92 :NO.24 それから僕は1/5 ◇K/2/1OIt4c :08/01/14 01:03:10 ID:GNVBbaTt
その日、理恵は振袖を振り回しながら人を探していた。成人式の当日である。
中学のころ、僕と理恵は三年間同じクラスだった。一年のころはあまり親しくなかったが、二年になって話す
ようになった。三年にあがるとき、来年も同じクラスだったら良いね、と話していたが、本当に三年も同じクラ
スになった。教室で顔をあわせて、二人で笑いあった。
高校に進学して疎遠になった。高校自体が別だった上に、自宅もそれほど近くなかったからだ。そのまま会う
ことなく、月日はたった。
成人式なら会える、と理恵は考え、その日までにダイエットをし、化粧もうまく出来るように研究した。そし
て、そのどちらも成功した。
中学以来会う僕がどのように変わっているのか、理恵にとってそれだけが楽しみだった。中学のころは低身長
だった僕だが、果たしてそのままなのだろうか。
当日、会場である市民会館へ向かった理恵だが、いくら探しても僕の姿がない。いろんな人たちに聞いて回っ
たが、誰も僕を見ていないと言った。
理恵は少し落ち込んだ。でも、仕方ない。この後開かれる同窓会には出席するだろう、そう考え、式終了後い
ったん帰宅し、せっかくの晴れ着を脱いだ。
夕方、理恵は同窓会のある居酒屋へ足を運んだ。そこにはすでに数人のクラスメイトたちが集まっていた。式
に来ていなかった、僕と理恵の共通の友人が来ていた。
「久しぶり」
理恵は中田に話しかけた。
「久しぶり。あまり変わってないね」中田は笑顔で答える。「黒木がいないみたいだけど」
「来てない? 式にもいなかったんだ」
「へぇ」
僕が来ていないことに、理恵はまた落ち込んだ。もしかしたら会えないのかもしれない、そんな不安がよぎっ
た。
あらかたメンバーが集まったところで、幹事が乾杯の音頭を取った。
「五年ぶり? わかんないけど、それくらいぶりに会ったクラスメイトにカンパーイ!」
皆がグラスを当て合う。
「今日は同窓会なんだけど、村井と黒木に連絡が取れなくて、全員集まりませんでしたけど、みんな楽しんでく
ださい」
幹事が変な日本語でそう言ったのを聞いたとき、理恵はもう帰りたくなっていた。
93 :NO.24 それから僕は2/5 ◇K/2/1OIt4c:08/01/14 01:03:36 ID:GNVBbaTt
そのとき僕は、普通にバイトをしていた。
それから一ヶ月がたった。
その日、理恵は彼氏の運転する車の助手席にいた。会うのは一週間ぶりだ。理恵はもう別れるのかと思ってい
たが、何事もなかったかのように彼氏から連絡があった。それで一緒にドライブに出かけることになったのだ。
「最近会ってなかったけど、仕事のほうはどうなの?」
笑顔で運転する彼氏に声をかける。
「仕事……か。今、資格を取るために勉強中。だから今はまだ無職」
別に仕事をしろとは言わない、ただその資格の勉強だってろくにやってないじゃないか、と理恵は思ったが、
口には出さない。もうどうでもよくなっていたからだ。三つ年上の彼氏は、理恵よりずいぶんと幼稚な人生設計
をしていた。
楽しくもないドライブ中、中田からメールが来た。理恵は無言でそのメールを確認する。
『黒木の実家に連絡してたんだけど、やっとつながった。今度一緒に飲み会でもやらない?』
理恵の指が高速で動き、やる、という二文字を返信した。
「誰?」
正面を見たまま、彼氏は理恵にそう聞く。
「友達」
「ふーん」
もう私のことなんかに興味ないくせに、と理恵は思った。
そのとき僕は、読み終わった漫画をもう一度読み返していた。
それから一週間がたった。
中田が指揮を執って飲み会が行われることになった日だ。理恵はいつもよりおしゃれに着飾ってみた。
「なぁにその格好。デート?」
親にそう聞かれ、うん、と冗談っぽく理恵は答えた。
集合場所である最寄り駅に着くと、もうみんな集まっていた。みんなと言っても、三人だが。その三人の中に
いる僕を、理恵はすぐに発見した。
94 :NO.24 それから僕は3/5 ◇K/2/1OIt4c:08/01/14 01:04:10 ID:GNVBbaTt
僕は中学を卒業してから身長が劇的に伸びた。二十センチほど伸びたのだろう。百八十センチほどの長身にな
っていた。
思わず、理恵は笑顔になった。そして少し駆け足で僕らのほうへ向かった。
「みんな早いね」
「今来たところなんだ」
僕はそう答えた。
「久しぶりだね」
「久しぶり」
「なんで成人式に来なかったの?」
「普通にバイトしてた」
「普通はバイト休むでしょ」
たわいもない会話だが、理恵は本当にうれしくなった。僕の声も少し低くなって大人っぽくなったけど、昔の
高い声もずっと理恵は覚えている。その変化が感じられて、なぜかうれしかった。
飲み会中、僕と理恵は連絡先を交換した。これでいつでも連絡が取れると思うと、理恵はなんだかドキドキし
てきた。
「彼女とかいないの?」
「いないよ」
「モテそうなのに」
「何を根拠に」
理恵は彼氏がいることを内緒にしていた。いるとわかっただけで幻滅されそうで、それが怖かったからだ。
もしかしたら好きなのかもしれない、そう理恵は思った。
そのとき僕は、飲み屋のビールが薄いことに苛立っていた。
一緒に遊ばない? という中田からの連絡があり、僕は出かけることになった。
中田はつい最近車を買ったらしく、一緒にドライブにでも行きたいとのこと。女の子とでも行けばいいのに、
と僕は思ったが、彼はまったく女性から好感をもたれない人間だったのを思い出した。
待ち合わせ場所である駅前に行くと、少し遅れて中田が車でやってきた。黒い車だが、名前など知らない車だ。
ピカピカにきれいにされた車だ、というのが僕の印象。形は好みではなかった。その車に乗り込む。
95 :NO.24 それから僕は4/5 ◇K/2/1OIt4c:08/01/14 01:04:34 ID:GNVBbaTt
駅を少し離れると、周りは畑ばかりになった。少し先には山が見える。
「この先に小さな滝があるんだ。そこ行ってみよう」
「わかった」
車の中でこんな話をした。
「もしさ、千田さんに告白されたらどうする?」
「なんだよ突然」
「例えばの話だよ」
僕は少し考える。理恵とは中学時代ずっと仲良しだった。そんな関係だ。
「五十パーセントの確率で付き合うかな」
「マジ?」
中田は少し驚いた様子だった。彼が思っていた以上に高いパーセンテージだったのだろう。
「だって、付き合うか付き合わないかの二択だから。五十パーセントでしょ」
「なんだ。そういうことか」
滝のある場所にたどり着いた。すでに駐車場には数台の車が駐車されている。僕らは車を降りて、滝のふもと
まで歩くことにした。
ものの二分くらいで滝まで着いた。が、その周りにはなにやら怪しげな集団がいるのが見えた。全員白装束で、
老若男女さまざまな人たちが滝に打たれている。僕らはそれを遠くから眺めていたが、そこにいた偉そうな人に
睨まれたため、引き返すしかなくなった。
そのとき理恵は、彼氏に別れを告げていた。
理恵は泣いていた。別にもう好きではない。好きではないけど、好きだったときのことを思い出すと、涙が溢
れてきた。
声を押し殺すようにして、ベッドにうずくまった。
なんで別れようなんて言ったのだろう。
こんなに辛いことなら、やめておけばよかった。
泣きつかれて、いつの間にか眠っていた。起きるともう夜になっていた。
無意識に携帯電話に手が伸びる。そしておもむろに僕に電話を掛けた。すぐにでた。
96 :NO.24 それから僕は5/5 ◇K/2/1OIt4c:08/01/14 01:05:02 ID:GNVBbaTt
「もしもし」
「……」
電話を掛けたのに、理恵は何も言い出せなかった。
「どうしたの?」
「彼氏と別れた……」
「そっかぁ」
また、理恵の頬に涙が伝わる。なんで泣いてしまうのだろうか。
「仕方ないよ。別れちゃったのは、もう千田さんが彼氏のことを好きじゃなかったからなんでしょ? だから悲
しむ意味がよくわからないかな」
僕は人事のようにそう言う。
「でも、前は好きだったんだ」
「前は好きでも、ずっと好きでい続けるなんて難しいことなんだよ。そうそうあることじゃないよ」
黒木くんのことはずっと好きなんだよ、という言葉を飲み込んで、理恵は黙る。
「そうだ。気分転換にさ、今度映画でも見に行かない? 俺なんかで悪いけどさ」
理恵は涙を拭った。一緒に遊ぼうと誘ってきてくれたことが、すごくうれしかった。
「うん。そうだね。気が晴れるかも」
「気を晴らしてよ」
電話を切ると、すごくすがすがしい気持ちになれた。理恵は途端に元気になった。
うれしくなりたかったから、悲しんだのかもしれない。
悲しかったことなんて、もう忘れてしまった。
きっと好きなのだろう。
好きな人が出来たから、好きだった人を嫌いになったのだろう。
それでいい。
電話してよかった、と理恵は思った。
そのとき僕は、中学のときからずっと言えなかった『好き』という言葉を、次こそは言おうと、そう決意した。
終わり