【 携帯電話を持ち出して 】
◆/7C0zzoEsE
101 :NO.26 携帯電話を持ち出して (1/5) ◇/7C0zzoEsE :08/01/14 01:08:54 ID:GNVBbaTt
ピロリロピロリロ。携帯電話の間抜けな着信音が鳴り響く。
喧しくて、目が覚めた。時計を見ると、まだ朝の八時。
……目を覚ますような時間ではない。今日は嬉しい休日だ。
「っんだよっ!」
頭を掻き毟って、面倒くさそうに携帯を開いた。
重たい瞼を擦って、誰から届いたのか確認した。
確認した――と同時に布団を跳ね飛ばした。差出人は、西河榊さんだった。
俺は体を起こして、携帯を強く握り締めた。
「うわぁ、榊さんの方からメールくるなんて……」
歓喜の声を叫びたかった。いつも俺の方からしかメールを送らないのに、
珍しいこともあるものだ。ほくほく顔で中身を見ると、ただ一行分かりやすく、
『あの御手数かけて申し訳ないのですが、御暇でしたら駅前の○×公園に来てください』
とあった。
――――猛烈ダッシュで支度して。
つい数分前まで布団の中に入っていたとは思えない。
寝癖もワックスを付けて、服装もしっかり整えてきた。
公園のベンチにどかっと腰掛ける。
彼女の方から話があるなんて、胸が弾まずにはいられない。
彼女に初めてメールを送ったときと同じくらい緊張している。
102 :NO.26 携帯電話を持ち出して (2/5) ◇/7C0zzoEsE:08/01/14 01:09:20 ID:GNVBbaTt
学園祭の打ち上げのときに、何気無さを装って彼女からメールアドレスを聞き出した。
それからというもの、ただただ押しの一手で。事ある毎に甲斐甲斐しくメールを送ってきた。
それというのも、彼女と仲良くなりたかったから。
もちろん彼女は嫌そうな顔ひとつせず、丁寧に返信してくれるが、
今まで彼女の方からメールを送ってくるという事は無かった。
もしかしなくても、本当は疎ましがられているのではないだろうか。
彼女に嫌われるのだけは避けたかったから、段々こちらからは送信し辛くなってきた。
そんな矢先に、このお誘いのメール。自然と笑みがこぼれてしまう。
にへら。
休日にこんな所へ呼び出して、一体どんな用があるというのか。
“告白”そんな甘い言葉が嫌でも頭に浮かんでくる。
期待し過ぎて、悲しい思いをするのはごめんだったが。
どんな用だったとしても、お茶くらいは誘ってみよう。
そのために財布の中になけなしのお小遣いを詰めてきたんだ。
そしてその後は、映画にも誘ってみようか。いやいや、それは次の機会……じゃあ次の機会の約束でも――
緩んだ顔で妄想を広げていると、後ろから不意に肩を叩かれた。
「もし……?」
ビクンッっと一瞬体を竦ませたが、両手で襟元を整え、ゆっくり振り返える。
そこには愛しい榊さんの姿が――、無かった。
その代わりに、どこかあどけない顔つきをした、年下の女の子が首を傾げて立っていた。
「あの……この携帯電話の、持ち主の知り合いさんですか?」
「へ?」
すっかり油断して、間抜けな声を出してしまった。
103 :NO.26 携帯電話を持ち出して (3/5) ◇/7C0zzoEsE:08/01/14 01:09:48 ID:GNVBbaTt
数分、話を聞くと大体の事情は分かった。その時点で俺の鋭気はすっかり挫かれてしまっていた。
「それで、この落し物を持ち主に返したいから、登録されてたアドレスの俺にメールしたって訳ね」
「あの……一応他の人にも送ったのですが、貴方から返ってきたのが一番早かったので……」
それもその筈、彼女への返信は至極早くがモットーだ。
「あ、じゃあこの携帯電話返しときますね」
お洒落をしてきた自分が情けなくなった。期待なんてするものじゃない。
彼女に会える口実ができたものの、学校で渡すのなら意味が無い。
休日なら、そこからデートにでも誘えるかもしれないが。休日に会える手立てはない。
何しろ、唯一の連絡手段がここにあるというのだから。
榊さんの携帯電話を胸ポケットにしまった。
木枯らしが吹く中、ため息をついて、寂しく帰ろうとする。
するとどうだろう、その背中に同情されたのか。
女の子はタッと、俺の傍に走ってきて袖を引っ張った。
「あの……、この後ご都合がよろしければ。お茶でも飲みに行きませんか?」
「あ、え、うん。ええ、是非」
戸惑いはしたものの、この後特に予定も無い。
じっくり見ると榊さんに似てなくもない可愛らしい女の子だった。そんな子と一緒にいれるのに断る理由が見当たらない。
何故か榊さんへ対する罪悪感で胸がチクリと痛んだが、よく考えると俺は彼女の彼氏でも何でも無かった。
「よかった、私おいしいケーキのお店知ってるんですけど、一人で行くのは忍びなかったので」
彼女がにっこりと微笑んだ。一瞬心を奪われそうになってしまった。
彼女が連れてきた店は小奇麗で、でもどこか女の子向けの店のような印象を受ける。
俺が店員にケーキセットを頼むと、女の子も同じものを注文した。
俺が女の子の方に正対すると、彼女もどこか身構えたようだった。
「名前、何て言うの?」
「え、ええと。に、新山綾香、っていいます」
どこか、語調がどもりながら聞こえる。知らない男に、名前を教えるのは抵抗があるのだろうか?
いやそれなら誘ったりしないだろう。そういう性格なんだろう、と思うことにした。
104 :NO.26 携帯電話を持ち出して (4/5) ◇/7C0zzoEsE:08/01/14 01:10:09 ID:GNVBbaTt
「あなたは、萩原修二さんですよね」
「え、どうして?」
ウフッと笑って榊さんの携帯電話が入ったポケットを指差した。
なるほど。という事は、フルネームで登録されているのか、やっぱりどこか他人行儀なんだな。
何を考えても、悪い風にしか考えられない。
せっかく出てきたケーキは美味しいし、目の前にいる綾香ちゃんは可愛いのに。
どうしても気が晴れない。それも失礼だと思い、作り笑いで頬をひくつかせている。
そんな思いも全てお見通しなのか、綾香ちゃんは俺の目をジーッと見つめて聞いてきた。
「修二さんは、榊さんって言う人のこと好きなんですか?」
あまりにも唐突だったので、口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまうところだった。
そこをなんとか飲み込んだので、咽てしまった。
「っど、どうしてそう思ったの?」
「女の勘ですよ」
どうなんです? と詰め寄ってきたので、思わず視線を逸らしてしまった。
「まぁ……片思いって感じだけどね……」
ふぅんと彼女が唇を尖らせて、椅子にもたれ掛かる。
どうして、知り合ったばかりの女の子にこんな話してるのだろう。妙な一日だ全く。
「あの、この後、映画見に行きません?」
「え? お、俺と?」
勿論ですよ、そう言って顔を近づける。小悪魔な微笑みは反則的に可愛かった。
「いや、あの、この後はちょっと用事があって」
自分でも何故か分からなかったが、嘘をついていた。榊さんの顔が瞼の裏から離れない。
せっかくの機会を自ら潰していることが分かっていたけども。
「別に、今日じゃなくてもいいんです! 明日でも明後日でも……アドレス教えてくれれば……」
「綾香ちゃん? どうしたの、大丈夫?」
彼女に似つかわしく声を荒げている、他の客がこっちを見てくるのが非常に困る。
彼女は、ちょっと目頭を潤めてキッと俺の瞳を見つめて言う。
105 :NO.26 携帯電話を持ち出して (5/5) ◇/7C0zzoEsE:08/01/14 01:10:37 ID:GNVBbaTt
「好きになっちゃったんです。私じゃ、付き合ってくれませんか?」
時間が止まったようだった。少なくとも、俺の感覚では。それでも、彼女は俺の返事を待っている。一秒が果てしなく長い。
こんな可愛い子から好意を抱かれて嬉しくないはずが無い。心臓が破裂しそうなほどに高鳴っている。
安心できる暖かな思いに包まれて、恋愛が出来る。メールも送信されてくる。
そして俺は優しい気持ちになることができて、そして、そして榊さんは――――――
「ごめん」
自分で言った後に、唇を押さえていた。それでも不思議と後悔はしていなかった。
彼女は目を瞑って、一度小さく頷くと、
「そろそろ出ましょうか」
と微笑んで言ってくれた。会計は俺が支払おうとしたが、どうしても聞いてくれなかった。
店の外は、やはり肌寒い。彼女は美味しかった、と満足げに落ち葉を蹴り散らしている。
しかし俺はどうしても不思議だったので、尋ねてみることにした。
「あのさ。綾香ちゃんはどうして俺に告白しようと思ったの?」
あんな会って直ぐに、告白されてからに面喰らった俺。一目惚れされるような面じゃないのは良く分かっている。
彼女はあの小悪魔な笑みをもう一度。八重歯を光らせて言った。
「えー、だってお姉の好きな人と付き合うなんて、素敵じゃないですか?」
言った後に、ハッとした顔つきになる。しまった、と確かに顔にかいてあった。
俺は彼女の言った意味がよく分からなかった。分からなかったが、
遠くからこっちに向かって、美しい髪を振り分け小走りで近寄り、綾香ちゃんの頭を小突く人がいた。
「綾香! あんたね、私の携帯電話勝手に持ってったのは!」
「あ……、お姉……ごめん」
木枯らしが、木の葉を舞い散らして。俺の心をざわつかせていく。
(了)