてみる。
『静君の朝立ちだって受け入れられるくらい……私静君のことが好きです! 付き合ってください!』
「な、なんじゃこらあぁぁぁぁ!」
そこに書かれていた告白よりも、その前置きに目が行ってしまった。
畜生! ということは千秋姉がグル、いや黒幕ということか!
「よし、私が説明しよう」
タイミングよく部屋の扉をぶち開けたのは今回の黒幕である千秋姉だった。
俺の大声と、突然の来訪者に麻柚は固まっていたが、気にしている余裕はない。
「千秋姉! どういうことだよ!」
「簡単なことだ。この可愛くて天然な幼馴染は、お前のことが好きだという。なので、微力ながらも私が力添えをしたのだ」
「突っ込むところが満載過ぎるだろ!」
しかし俺の突っ込みは基本無視。目がマジだ。こうなったら千秋姉は止められない。
「今朝、お前の醜態を把握し麻柚に伝えた。それでもお前のことが好きかどうか聞いてみたのだ」
おそらく朝立ちのことを指しているのだろう……くそう。これは酷い。
「私は、静君の朝立ちなんて気にしないです!」
勇敢にも顔を真っ赤にして叫ぶ麻柚。ああ、本当にお前は意味分かってるのか?
「そして、朝学校に行く前に胸ポケットに厚手のメモ用紙を仕込み、準備は万端……さらに今日の麻柚はツンデレになってもらい、
お前の気持をくすぐった」
なるほど、朝突然抱きついてきたのはそれか。さらに今日麻柚が冷たかったのもそのせいか。
恐ろしいほどの計画性だな。目標へはこれでもかというほど外れているが。
「そして仕上げはこの矢。矢を向けられるという恐怖から期待されるつり橋効果によって、麻柚への愛着度は限界を突破していた
はずだ。だが、ここで一つの誤算があった……お前だ。お前がたった一度矢を受けただけで倒れてしまうとはな……正直残念だよ」
「当たり前だあぁぁぁ!」
110 :NO.27 その想いは疾風の如く(5/5) ◇InwGZIAUcs:08/01/14 01:13:22 ID:GNVBbaTt
思わず叫ぶ。が千秋姉の常識には今一歩追いついていないらしい。
胸元をいじると、確かに胸ポケットに穴の開いた厚手のメモ帳が入っていた。気づかない俺も俺だけど……まあ通りで肩がこったわけだ。
それにしても麻柚、一から十まで姉の言うことを納得して実行したのか? 天然もここまでくると病気だぞ。
「それで? この恋文の返答はどうするんだ?」
傍らに居た麻柚がゴクリと固唾を呑む音がする。
確かにこいつらの頭の中は恐らく常人の半分も常識が詰まっていないだろうが……真剣だったんだろう。
付き合いも長いし、分かる。俺のことを真剣に考えてくれていたのだ。だから俺も中途半端に応えてはいけない気がした。
「俺は」
「俺は?」
「千秋姉が好きなんだ!」
世界が凍った。少なくともその場にいた三人は。きっと時計とかも止まってるに違いない。というか止まってくれ。
心臓は沸騰している。場の気温が下がれば下がるほど沸騰していく。
「……」「ふむ……」
順に麻柚、千秋姉。俺はおそるおそる千秋姉を見る。その目には珍しく驚愕の色がとって見えた。
そして、再びの沈黙を次に破ったのは、苦虫を潰したような顔の麻柚だった。
「静君……シスコンだったんだ……あの、その、私お邪魔しました!」
麻柚は立ち上がると踵を返し部屋を出て行く。ちょいと待ってくれ!
「あ、待って麻柚! その、ごめん!」
「謝らないで……そのちょっと私急にその……またね!」
麻柚は振り返らずに去っていった。
ひょっとしてシスコンに反応したのか? 人を陥れる計画には無頓着なのに、変なところで常人回路を持っているな。
で、当の千秋姉はというと。「ふむ……そうか、そうだったのか。そうだな、私も静木は嫌いでない。付き合うか?」と言う始末。
そして断らない俺。
「……よろしくお願いします」
その頃麻柚はといえば、一目散に自分の部屋に転がり帰っていたらしい。
「静君、流石にシスコンは受け入れられないよ……きんしんもうそうは流石に私……」
無駄に知識だけ多い麻柚。そして俺に対するその想いは、まさに疾風の如く冷めていったそうだ。
麻柚にそのことが聞けたのは彼女が立ち直った後日のこと、たった三日後のことであった。 <終わり>