【 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 】
◆D8MoDpzBRE




86 :NO.23 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 1/5 ◇D8MoDpzBRE :08/01/14 00:54:20 ID:GNVBbaTt
 息を呑むほどに美しい男子、それがレイである。
 物心がついた頃には、レイは父親と二人で暮らしていた。いわゆる父子家庭に育った。
 彼ら二人を知る者は、皆が共通してある疑問を持つことになる。レイの美しさは一体誰に由来しているのか、と。
その答えを知る者はいなかった。まず、レイ自身が知らない。そしてこの類に質問に対して、レイの父親は寡黙を
貫き通した。
 我々が遺伝の法則を信じるのであれば、少なくともレイの父親はその選択枝から真っ先に除外された。残るは
母系のみである。いや、もしかしたらレイは拾い子なのかも知れぬ、とあらぬ噂をたてる者もいた。無理もない。そ
れだけレイとその父親とでは相貌が違いすぎたのである。
 しかし、そのような下世話な雑音をものともせず、レイは麗らかに成長した。美の化身として。
 地元のハイスクールに進学を果たす頃には、彼は生きた伝説となりつつあった。彼見たさに、近隣地区からその
ハイスクールへの入学者が殺到したのである。無論その大半が女子生徒であった。他の男子生徒にとっては、一
時的にだがここはある意味天国と化したけれども、結局女子生徒の歓心がほとんど一極に集中しているという事
実を受け入れるにつれ、それは単なる地獄へと変貌した。
 レイという人物像をつぶさに観察するに当たって、そうした特異な環境がレイ当人に及ぼした影響もあえて無視
することは出来まい。彼自身、己の美貌について何ら疑うことはなかったし、それが故に女性に対してもある種の
遠慮というものがなかった。誰もが自分に惚れて当然なのだ、と思っている節がある。そしてそれは事実だった。
「やあエミリー。今日も可愛いね。僕は君のことが大好きだよ」
「まあ、レイったら。どうせ他の女の子たちにも同じように言ってるんでしょ?」
「アハハ、よく分かったね。君のその聡明なところも好きなんだ」
 レイは気に入った女の子に対して、誰彼構わずほとんど見境がないと言っていいくらいに愛の告白を繰り返した。
気に入らない女の子に対しては決してそういった類の言葉をかけないのが彼なりに残された最後の誠意であった
のだが、それがまた一部の女の子たちの不興を買っていた。
 しかし、そんなことをレイ本人は知らない。
 あまりに軽薄に告白し続ける彼の前では、告白という言葉すらその語本来の意味を失いつつあった。レイには、
女の子に対して抱いた恋愛感情を心の内に秘めておくなどという習慣は端からないも同然であった。とりあえず
言っておけ、減るものでもあるまい、という魂胆すら見え隠れした。そのような心構えで吐き出された言葉が、果た
して告白と言うに相応しいだろうか?
 同時に、レイは特定の女の子と交際するということを決してしなかった。八方美人も度が過ぎていた。恋愛とはい
つも誰かに縛られているという過程を伴うものだという概念を受け入れず、それを身勝手な独裁者か何かの妄想
だと常々考えていたようだ。彼は堂々としたものだった。縛られるくらいなら死んだ方がマシなのである。

87 :NO.23 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 2/5 ◇D8MoDpzBRE:08/01/14 00:54:47 ID:GNVBbaTt
 多くの浮き名を垂れ流し続けるレイに対して、女性たちの反応もまた様々であった。素直にレイの求愛に応じて
数あるレイ・コレクションの一員に名を連ねることを拒まなかった者もいれば、どうしてもレイにとっての特別になら
ねば気が済まず、結果叶うことのない恋愛関係に拘泥する者もいた。彼女たちに共通してみられた姿勢として、レ
イに対する絶対的な神聖視が挙げられた。レイに代替しうる他の男の存在と言うものを想定することが出来ず、中
には妥協のつもりでレイ以外の男子生徒と交際する女子生徒もいたのだが、やはりそれは全くの妥協に過ぎな
かった。

 ハイスクール最終学年となる三年目を迎えたばかりの九月、そんな彼にとって生まれて初めてと言ってもいいく
らいの転機が訪れる。
 新入生として新たに迎えられた生徒たちの一団の中に、彼女の姿は見出された。
「うわあ。生きながらにして美を体現している、と言えば僕の専売特許だったのに!」
 これはレイにとって全く生まれて初めての体験だった。
 その一六歳の少女。琥珀と黒曜石をブレンドしたかのようなダークブラウンの髪がセミロングに切りそろえられて
おり、風が吹けばそれらの一本一本が蜘蛛の糸を彷彿とさせる繊細さで宙を舞った。肌は緻密にして均質で、透
き通った乳白色の輝きを艶やかに放っていた。手足はスラリと長い。
 レイの行動は迅速を極めた。全く瞬間的と言っていい素早さで、彼は標的への接触を果たした。距離を置かず
に見る彼女の姿態はますます美しく、彼の心を直線的に射貫いた。反射的に言葉が口を突いた。
「やあ、初めまして。今日という日を迎えられて、僕は神に感謝しなければならない。こうして僕と君とを引き合わせ
てくれた運命の神に」
 レイの言葉に、少女の目が輝いた。自ら駆け寄ってレイの手を取ると、しっかりと彼の瞳を見据えて言った。
「私も、生きてあなたと出逢うことが出来た僥倖を神に感謝しなければいけないわ。私は運命に導かれてやってき
たのよ、お兄様!」
「な、何だって?」
 その少女の名前はジゼルと言い、幼い頃に父・兄と生き別れて母子の二人で生きてきたのだという。彼らの血
族が散り散りになった際の悲喜こもごもについて、その仔細を語るのは別の機会に譲るとしよう。レイにとってそん
なことはどうでも良かったのである。そんな彼にとって最も悲劇的と言えたのは、過去に起こった一家離散の事実
などではなく、今目の前にいる美しい少女が実の妹であったということだ。
「例えばさ、僕と君との間には血が繋がっていないとか、そういった裏話はないの?」
「何を仰るの? お兄様。私たち、共に類い希な美貌を分け合った間柄じゃない。血が繋がっていないはずがない
でしょう」


88 :NO.23 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 3/5 ◇D8MoDpzBRE:08/01/14 00:55:14 ID:GNVBbaTt
 結果、レイは絶望の淵へと追いやられた。生まれて初めて味わう種類の絶望であった。そもそも、彼は今まで恋
愛に関わる話で失敗を経験したことがないだけに、それは深刻な問題となった。
 レイが甘い声をかければ、大抵の女性は彼になびいた。レイのことを軽薄だと軽んじていた女性であっても、彼
の美質まで蔑むなどと言うことはあらかた不可能であり、そのことをレイもよく知っていた。それゆえ、逆に彼の求
愛が受け入れられなかったとしても、それは単に女の方の意固地であると断ずることが出来たし、そのような女に
レイはもはや囚われなかったのだ。
 しかし、今回のケースにおいては完全に様相が異なった。
 そもそもレイは、ジゼルに対して愛を打ち明けるにすら至っていない。一目見てその美しさに蠱惑されてしまった
ジゼルという少女に対して、ただ遠くから眺めているだけで籠絡することも叶わない。
 ただ、ジゼルと血が繋がっているという事実が、彼をひどく臆病にしてしまっていた。インセスト・タブー、すなわち
近親相姦が忌まわしき背徳であるという事実に、レイは決して無自覚ではなかった。だからこそ彼は、この叶わぬ
恋に身悶えたのだ。
 賢明な読者諸氏の中には、ようやく告白の舞台が整った、とお気づきの方もいるかも知れない。誠にその通りで
ある。告白が告白であるためには、伝えるべき言葉の中に語り手の煩悶が織り交ぜられて、彼らの魂が乗り移っ
ていなければならない。苦しみ抜いた形跡がなければならない。
 さて、レイは悩んだ。近親者であるジゼルに対してたぎる想いをぶつけることが果たして許される行為なのだろ
うか、と悩んだだけではない。レイがジゼルに対して愛の告白を断行すれば、ジゼルもまた同様の問題に悩まな
ければならないだろう、と彼は考えたのである。近親相姦はレイ自らの負い目となるだけではなく、ジゼルにとって
もまた深い傷になるだろう。
 レイ自身気付いてはいなかったが、そう思えるようになっただけ、彼はジゼルを愛していたのだ。障壁が高けれ
ば高いほど愛もまた燃え上がるという格言は、ここでもまた真実であった。
 だがしかし、レイとジゼルが結ばれることはなかった。愛するがゆえに、レイはジゼルのことを諦めたのである。

 そしてある日、レイは忽然と姿をくらました。行き先を誰にも伝えずに。
 ただ一枚『探さないで下さい。ほんの数ヶ月もすれば戻ってきますので』と残された手紙だけが、彼の失踪劇に関
わる唯一の手掛かりだった。人々は想像力をかき立てられて、巷には様々な憶測が飛び交った。この学校の女に
飽きてしまったのではなかろうか、行きずりの女を抱くために旅立ったのではなかろうか、自分探しの旅かも知れ
ないね、……エトセトラ。
 そのどれもが間違いであるとは言い切れなかった。確かにレイは学園内にいる大半の女子生徒に飽きてしまっ
ていたし(無論ジゼルを除いて。むしろジゼルの存在が他の女の価値を相対的に下げていた、という側面も見逃

89 :NO.23 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 4/5 ◇D8MoDpzBRE:08/01/14 00:55:43 ID:GNVBbaTt
せない)、旅先では行きずりの女も抱いた。しかし、それらは本来の旅の目的とは遠く離れていた。
 自分探しの旅と言った方がまだ真実に近かった。
 これは、自らの系譜の探索である。
 おおよその行程はこうだ。レイはまずジゼルの家系を追った。すなわち自らの母系に通じる家系を。かつて血族
が離散した際、ジゼルの母親(すなわちレイの母親でもある)もまた肉親たちとの別れを経験した。ジゼルの母親
には弟がいた。ジゼルやレイにとっては叔父に当たる人物だ。彼もまた、レイやジゼルおよびその母親と同様に美
しい容貌を持っていたという。しかしながら一家が離散した際、彼の手掛かりもまた忽然と失われしまった。レイは
数少ない手掛かりを頼りに、まず彼にとって叔父に当たるその人物を捜すことにした。
 捜査は難航を極めた。無理もない、叔父は既に他界していたのだから。レイがようやくその事実に突き当たった
とき、彼にとっての希望は遥か彼方に遠のいたかに思えた。しかしレイは諦めなかった。
 自分に似た容姿を持った叔父のことであるから、きっと各地で浮き名を流していたに違いない。そういった事実
を辿れば、必ずや真の目的は達せられるであろう。
 レイの信念は固かった。彼は昼夜を問わず街を歩いた。この過程でレイは相当な辛酸を舐めたのであるが、詳
細は割愛しよう。何よりもレイがこの体験を忘れたがっていた。とにかく、長く苦しい過程を経て、ようやく彼は目指
すべき人物に行き当たった。
 その少女は突如としてレイの眼前に現れた。とある地方都市の繁華街で。そこはかつてレイの叔父が数ヶ月滞
在したと記録されている土地だった。
 そう、その少女。息を呑むほどに美しいその存在。少しばかりのあどけなさを備えながら、その容姿はジゼルの
それにも引けを取らなかった。ダークブラウンの繊細な髪、乳白色に輝きながらも高い透明度を誇るその素肌、全
てが完璧な造形美として現前していた。間違いなく美の遺伝子を継承しているはずだ、とレイは思う。
「ああ、そこの美しいお嬢さん。ちょっと待っておくれ。少し僕と話をしよう」
「一体全体、あなたは何ですか? かく言うあなたも相当に美しいとお見受けいたしますけれども。突然私のような
女の子を掴まえて、ナンパか何かのつもりでしょうか」
 レイは少女の腕を掴むと、半ば強引に彼女を近くの喫茶店へ誘い入れた。
 少女はリリアと名乗った。で、あなたは何なの? とリリアは先ほどと同じ質問を繰り返した。
「僕の名前はレイ。僕の推論が正しければ、君は僕の従姉妹に当たるはずだ。だから出来れば聞かせてほしい。
君自身の生い立ちや、君の家族のことについて」
 リリアはオレンジジュースをすすりながら滔々と語った。生まれ育ってから一度もこの地を離れたことがないこと、
本当の父親は物心がつく前に蒸発したこと、その他諸々を。聞けば聞くほどにレイの確信は深まった。
 リリアはほぼ間違いなくレイの従姉妹である。ゆえに関係を持ったとしてもギリギリ非難されるいわれはない。従

90 :NO.23 麗しきレイとジゼル、そしてリリアの物語 5/5 ◇D8MoDpzBRE:08/01/14 00:56:12 ID:GNVBbaTt
姉妹であるならば、本来的に近親相姦のそしりは免れ得るのだ。そう、ようやくレイの努力は報われるはずだった。
 ただ一つ浮上した問題さえクリアされれば、である。リリアと出逢った瞬間から、レイの頭の中にはある種の問題
が密かに発生していた。
 その問題とは――
「時にリリア、君に聞きたいことがある。君は今いくつなんだ?」
 レイは、テーブル越しに向かい合っているリリアの方へ身を乗り出していた。額にはいくつもの脂汗が玉になって
浮いている。
 リリアは飲みかけのオレンジジュースを全て吸い尽くし、ゆっくりと味わいながらそれを飲み込んだ。ほぼ同時に、
何も飲んでいないはずのレイの喉元がごくりと音を発した。
 リリアがおもむろに口を開いた。
「――十二です」

[fin]



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